第38話 遂に女医さんと初めての夜になるが……

「ただいま。あー、楽しかったですね、今日のデート」


「ですね」


 俺の通っていた大学の周辺をしばらく散策した後、京子先生の家に帰宅し、中に入る。


 まあ、久しぶりの母校だったので、懐かしい気分にはなれた。


「くす、ねえ英輔さん」


「何ですか?」


 京子先生が俺の背中にそっと顔を預けると、


「今夜は絶対ですわよ。もう逃がしませんし、拒否する理由もないですわよね?」


「う……はは、そうですね」




 京子先生の言葉を聞き、やはりもう覚悟を決めないといけない時が来たようだ。


 うーん、ここまで何かと引き延ばして、逃げ続けてはいたけど、流石に限界が来たようだな。


 仕方ない……俺も男になろう。


「じゃあ、夕飯の準備しますね」


「はい。今日は簡単な物にしましょう」


「ですね」


 まだ、真夜中までは少し時間があるので、夕飯を食いながら、気持ちの整理をつけておこう。



 トントン。


「ふふ、来てくれましたわね。好きよ」


 風呂に入った後、京子先生の部屋に入り、すぐに先生に抱き付かれる。


 京子先生は一足先にお風呂に入って待っており、ネグリジェ姿に甘い香水の匂いとシャンプーの匂いが漂っていた。


「英輔さん……んっ、んんっ!」


 先生は潤んだ瞳で俺を見つめながら徐々に顔を近づけ、俺とキスをする。


 もう何度目かのキスであったが、京子先生は愛を確かめ合うように丹念に唇を啄み合い、俺も彼女を抱きしめながら、薄暗い彼女の部屋の中でキスをしていった。



(ああ……俺達、本当に恋人同士になったんだな……)


 京子先生の華奢な体を抱きながら口づけをすると、いよいよそんな事を実感し始める。


 この人はこんな細身の体で毎日、産婦人科医として、頑張っているんだな。


 新たな命を育んで産むのをサポートすると言うとても大事な仕事。


 彼女の支えになりたい気持ちはあるんだけど……これで良いのかはわからない。


「んっ、ちゅっ、んん……んっ、はあっ!はあ、はあ……ああ、英輔さん……愛してますわ」


「俺も……先生は好きですよ」


「もう、いつまで先生なんて言ってるの? いい加減、京子って呼んでください」


「はは……やっぱり、まだ慣れないっていうか……」


 やっぱり、年上ってのもあるし、下の名前で呼び捨てはまだちょっと抵抗があるんだよなあ。




「あら、真面目なんですね。まあ、良いですわ。さあ、こちらへ。ふふ、いよいよですわあ。恋人同士になれるんですね、私達」


 と言って、俺の手を引いて、京子先生はベッドへと案内していく。


 ああ、遂に来ちゃうんだなこの時が……俺、本当に先生としちゃうんだな。



「ふふ、英輔さーん♪」


「何ですか?」


「んもう、ここまで来るのに、本当に長かったですわね。英輔さん、焦らし過ぎですわ」


 ベッドに座り、京子先生は俺の腕を組んで甘えていく。


 こういう仕草は可愛いな……普段、バリバリ働いているキャリアウーマンの女医さんなんだよな。




 俺にはもったいないくらいの人なのになあ……良いのか、本当にこんな凡人でさ。


 先生なら俺なんかよりさあ……もっと良い人はいくらでもいるだろう。


「ほら、さっさと脱いで。抱かないと、もう逃がさないからね」


「は、はあ……えっと、ちょっと気持ちを落ち着けたいんですよ」


「は? まだそんな事を言ってるんだ。どれだけ猶予を与えたと思っているのよ?」


「はは……そうですよね」




 もう何日も前から迫られていて、色々あって、引き延ばしていたが、ここに来てやっぱり躊躇してしまう。


 俺は本当に京子先生の事が好きなのか?


 この期に及んで、そんな思いが頭の中を逡巡していくが、俺は何てヘタレだったんだ。


 前の彼女の時は……こんなではなかった気がする。


 もうちょっと躊躇はなかった感じだけど、俺は京子先生をどうして、ここまで受け入れる事を躊躇っているんだ。




 こんなに美人で頭も良い女医さんなのにさ。


「むうう……いい加減にしてよ。そんなに私、魅力ないの?」


「とんでもない。むしろ、魅力あり過ぎて困っているくらいです」


「はあ? だったら、遠慮する事ないじゃない。上手い事を言ったつもりかもしれないけど、今日という今日はしっかり既成事実を作ってもらうんだからね。さ、さっさと押し倒してください」


 相変わらず、ヘタレている俺に京子先生も流石にイラついてしまったのか、言葉遣いを荒くしながら、俺の腕を引いて、胸も押し付けてきた。


 露骨に誘惑してきているが、先生、スタイルも良いんだな。


 普段仕事で忙しい上に、産婦人科となればかなりのストレスもありそうなので、太る余地などないって事だな。


「あー、その……」


「何よ。言いたいことがあるなら、ハッキリと目を見て言いなさい。親にそう躾けられなかったの?」


 何だか母親みたいな事を言ってきたが、もちろん、そんな事は俺だってわかっている。


 どうするか……?


「う……すみません、ちょっと気分が……」


「へえ。まさか、ここで発作が出たとでも言うんじゃないでしょうね」


「そうかもしれません……ちょっと、トイレに……んんっ!」


「んっ、ちゅっ……んっ、んんっ!」


 急に気分が悪くなってきたので、ここから逃げようとすると、先生は逃がさないとばかりに俺の腕を掴んで、またキスをする。


「んちゅっ、んん……んっ、んくっ! ああ……英輔~~……愛しているわあ……まさか、他に好きな女が居るわけじゃないでしょうね?」


「とんでもない! 俺には先生だけです」


「へえ。じゃあ、帰省した時に、女とデートしたってのは」


「いや、はは……ちょっと魔が差しちゃったんですよ。すみません、二度としないですから」




 帰省した時にちょっと浮気っぽい事をしちゃったけど、あれは本当に夕飯を一緒しただけなんだから、セーフで良いんじゃないですかね。


 いや、苦しいのはわかるけど、俺も別に葉山さんに対して、下心があった訳でもないんだよ。




「ああ、漏れちゃいそうです。それじゃ……」


「いい加減にしてよ! あんた、自分の立場わかっているの!? どれだけ、私の心、弄べば気が済む訳!」


 先生をちょっと強引に引き離して、トイレに逃げようとすると、先生は声を荒げて、俺にしがみつく。


 いやー、これが先生の本当の姿なんだろうな……。




 普段はとても清楚で丁寧な物腰で接しているが、怒るとこんなになるのはむしろ可愛く思えちゃうわ。


「英輔……あんた、私の事、好きなんでしょうね?」


「好きですよ」


「なら、いいじゃない。ほら、抱きなさいよ。セックス! 夫婦なら、出来るでしょう!」


「まだ夫婦じゃないですよ」


「もうなるのは決まっているの! いい!? 私がどれだけ待たされてるか、本当にわかっているんでしょうね!?」


それはわかっているつもりだけど、一方的に迫ってきておいて、そんな事を言われてもさ……。


「とにかく、一服してきますので、離して……」


「いい加減にしなさいよ……! 英輔は私の物なのよ。付き合うって言ったじゃない。あれは、取り消し不可なんだからね!」


 なおも俺にしがみついて、逃げ出すのを阻止しようとする。


 情熱的ではあるが、ここまで俺に執着する理由が本当にわからない。


 こんなヘタレ男、嫌いにならないのかと思っちゃうが、先生は違うんだろうか……。

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