第9話 治療のつもりが女医さんとのラブラブデートに

「あー、面白かったですね。最後は感動しました」


「ですね」


 映画の上映も終わり、京子先生は感無量といった表情をして、シネマを出る。


 恋愛映画を映画館で観たのは初めてだったが、観てみたら結構面白かった。


 てか、周りを見たらやっぱりカップルが多いなあ……まあ、俺達も傍から見たら、カップルにしか見えないだろうけど、京子先生と一緒じゃなかったら、この映画を観るのは、中々ハードルが高いかも。




「お昼にしましょうか。何か食べたい物はありますか? 遠慮なく言ってください」


「いえ、先生にお任せします」


「もう、遠慮ならさらないでと言っているのに……わかりました。じゃあ、ちょっと行ってみたいお店があるんですけど、よろしいですか?」


「いいですよ。先生となら、何処でも付き合っちゃいます」


「くす、紀藤さんったら……じゃあ、電車に少し乗るんですけど、良いですか?」


「はい。はは、楽しみですね」




 京子先生と一緒なら、例えどんな店だろうと一緒に付いていくつもりだ。


 どんな店だろうなあ……なんて、期待に胸を膨らませていると、


「へへ、じゃあ、駅に行きましょう」


「あ、あの……」


「何か?」


 京子先生はいきなり、俺の腕をがっしりと組んできたので、




「ふふ、どうですか? 誰かに体を密着されると、緊張して、発作が起きやすくなるという話も聞きましたので」


「そ、そうなんですか? いや、どうですかね……緊張はしますけど」


 いきなり、こんなに腕を組んで密着させてくるなんて、何て大胆な先生なんだ。




「心拍数が上がっているようですが、大丈夫ですか? 気分が悪くなったら、いつでも言ってくださいね」


「大丈夫です! でも、カップルに見えちゃうんじゃないですか、俺達?」


「くす、そうですね。良いじゃないですか。カップルに見えても。お互い、恋人が居ないのですから、誤解されても問題はありませんよね」


「ですね……」




 俺も京子先生も交際している人は居ないので、別に誤解されようが、痛くも痒くもないって事か。


 まあ、俺は別に構わないんだけど、京子先生は良いのかな?


 こんな凡人と付き合っているなんて思われたら、京子先生が馬鹿にされたりしないだろうか……。




「あ、電車が来ましたね。そんなに遠くないですから、大丈夫ですよ」


 腕を組んだまま、駅のホームに行き、そのまま電車に乗り込む。


 周りを見ても、ここまで堂々と腕を組んでいるカップルも中々珍しい気はする。


 恥ずかしいけど、これも治療の一環だと考えれば、やむを得ないか。




「電車に乗ると何か緊張しますね」


「大変ですね……気分が悪くなったらいつでも言ってください。各駅停車でも駄目ですか?」


「いや、うーん……各駅停車なら、我慢できますかね」


 急行電車だと、十分くらい止まらない場合があるので、その間、めっちゃ不安になってしまう。


 各駅なら大丈夫かと思いきや、たまに発作が起きそうになっちゃうんだよな。




「誰かと一緒なら、大丈夫ですか?」


「そうでもないかもです」


 誰かと一緒だと、却って緊張してしまい、むしろ悪くな傾向がある気がする。


 この前は、京子先生が一緒に居ても起きてしまったしな。



「うーん、そうなると、電車通勤は厳しいかもですね。自動車なら大丈夫ですか?」


「免許はありますけど、自動車を買う金はちょっと……最近、やけに値上がりして、手が出せないんですよね」


「ああ、そうですか……となると、やはりまだまだ療養が必要ですね」



 まあ、そうなるのかもしれないが、だからって、京子先生の家にずっと引きこもりってのはちょっと……。


「あ、着きましたよ。さあ、降りましょう」


 何て、京子先生と話していると、目的の駅に到着し、二人で降りる。


 その際も京子先生はがっちりと俺の手を握っており、すっかり恋人みたいな気分になっていた。


「いらっしゃいませー」


「うおお、何か良い匂いしますね」


 駅から十分ほど歩いた所で、木造のお洒落な店に到着し、中に入ると、ハーブの香りが漂っていた。


「そうでしょう? ハーブのアロマを使っているお店なんです。ハーブ料理もありますし、気分が落ち着くのではないかと思いまして」


「ええ、ゆったりできますね」


 流石、お医者さんなだけあって、こういうお店も良く知ってるんだな。


 わざわざ俺の為に調べてくれたのか、それとも行きつけの店なのかは知らないが、俺の為に本当、色々と頑張ってくれてるんだな。



「どうしたんですか? もしかして、ハーブの匂い、苦手でしたか?」


「そんなわけありません。すみません、早く注文しましょう」


「くす、はい」


 涙ぐんだ所を見て、ハーブの匂いが苦手なのかと勘違いしてしまったようだが、そんな誤解をさせてしまった時点で、患者失格だ。


「おお、カレーもあるんですか。しかも、ナンが付いてる本格派」


「はい。私もこれ好きなんです。野菜カレーとチキンカレーがおすすめですよ。一緒に食べましょうか」


「はい」


 京子先生のオススメで、カレーのセットを頼むことにする。


 こういうインドカレーはあんまり食べたことないんで、楽しみだなあ。


「お待たせしました」


「うおお……これが、ナン……」


 思ったよりすぐ料理が届き、スパイスの効いたカレーの香りとナンの大きさに思わず圧倒される。


 結構デカイんだな、ナンって……これ、絶対美味いだろ。


「いただきます。うーん、美味しいですね」


「はい」


 早速、ナンをちぎって、カレーに漬けて食べると、マジで美味い。


 うーん、こういう本格カレー、今まで食べてなかったの勿体ないな。




「くす、この野菜カレーいかがですか?」


「あ、いいですか?」


「はい。えっと……はい、あーん♡」


「え……」




 向かい側に座っている京子先生が、自身のナンをちぎって、カレーを漬けて、俺にあーんしようとさせる。


「あ、あーん……」


「ふふ、美味しいですか?」


「は、はい……」


 思いもかけず、京子先生があーんして食べさせてくれたので、恥ずかしさのあまり、俯いてしまう。


 もう完全にカップルじゃん、これ……もしかして、俺達、付き合っている?


「紀藤さんのチキンカレーも食べたいです」


「え。良いですけど……」


「ふふ、今のと同じようにしてくれると嬉しいです」


 今のと同じって事は、今度は京子先生に俺があーんさせるって事か。


「わ、わかりました……えっと……はい」


「わあ、ありがとうございます♪ あーん……パク」


「…………」

「うん、美味しいですう♡ 紀藤さんが食べさせてくれたんですから、格別ですね」


「なら、よかったです……」


傍から見たら、とんでもないバカップルにしかみえんだろうが、京子先生とのそんなランチの一時は過ぎていき、ハーブの香りも忘れてしまうほどであった。

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