第13話 女医さんの脅迫じみたプロポーズ
「英輔さん、おはようございます」
「あ、京子先生。おはようございます」
翌朝、朝食の準備をしている最中に京子先生が起床してきたので挨拶を交わす。
「すみません、朝食の準備までさせていただいて」
「いえ。これくらいはさせてください。先生もお仕事で忙しいわけですし」
「くす、気になさらなくても良いのですよ。英輔さんは、あくまでも患者様なのですから、ご飯の準備などしなくても良いのですよ」
『患者様』ねえ……まあ、パニック障害であるのは事実だし、割と日常生活にも支障をきたすレベルではあるんだが、入院患者扱いされるとちょっと複雑な気分だ。
「いつも、自炊なさっていたのですか?」
「殆どしませんよ。休みの日くらいです」
「くす、私もです。仕事が忙しいとどうしても、外食かお弁当になってしまいますよね」
前に勤めていた企業は残業ばかりで、平日に自炊などとても出来る状況ではなかった。
早い所、転職してここから抜け出したいが、京子先生のサポートをしたい気分もあり、将来についてどうしようか割と真剣に悩んでいるのだ。
「いただきます。まあ、美味しいですね、このベーコンエッグ。今まで食べたことないくらいです」
「大げさすぎますよ」
「いえ、本当に美味しいですよ。英輔さん、料理も上手なんて羨ましいですわ」
別に上手ではないんだが、俺に言わせれば京子先生の方が遥かに羨ましい。
先生並みの学力があれば、俺もこんな事には……いや、考えるのは止めよう。
「では、行ってきます。何かあったら、すぐ私に連絡くださいね」
「はい、いってらっしゃい。お仕事、頑張ってください」
朝食を終えた後、京子先生を見送り、一旦リビングへと戻る。
「はあ……どうするか……」
京子先生が出勤して、広いマンションに俺一人。
正に孤独の引きこもり生活……これ、マジでヤバイ状況だよな
「外に出れないかな?」
玄関のドアへ行き、そっとドアを開けて見る。
「おっ、開いたじゃん」
鍵を開けると、すんなりとドアが開いたので、拍子抜けしてしまった。
あれ、外側から鍵をかけてなかったのか。
だったら、ここからいつでも脱出出来る……そうだよ、俺は自由になるべきだ。
京子先生の事は嫌いではないけど、こんな監禁状態はとても耐えられない。
今が脱出のチャンス……そうだよ、今すぐ荷物をかき集めて、ここから出るんだ。
そう思ってリビングに戻ると、
「ん? 電話か……京子先生? は、はい」
『英輔さん。ふふ、駄目ですよー……家から出ようとしましたね、今」
「は、はい!? な、何で……」
電話に出ると、京子先生は不敵に笑いながら、そう言ってきたので、思わず心臓が止まりそうになる。
『あら、驚きましたか? わかるんですよ、英輔さんが外に出ようとしていたの。いけませんわ、あなたはここで絶対安静しないといけないのです。何か買い物があるのであれば、通販か私に申し付け下さい。いいですか。外に出て、発作が起きたら、どうする気なんですか?』
「そ、それは……あの、京子先生の家から逃げようなんて考えないので、出来ればちょっとだけ外出を認めてくれると嬉しいなーって思うんですけど」
『くすくす、そうですわね……外出をしたければ、条件がありますわ」
「じょ、条件とは?」
『それは、帰ってから、詳しく話します。良いですか。それまでは外出はしないでください。主治医の言う事ならしっかり聞いてくださいよ』
その条件とやらが気になってしまったが、とにかく京子先生が外に出ても良いというなら、どんな条件でも飲んでやる。
でもすごく嫌な予感がするんだよなあ……何を言いだしてくるのやら。
「わかりました」
『理解が早くて助かりますわ。では、そろそろ診察の時間ですので。今日はちょっと診察の予約がかなり入ってて忙しいので、遅くなるかもしれませんわ』
「はい……頑張ってください」
『ええ、頑張りますわ』
と、力なく言うと京子先生も力なくそう返事をし、電話が切られる。
び、ビックリした……何で、俺の行動がわかったんだ?
まさか発信機でも何処かに付いている?
医者だから、何か変な薬でも使ったのかと疑い、洗面所に駆け込んで、衣服と下着を脱いで、何か変な物が付いてないか調べる。
「うう……こええよ、あの先生……」
体を見た限りでは特に変な物は付いてなかったが、やっぱりあの先生、普通じゃない……しかし、闇雲に逃げ出しても行先もない。
実家の場所は既に握られているので、後は友人の家とかだが、スマホを調べられてるから、俺の交友関係も把握しているかもしれない。
「くそ、マジでどうすりゃ良いんだ……」
京子先生への疑心暗鬼で、もう頭がおかしくなりそうだが、とにかく彼女の話も気になるので、一旦京子先生の帰りは待つ事にした。
どんな条件を出すのかわからないが、俺も京子先生に嫌われたくはないので、彼女のワガママも出来る限りは聞いてあげるつもりだ。
そして夜中になり――
「ただいま。すみません、帰りが遅くなってしまって」
夜の九時近くになり、京子先生はようやく帰宅してきた。
「おかえりなさい。夕飯、出来てますよ」
「ありがとうございます。先に食べても良かったですのに」
そうはいうが、大事な話があるというので、出来れば一緒に食べたかった。
食事をしながらなら、少しは緊張が和らぐかなと思ったからだ。気休めかもしれないけど。
「あの、外出しても良い条件というのは?」
「ああ、簡単な話ですよ。これにサインしてください」
「これは……え?」
京子先生が俺の前に一枚の用紙を差し出し、それを見て、一瞬頭が真っ白になる。
「な、何です、これは?」
「見ればわかるでしょう。婚姻届けです。サインしてください。そうすれば、外出も認めますわ」
「は、はは……冗談ですよね……?」
いつものような涼しい顔で、とんでもない言葉を口にしたので、ドン引きしてしまう。
「冗談でこんな事を言いませんわ。私とずっと一緒に居てくれると、確実な保証を与えてくれるのであれば、外に出ても構いません」
「い、いえ……俺達、医師と患者の関係ですよね? 流石に結婚とか……」
「まあ、そうでしたわね。でも、英輔さんとはその枠を超えた特別な関係ですわ。あなたを付きっ切りで看護してあげたいのです。その為には結婚するのが手っ取り早いですわ。さ、サインをしてください」
おいおい、無茶を言うなよ。
これ冗談で言ってるんだよな? 婚姻届けは本物っぽいが、これにサインしたら京子先生と夫婦に……悪くないけど、人として駄目な気がする。
「す、すみません。いきなり言われてもちょっと……」
「そうですか。まあ、ゆっくり考えてください。私もあなたをずっと閉じ込めたくはありません。でも、その為には常に英輔さんを私の目の届く場所に置くことが条件です。そうでないと主治医失格ですからね」
と、無茶苦茶な理屈を言って、婚姻届けをしまう京子先生。
しかし、彼女の強引さに底知れぬ闇を感じてしまい、先生の事がますます怖くなってきたのであった。
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