第12話 女医さんの新居での入院生活スタート

「ふう……ようやく、荷物の整理が終わりましたね。ありがとうございます、手伝っていただいて」

「いえ、当然ですよ。それにしても疲れた」

 何せ京子先生と俺の二人分、荷物を新居に運んだので、流石に疲れてしまった。

 京子先生は明日から、もう仕事があるのだし、彼女の負担にならないように俺が頑張って、家具や家電なんかは業者と一緒に運んだのだが……。


(これで良かったんだろうか……)

 既に前の部屋は引き払ってしまい、今の俺の自宅はここになってしまった。

 名義は京子先生だし、家賃やその他生活費も全て京子先生が払うことになっているので、おれは正真正銘の……ヒモ。


 考えただけで気分が悪くなってきた。この状況、思った以上にヤバくない?

 生活の全てを彼女に握られている訳だから、早い所、ここから脱出しないと取り返しが付かないことに……。


「どうしました、英輔さん? 顔色が悪いようですが?」

「いえ、何でも……早い所、京子先生に迷惑かけないように完治させないとと思って」

「もう、迷惑だなんてとんでもありませんよ。患者が完治するまで医師が寄り添って、看病するのは医師の義務です。むしろ、何かあったら、すぐ私に言ってくださらないと困りますわ」


「はは、ですよね。ていうか、今、英輔って……」

「まあ、いけませんでしたか? 折角、正真正銘同棲することになったのですから、もっとお互い距離を縮めたいなと思いまして。駄目ですか?」

「いえ、構いませんよ」

「ありがとうございます! 私の事も京子と呼び捨てで構いませんからね」

「はは、先生を呼び捨てにはできませんよ……」


 年が上だし、お医者さんってのもあるが、それ以上に名前で呼び捨てというのは、何か超えてはいけない一線な気がして躊躇してしまう。

 もう同棲とか言ってる時点で、京子先生が俺に好意を抱いているっぽいのは、確定みたいだが、ここまで俺を監視下に置こうとしている時点でかなりヤバイ人なのはもう確実だ。


(くそ、引っ越し準備の間に逃げるべきだったか)

 思えば自由に外に出入り出来ていたのだから、その間に逃げる事も出来たと思うが、俺の財布をいつの間にか京子先生が持っていたので、逃げるに逃げられなかったのだ。

 それでも着の身着のままで脱出しようと思えばできたが、逃げる場所は実家くらいしかない。

 実家の住所は京子先生、知らないよな……?


「そうそう、英輔さん」

「な、何ですか?」

「英輔さんのいざという時の緊急連絡先を把握しておきたいのですが、ご実家の住所と電話番号を教えていただきませんか?」

「え……あ、ああ……そういうの必要なんですか?」

「くす、当然ですわよ。入院患者の緊急連絡先を知るのは、主治医の義務ですから」


 主治医の義務ね……医師と患者だったり、同棲だったりと、何か都合よく俺との関係を使い分けている気がするが、もう京子先生の公私混同に関しては目を瞑ろう。

 しかし、何とか外出は自由に出来るようにしないと、俺のメンタルが崩壊してしまいそうだ。

「さあ、記入してください」

「は、はい……」


 どうする?

 嘘の住所と電話番号を書くことも考えたが、京子先生の事だから、必ず本当かどうかの確認はするはず。

 俺の実家は首都圏のかなり田舎の方にあり、電車乗り継いで、二時間くらいで着く場所だから、その気になれば日帰りでも行き帰りは出来る。押しかけようと思えば仕事の帰りでも出来そうだしな。


「あら、どうしました?」

「いえ……これで良いですか?」

 観念して、実家の住所と電話番号、両親の名前を記入する。

 トホホ……これで、実家の場所まで、把握されることになり、いよいよ逃げ場がなくなってきた。


「くす、ありがとうございます。では、ちょっとご実家に連絡させて頂きますね」

「は、はいっ!? 今ですか!?」

「ええ。息子さんをお預かりしていますと、英輔さんの親御さんに連絡しないと」

「いやいや、流石にまずいですって……俺達の関係、どう、説明するんです?」


 まさか、この場で俺の実家に電話をかけようとしたので、待ったをかけるが、京子先生は涼しい顔をして、

「くす、そうですわね。確かに私の家で静養などと言われても、意味がわからないと思います。ですので、私と同棲をしていると言えば即、納得してくれますでしょう」

「ど、同棲……」

「つまり、付き合っているということにすれば良いのです。それなら、何の問題もありません」


 大ありだと言いたいが、確かにもう恋人と同棲していても、何ら不思議ではない年齢だし、そう言えば親もすぐに納得しちゃうだろう。

 俺が女医と付き合ってるなんて知ったら、ビックリするだろうな……じゃねえ!


「いや、後にしましょうよ。まだ心の準備も出来てないですから」

「くす、そうですか。ですが、英輔さんも引越しをした事はご両親に連絡しないといけないでしょう? なら、今すぐ、ここでご実家に連絡してください。私のスマホを使いましょう。ご実家の電話番号の確認も兼ねて」

「は、はい……」


 どのみち、引っ越しをした以上は実家にも新しい住所を教えないといけないので、この場で親に電話する事にする。

 落ち着け……まだ、どうにかなるはずだ。

 別に良いじゃないか、最悪、京子先生のヒモになっても。

 そう開き直れれば楽なんだけどな。


「という訳だからさ……うん、大丈夫だよ。わかった」

 流石に同棲していることは伏せておいたが、引越しした事と、新しい住所をお袋に伝え、電話を切る。

 取り敢えず怪しまれはしなかったが、もし両親がこのマンションに来たら、京子先生との同棲が即バレてしまう。

 いや、バレてもどうって事はないのだけど、外堀が埋められていて既成事実を作られたら、どんどん彼女から逃げづらくなるじゃん。


「あら、私との同棲は結局、話さなかったのですね。いずれバレると思いますのに」

「はは、まだ早いかなと思いまして」

「んもう。まあ、良いですわ。それでは引っ越しのお祝いをしましょう。お寿司を注文したので、一緒に食べましょうか」

「はい」

 と言って、京子先生がわざわざ特上の寿司を出前で頼み、二人でささやかな引っ越し祝いを始める。

 俺、彼女とずっと暮らすことになるのか? まさかね……と思いながらも、


 トントン。

「はい」

「失礼します。どうですか、新しいベッドの寝心地は?」

 夕飯と入浴を済ませ、ベッドで横になろうとした所で、京子先生がネグリジェの姿で俺の部屋にやってきた。


「最高ですよフカフカで」

「良かったです。ねえ、英輔さん。よければ、今夜一緒に寝ませんか?」

「は?」


 とんでもない事を口にし、呆気に取られていると、京子先生は俺の元に顔を近づけ、

「ふふ、女性と一緒に寝た際の緊張状態を知りたいと思いまして……どうです? 私を抱いてみませんか……」

 頬を赤らめ、潤んだ瞳でそう囁いた京子先生は見てて怖くなるくらいの、強烈な色気を放っており、思わず頷きそうになってしまったが、

「ねえ、英輔~~……」

「――っ! す、すみません! 今日は疲れているので!」

「あんっ! んもう……ウブなんですね。でも、我慢できなくなったら、いつでも私の部屋に来てくださいね」


 俺の事を呼び捨てにしたのを耳にした所で、ハッと我に返り、京子先生を強引に突き放す。

 それを見て、京子先生も頬を膨らませて、小言を呟きながら部屋を出て行った。

 な、何ていう大胆な先生なんだ……これ、俺の理性、あんまり持たないかも。

 あんな大胆な攻めを行うとは夢にも思わなかったので、その夜は最後まで悶々として眠ることが出来なかった。

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