第11話 女医さんは恐ろしいくらい嫉妬深く束縛してくる
「むう……」
スマホチェックを一通り終えた後も、京子先生はまだ怒りが収まらないようで、ウーロン茶を飲みながら、俺を延々と睨みつけていた。
「紀藤さん、女遊び好きなんですね」
「好きって程では……あの、俺に昔、彼女が居た事がそんなにまずいですか?」
「別に、まずいとかじゃないです。やっぱり紀藤さん、モテるんだなと思って」
いや、モテてはいないぞ?
彼女が出来たのも一回だけだし、合コンでも特に脈なしだったし。
「モテてなんかいないですよ。というか、何でそんなに気になるんですか?」
「私は実質、紀藤さんの保護者ですので。特に今の紀藤さんはパニック障害を患っているので、女性と二人きりになった場合、いざ発作が起きた時に適切な処置が出来ない恐れがあります。ですので、今後、私以外の女性と二人きりになるのは禁止です」
「は、はい? 何でそんな事に……」
「いいですか! 禁止ですよ! 浮気は……じゃなくて、私以外の女性との交際は禁止ですからね!」
「はあ……」
涙目になりながら、京子先生は俺にそう告げたので、思わず頷く。
物凄く嫉妬深い性格だというのはよくわかったが、ここまで男を束縛してくるタイプだとは思わなかった。
真面目で、恋愛とは縁のない生活を今まで送っていたからなのかな……いや、先生の事はよくわからないけど、何だかこの先の生活が心配になってしまった。
「すみません、取り乱してしまって……気晴らしに少し歌いますね」
「先生、どんな歌が好きなんですか?」
「別に普通です。最近、YouTubeで流行っている歌とか。最近の若い人でどんな歌が流行かはよく知りませんが」
と言いながら、京子先生は最近、動画サイトで人気の歌い手の歌を入力して歌い始める。
京子先生の歌唱力は中々高い方だと思う。歌声自体は綺麗だったのだが、機嫌の悪さがあからさまに出ており、彼女の歌も素直に楽しめず、気まずい雰囲気のカラオケデートが過ぎていった。
「ありがとうございました」
「むむ……」
二時間経ってカラオケ店を退店したが、京子先生は俺の腕をがっしり掴みながら、まだ怒っていた。
「あの、京子先生。機嫌を直してくださいよ。俺、浮気とか絶対にしませんから」
「元カノへの未練はないって言えますか?」
「言えますよ。何年も連絡を取ってないんですよ、もう」
最後に連絡を取ったのがいつだったかも覚えてないが、もう三年は会ってもいないし、連絡も取ってない。
最近は思い出すこともなくなっていたので、未練なんぞカケラもないわ。
「なら良かったです。変な女性に付き纏われると、ストレスになりますからね。ストレスは万病のもとなのですから」
「は、はは……そうですよね」
変な女性……いや、目の前に居るんだけどな……おかしな女性が。
「京子先生こそ、モテたんでしょう。彼氏とか居なかったんですか?」
「いません」
きっぱりと言われてしまい、ビックリしてしまった。
「こ、告白されたりとかはあるんですよね……?」
「ありますけど、私は男性とのお付き合いの仕方もわかりませんでしたし、何より、医師になる事を最優先に生きてきたので……学生時代も合コンなんて不純な事は一切しませんでしたし、やっと、研修医を終えたばかりで、産婦人科の専攻になったのですが、まだ一人前ではないので、男女交際なんて、考えもしなかったです」
合コンを不純呼ばわりとは、めっちゃ真面目な人なんだな。
そんな人が俺の事を好きになるってのは……ちょっと、考えにくい気がするけど。
「紀藤さんはとてもまじめで誠実な方だと思っていただけに……すみません、勝手なイメージを押し付けてしまいましたね」
「ま、まあ……見た目は割とそう見られますけどね」
いわゆる真面目系クズっていうのかな?
そういう見た目をしているらしいが、普通に真面目に生きて来てるんだけど、何でクズ呼ばわりされないといかんのか。
「こうなったら、新居への引っ越しを急ぐしかありません。今週の末には引っ越す予定なので、覚悟をしておいてください」
「は、はい……というか、覚悟とは?」
「私の元での徹底した療養生活です! こうなったら、私も気合いをいれないといけませんね」
何て凄くやる気を出してしまい、俺を引っ張りながら、家路に着いていく。
もう俺の部屋は退去の手続きもしてしまったし、彼女の部屋に住むか、恥を忍んで実家に帰るかしないと、俺はホームレスになってしまうので、京子先生に従うしかなかった。
そして、数日後――
いよいよ引っ越しの日となり、俺の部屋にある家具や家電なんかも、全て京子先生の新居に業者によって運び出されていった。
特に思い入れもなかった部屋だけど、いざ退去するとなると、ちょっと寂しい気持ちもある。
でも、ここに住み始めたおかげで、京子先生にも会えたんだよな。
それには感謝だな。
「さあ、入りましょう。ここが私達の新たな新居ですよ」
「おお……めっちゃ広いですね」
オートロック式のドアを開けて、中に入ると、広々としてピカピカのリビングが目に入り、正に高級マンションといった雰囲気で、場違いな気分すらした。
「ここ、家賃高いんですよね?」
「私の収入なら何とでもなります」
「はあ……」
そんな胸を張って言われちゃうと、ちょっと引いてしまうが、医師になるまでに大変な努力をしたのだから、当然なのだろう。
「ここが、紀藤さんの寝室です」
「おお、マジで広いですね。いいんですか? 個室として使っても良いんですよね?」
「当然です。ふふ、ここならしっかり療養できるでしょう?」
俺の寝室に案内されると、窓際のまた綺麗なフローリングの広い部屋で、まるでホテルみたいな部屋であった。
本当に住んで良いのかよ、こんな所で?
「くすくす、快適でしょう。何せ、紀藤さんにはここにずっと静養していただくのですから、一生住めるくらい快適な部屋を選びました。絶対に逃がしはしませんよ」
「は、はい?」
「何でもありません。じゃあ、荷物の整理を始めましょう」
何だか不穏な事を言ってきたが、とにもかくにもしばらくは京子先生の新居に住む以外にはなく、彼女の言う通りにするしかなかった。
やっぱり会社辞めなきゃ良かったかな……いや、あのブラック企業に何十年も勤めるくらいなら、まだ京子先生の厄介になった方がマシかも知れないが、これはこれで新たな地獄かもしれないと思い、憂鬱な気分になってしまったのであった。
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