第39話 女医さんの怒りはまだ収まっていない
「すみません、もうちょっと待って……」
「もう嫌ってほど、待ったわよ! いい加減にしなさいよ……英輔、私、今、あんたの事、凄く憎いわ! 殺したいくらいにっ!」
京子先生はもう怒りが収まらないらしく、俺に懸命にしがみつきながら、甲高い声で俺に詰め寄っていく。
「ああ、憎いわ。あんたのその態度に、ヘラヘラした顔。全てが憎たらしくて、気がおかしくなりそう! 刃物があれば、今すぐ刺してやる……持ってきて、ここで刺してやろうかしら!?」
「そうですか……じゃあ、俺、もう出て行きますよ。そんなに憎いなら、顔も見たくないでしょう。俺、実家に帰りますので、俺達もう別れて……」
「そんなの許すわけないでしょ! 帰ったら、その何とかって女と付き合う気!? 私の心をここまで弄んでおいて、自分だけ幸せになろうなんて、虫の良い話、許すわけないでしょうがっ!」
面倒くさいお方だな……そんなに憎い男なら、今すぐ出て行った方が良いだろうに。
「あの、じゃあどうすれば良いんですか? まさか、死ねとでも? 慰謝料でも払いますか」
「そうね。慰謝料なら、十億くらい払ってもらうかしら。いえ、やっぱり良いわ。本当に払うとか言われてもムカつくし。二十四時間以内に死んでもらおうかしら……」
十億なんて金額は逆立ちしても出て来やしないが、あんなに抱けだの結婚しろだの迫っておいて、ここまで嫌われてしまうとは、とんでもない落差だ。
まあ、イラつくのはわかるよ。俺でも優柔不断だってのは自覚しているし、逆の立場なら俺だって腹が立つに決まっている。
しかし、一方的に同棲を迫ってきたのはそっちだってのは忘れないで欲しいんだけどなあ。
何か怪しい薬も盛られたっぽいし、警察に駆け込んだら、京子先生の医者生命も多分、終わる。
「じゃあ、死ねば満足するんですね」
「へえ、そうやって逃げるんだ」
「悪いですか?」
「悪いわね。あんたはそうやって、いつも逃げるし。その前に土下座しなさいよ。今までの事を全て詫びなさい」
どうして欲しいのかと思ったが、土下座か……それで許されるなら安いが、そんな事では絶対に許されないので、
「わかりました。こうすれば良いんですね」
「そうよ……んっ!?」
「ん……んんっ!? んく……」
京子先生を押し倒して、彼女にキスをする、
そんなに抱いて欲しいなら、しょうがないので、もう覚悟決めるよ。
「んっ、んんっ! はあっ! い、いやっ! 何よ、急にっ!?」
「こうして欲しいんですよね? じゃあ、良いでしょう?」
「ちょっ、そんな今になって……きゃあっ!」
想定外の行動だったのか、京子先生もビックリして、抵抗する。
もう俺も自棄だよ。どうせ関係が終わるなら、一度くらいは先生を抱いてやる。
こんな機会はもうないだろうしさ。
翌朝――
「う……はあ……やっちまったか……」
朝になり、朝陽を受けて目を覚ます。
遂に一線を越えてしまった……というか、あれ、普通に無理矢理だったけど、ヤバくない?
でも、先生が抱け抱けって迫ってきたんだし、文句は……言われても仕方ないかも。
こんななら、最初からヘタれないで、やっておけばよかった。
「あ、京子先生……」
「…………」
ベッドに居なかったので部屋の中を見渡すと、京子先生は俺に背を向けて、着替えていた。
「あの……おはようございます……」
「…………起きたんだ」
「はい。えっと、昨夜は……」
ヤバイ気まずい。これ、完全に怒っているよね?
俺が起きたのに気が付くと、京子先生はブルブルと震えていた。
あー……いや、これはまずい展開? 最後は受け入れてくれたので、問題ないって事は……。
「これで、許されると思わないで」
「え? それはその……」
と言ってコートを羽織り、俺に目を合わせないまま、部屋から出て行く。
こ、これは……完全に怒っている?
しかし、そのだな……土下座して許してくれるとは思わなかったし、ああして欲しかったんじゃないの?
くそ、選択肢をミスってしまったのか。死にたい。
夜中になり――
「ただいま」
「おかえりなさい。あの、先生。昨夜は……」
一日中、罪悪感で悶々と過ごしており、逃げ出そうとも思ったが、結局、ちゃんと話し合わないと解決しないとと思い、先生が帰るのを待っていた。
「京子先生、聞いてますか? あの、昨夜の事は怒っているなら、謝りますので……」
「話しかけないで」
「う……すみません」
俺が話しかけると、京子先生は目線を合わせないように通り過ぎてしまい、自室へと入ってしまった。
ああ、これは完全に嫌われてしまったのか……自業自得とはいえ悲しい。
もうここには居られないかもしれないので、せめて京子先生に詫びくらいはいれたい。
「英輔さん」
「へ? はいっ!」
リビングのソファーに座り、蹲っていると、着替え終わった京子先生が俺の隣に座り、
「これ付けて、サインして。そうすれば許すから」
と言って、京子先生が出したのは婚姻届けと指輪。
「責任取りなさいよね。あんな事をしたんだから」
「う……指輪は受け取ります。でも、婚姻届けはその……」
「書きなさいって言っているのよ! あんなことして、責任取る方法あるなら、一つしかないでしょう!」
「は、はい……」
と、声を荒げて言うが、そこまで言うなら、改めて婚姻届けに名前を記入する。
てか、何枚持っているんだよ……こういうの役所で貰うんだよね? 変に思われないのかな?
「じゃあ、今から出しに行くから」
「え? い、いえ、その……もうちょっと待ちません?」
「待てない。待ったら、絶対に逃げるし」
「し、信用出来ないのはわかりますけど、心の準備出来てないんです。そ、そうだ。その前に俺の両親に挨拶しましょうよ。会いたいって言ってましたよね?」
「入籍してからでも遅くないわね。もう、英輔の言う事、信用出来ない」
うう……それは本当に申し訳ないけど、どうしても踏ん切りが付かなかったのだ。
「そんなに私と結婚するの嫌なの? 理由説明してくれる?」
「嫌っていうか……京子先生に釣り合わないんじゃないかって、ずっと悩んでいて……」
俺みたいな平凡な男が、京子先生みたいな美人のハイスペック女医さんと釣り合う訳はないってのは、ずっと思っていた。
だから、どうしても彼女の気持ちに答える事を躊躇してしまって……言い訳にならないが、自分に自信がなかったのだ。
「英輔、私の事、好き?」
「好きです」
「なら、口だけじゃなくて体で証明して」
「はい? 体でって……」
どういう意味かわからず、首を傾げていると、京子先生は俺の手を引き、
「決まっているでしょう。これから、毎晩、抱いてもらうから。良い? 昨夜みたいにちゃんと私の事、毎晩抱くの! 好きなら出来るでしょう?」
「毎晩ですか? 良いですけど、今からですか?」
「そうよ! ああ、シャワーは浴びてくるから、絶対に逃げるんじゃないわよ。逃げたら、本当に殺すから」
「えっと、夕飯にシチュー作ったんです。冷めちゃうので、出来れば先にご飯を……」
「そんなのレンジで温めれば良いわよ! さ、来なさいっ! しっかり、今まで焦らした分、しっかり体で払ってもらうんだからね!」
「は、はい!」
完全に愛想を尽かされるかと思ったけど、どうやら俺との関係を解消する気はないのはホッとした。
やっぱり、京子先生の事は……好きでいたいよ、俺も。
お隣の女医さんの家に一生療養して、付きっ切りで看病されたいですか @beru1898
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