第2話 突然女の子になっちゃった件
――あいつも可哀想だよな。
――ああ。絶対に羽馬には敵わないってのに。
誰かが噂している……いや、誰かなんてもんじゃない。
バスケ部のみんなが、僕を指さし笑っている。
高校に入ってから伸びない背は周りにガンガン抜かされて、いつの間にかクラスでも一番小さくなっていた。
バスケは身長のスポーツ。それが全てでないと思っていても、同じ能力なら身長が高い方が選ばれる。
僕と同じポジションには、天才がいた。
彼にはどう足掻いたって敵わない。それは分かっていた。でも、練習を続けた。毎日、毎日……誰よりも練習した。
上手くなりたかったからじゃない。彼に勝てるなんて、僕が一番思っていない。
ただ、辞める勇気がなかっただけだ。
練習を辞めれば、屈したと、余計にバカにされる。もしかしたらいじめられるかもしれない。
それが怖かった。だから辞めなかった。
本当は、僕が一番辞めたいのに。
…………。
「う……」
体が重たい。苦しい。
久々に見たリアルな夢は、ボクを苦しめるには十分だった。
寝汗をどっぷり掻いて、胸にはずしんとした重たいものが乗っかっている錯覚を覚える。
寝る前には嫌というほど漂っていた妹の匂いも余裕で上書きされたのか、既に何も感じない。
「てか……マジで苦しい……!?」
なんか、いつの間にか重力倍になった? ってくらい、体が……ていうか、胸の辺りが重い。
心なしか、自分の声も高くなっているように感じる。
もしかしたら……風邪だろうか?
ああ、この間妹に風邪を注意したばかりだったのに、まさかその直後にボクが掛かるなんて。
いくらなんでもダサすぎる。でも、この倦怠感はおそらくそうだ。
――コンコンッ。
ドアがノックされる音。
間違いない、妹――百合だ。
ボクは咄嗟に掛け布団を頭まで被った。
直後、妹が返事も待たず部屋に入ってきた。
「兄様、朝ですよ。……兄様?」
「ご、ごめん。なんか風邪を引いちゃったみたいで」
「えっ! 本当ですか!?」
「うん……だから移るとマズいから、とりあえず出てってくれ」
「……本当ですか?」
なぜか疑ってくる妹。
もしかしたら仮病だと思われているのかもしれない。
「仮病を疑ってるなら心外だ! ボクは今まで風邪にこそ掛かってきたけれど、仮病したことなんて一度も無いんだ!」
「それは疑っていませんが……それとは別に兄様が私に何かを隠している気がして」
「風邪が移らないように顔は隠してるけど」
「そうではなく……ああ、そうだ。それでは体温計を持ってきます」
「あ、うん。それは助かる」
百合が部屋を出て行き、すぐに戻ってくる、音がした。
「兄様、体温計です」
「ありがとう……じゃあ、百合は一旦部屋の外に――」
――ガシッ!
「ええっ!?」
体温計を受け取ろうと布団から手を出したところで、その手首を思い切り掴まれた。
まるで万引き犯を捉えた万引きGメンの如く!
「やはり……何者ですか、あなた」
「へ!?」
「まさか、兄様のストーカーですか! 兄様が好きすぎて夜這いにきた、変態ストーカーですか!?」
「な、何を言っているんだ、百合!? ボクはボクだぞ!」
「兄様は、そんな『僕』のイントネーションはしていません!」
そうなの!? ていうか、普段と違うのか!?
「それに、貴方の声は明らかに、女性の物です! お兄様なわけがありません!」
「じょ、女性!? 何を言ってるんだ!?」
「観念なさい! 本物のお兄様をどこにやったんです、この……!」
「わあっ!?」
風邪のせいか、力が入らず余裕で競り負けた。
腕を引っ張られ、掛け布団の中から引きずり出される。
そして、百合と目が合い――。
「…………」
「……百合?」
彼女はボクを見て、眼球が飛び出すんじゃないかってくらい目を見開き固まっていた。
わなわなと震え、口をあんぐりと開け……彼女らしからぬ間抜けさで。
「…………にい、さま?」
「だから、そうだって言ってるだろ」
「本当に……兄様?」
「だから、どこからどう見たってそうだろって――」
「どこからどう見てもそうじゃないから、言っているんです!!」
「へ……?」
再び部屋から飛び出していく百合。
そして、またすぐに戻ってくる。
今度は手鏡を持って。
「ど、どうしたんだよ」
「見てください!」
彼女が手鏡を向けてきた。
そこには……。
………………ん?
「誰?」
「あなたです。あなたのお名前は?」
「そりゃあボクは天海碧だけど」
「では、鏡に移る人のお名前も天海碧です」
「え? いやいや」
だって、鏡に映っているのはボクじゃない。
どこからどう見たって、女の子だ。
それに結構可愛い。百合も中々の可愛さ(客観的に見て)だが、それに勝らぬとも劣らない美少女……っていうか、百合に結構似ているような感じ。
「なんだ、これ。その鏡って鏡じゃないの? なんかの画面が埋め込まれているとか?」
カメラでも仕込まれているんだろうか。鏡にしか見えないくらい、ボクの顔を追ってくる。
口の動きも完璧だ。うひゃー、本当に美少女になった気分。
「布団を被っている状態では分かりませんでしたが、今でははっきり分かります。あなたは、やはり兄様です……」
「そりゃあそうだよ。ボクはボクなんだから」
「そして、これはただの手鏡です」
「んん?」
「ああ、どうしてこんなことに……これでは、私の夢が……」
夢? 総理大臣になるって夢がどうしたって?
「いいですか、兄様。どうか取り乱さないよう、落ち着いて、冷静に聞いてください」
「ははっ、なんだよ。妙に仰々しい――」
「き・い・て・く・だ・さいっ!!」
「う、うん!」
迫真の表情。
ボクは笑っていい場じゃないとすぐに理解した。
「この鏡に映るのが、現実です」
「現実って、いや、でも……」
「ふんっ!」
――むぎゅっ!
百合が勢いよく、ボクの胸を掴んできた!?
「んひゃぁっ!?」
思わず声を上げるボク……ボク!?
なんでこんな変な声を!?
――もみ、もみ。
「ん、あぁ、はんっ……!?」
く、苦し、いや、なんか熱い……!?
どうして百合に揉まれてこんなに……胸を、揉まれて……!?
「ん……ひえええっ!?」
ふと見下ろすと、胸が、胸がとんでもなく膨らんでいた!?
「は、腫れてる!?」
「腫れではありません。まさか、私よりも遥かに大きく、素晴らしい弾力……私もまさかと思いたいですが……」
「なにっ!? どういうこと!?」
「その胸の膨らみは、兄様の乳房です」
「ちぶさ!? ……ちぶさ?」
「おっぱいです」
「おっぱい!?」
自ら触ってみる。確かに柔らかい……でも、この膨らみが、おっぱい?
「そんな、ボク、女の子でもないのに、なんでいきなり……?」
「女の子でもなくも、ないんです」
「え?」
「もう一度見てください」
百合はまた手鏡を向けてくる。
映るのは先ほどと同じ美少女。僅かに先ほどより頬が蒸気している。
「これが兄様です」
鏡の向こうの美少女の顔から、血の気が引いていく。
「兄様」
「う、うそ……」
頬を抓ってみる。痛い。
胸を揉んでみる。柔らかい。
そして、股に手を当ててみる………………無いっ!!!!
「兄様は、女の子になったのです」
「うそおおおおおおおおおっ!?」
朝起きたらボクは、女の子になっていた!!!!!!!!!
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