第10話 女医さんの急変

「さあ、次はこちらに行きましょう」


 昼食を終え店を出た後、京子先生に手を引かれて、次の目的地へと向かう。


 当たり前の様に京子先生に昼を奢ってもらってしまったが、何かヒモみたいで情けない……。


 彼女と肩を並べるのは無理としても一刻も早くこのパニック障害を完治させて、京子先生の手を借りないくらいにはなりたい。


 いや、何を考えているんだ俺は……別に京子先生と付き合ってる訳じゃないんだし、肩を並べるだの自惚れも良い所だろ。


 でも、出来れば京子先生とお付き合いしたいなという気持ちもなくはないが、先生が俺をどう思っているのかがまだ良くわからないんだよな。




 好意を抱いてくれてるのは確実だと思うが、ただ好きなだけでここまでするかって、どうしても思っちゃう。


 話がうますぎるんで、何か良からぬ事を考えてないか、警戒してしまうんだが、京子先生の楽しそうな笑顔を見ていると、そんな事を考えてしまう自分がはしたなく思ってしまうな。




「次はこちらです!」


「ん? ここは……カラオケボックス?」


 京子先生に案内された先はよく見かける大手のカラオケボックス店であった。




「はい。ここに二人で入りましょう」


「良いですけど、カラオケよく行くんですか?」


「いえ、学生の頃、友達と少し行ったくらいです」


「はあ……じゃあ、何でここに?」


「ここは狭い場所での密室になるので、こういう場所で症状がどう出るのか確かめたいんです」


 ああ、なるほどね。


 確かにパニック障害は密室で発作が起きやすいって言うから、リハビリも兼ねているのか。




 ちゃんと考えているんだなあ……産婦人科のお医者さんだから、専門外の病気なのに、俺の為に色々と勉強してくれてるんだろう。


 そんな京子先生の気遣いに感謝しながら、カラオケボックスに入っていった。




「ドリンクは何にします?」


「あ、ウーロン茶で」


「それでは私もそうしますね。ふふ、カラオケはよく行くんですか?」


「あー、俺もそんなには行かないですね」


 別に嫌いな訳ではないのだが、就職してからは一回も行ってないな。


 というか、仕事も忙しかったし、行く機会があまりなかった。




「くす、じゃあ私と同じですね」


「はは、そうですね。学生時代は、結構行ってたんですけど」


「お友達とですか?」


「友達ともですし、サークルの打ち上げとか、合コンとかでも……」


「合コン?」


 と口にした所で、京子先生が表情を強張らせる。




「合コンとか行ってたんですか?」


「え? あ、えっと……学生の頃、友達に誘われて、一回だけ……」


「つまりあるんですね。お付き合いしていた女性とか居たんですか?」


 いつもの穏やかな口調からは一転して、乾いた声で淡々と質問してきたので、背筋が凍りつくような恐怖を俄かに覚える。




「な、何かまずいですか?」


「合コン……じゃあ、女性とカラオケに行ったり、遊びに行ったのは私が初めてじゃないんですね」


「あ、あのー……話が見えないのですが?」


「うう……やっぱり、紀藤さん、モテてたんですね」


「はい? いえ、とんでもないですって。彼女だって、そんなに出来た事……」


「そんなにっ!? つまり、居たんですね!」


「はっ! え、えっと……」


 思わず口を滑らせてしまったが、実は大学の頃、一回だけだが、彼女が出来たことはある。


 バイト先で知り合った他大の女子だったんだが、他に好きな男が出来たとか言われて、半年もしない内に別れてしまったのであった。


「やっぱり、やっぱり紀藤さんモテていたんですね! 酷いです! 浮気じゃないですか!」


「う、浮気? お、落ち着いてください。今、付き合っている彼女とか居ないですって!」



「は……すみません、取り乱してしまって……女性の影がないから、安心していたら……もしかして、その彼女とまだ出来てるんじゃないですか?」


「別れて何年も経ちますし、連絡も全然取ってないですよ」


「本当ですね? 見せてください」


「み、見せろとは?」


「スマホをです。主治医として、紀藤さんの交友関係を把握する義務があると思いますので」


 おいおい、それは流石にプライバシーの侵害ではないのか?


 主治医とはいえ、そんな事をするのは聞いた事がないな。


「見せてはいただけませんか?」


「いえ……ちょっと、待ってください」


 変な疑いをかけられたままでは嫌なので、止むを得ず、ロックを解除して、スマホを京子先生に手渡す。


 すると、京子先生も自分のスマホを俺の前に差し出し、


「私のも見て良いですよ。これでお相子ですよね?」


「いえ、俺は別に……」


「私の個人情報は見たくないのですか!? 大丈夫ですよ、これはプライベート用なので、患者のプライバシーな情報などはありませんから」


 そういう問題ではないのだが、拒否すると、怒りそうなので、仕方なく京子先生のスマホのホーム画面を見る事にする。


 うん、特に変わり映えはないというか……SNSや動画配信アプリがあるくらいで、ゲームや漫画のアプリとかは皆無。


 何だかよくわからない写真加工アプリみたいなのはあるが、こういう所は女性らしいというか……。


 着信履歴とかは見ても、正直、誰なのかはよくわからないし、SNSの履歴を見るのは正直、抵抗がある。


「私に恋人いないの確認できましたか?」


「は……はい……」


 わざわざ、フリーであることを俺に確認させたかったのだろうか?


 別に京子先生の事を信じてなかった訳じゃないのに、何でこんなに怖い事になってるんだろう。


「ちゃんと見てください! 私は紀藤さんに私の全てを見てもらいたいんです! あなたの体をお預かりしている立場である以上、私は主治医として、紀藤さんの全てを知る権利があります! そう思いませんか!?」


「は、はあ……」


 無茶苦茶な言い分だが、そんなに俺に過去に彼女が居たことが気に入らなかったの?


「うう……何か履歴に、彼女とのやり取りが残っている……消去させて頂きます!」


「は、はい? いや、良いですけど……」


 SNSの履歴に元カノとのやり取りが残っていたらしいが、どんだけ遡って見ていたんだよ。


 ちょっと執念が凄いというか、怖さを感じてしまったが、やっぱりまともな人じゃなかったのかも。


「はい。申し訳ありませんでした、取り乱してしまって」


「いえ……先生、大丈夫ですか?」


「大丈夫なわけありません! 紀藤さんに悪い虫がつかないように、これからもしっかり監視いたしませんと! パニック障害を完治させるためには、変な人との交際は禁止です! いいですか!」


「は、はい……」


 強い口調でそう指示されてしまい、思わずそう答えるが、変な人との交際って……今目の前にいる先生こそ、やべえ人だと思ったが、一先ず彼女の機嫌を損ねたくはなかったので、そう頷く。

 しかし今後の生活に大きな不安を感じざるを得なかったのであった。

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