第5話 シェフの苦悩
レストランのキッチンは大体どこも週45時間勤務ですが場所によっては週50時間や55時間、一日11時間以上働くところもあります。日本もよく働く国民性でいろいろな健康問題を抱えていますがイギリスのキッチンもそれに似た問題を抱えています。
一日中立ちっぱなしで仕事に追われ、食事も仕事をしながら立ったまま掻き込みます。水を飲むことさえできない忙しい時は、ガスコンロの暑さと水分不足で脱水症状を起こしそうになったこともあります。
またストレスや疲労がたまると仕事が円滑に進まなくなり、誰もが簡単に人を攻撃するようになります。そのような状態が長く続くと自分を見失ってしまいます。
そのため、ストレスのはけ口としてお酒やたばこの過剰摂取やドラッグ等にはしり、トラブルを起こすケースもよくあります。
レストランによっては大麻や覚せい剤の講習をスタッフに受けさせるところもあります。
料理人というのはとてもプライドの高い生き物です。ほかのシェフがどのような技術や知識を持っているかいつも気にしているし、別のレストランで食べたものが斬新だったり自分の知らない技術を使っていたりしたとき、悔しさと焦りで自信消失したりします。
料理という物は常に日常生活の中にある物なので料理人は仕事とプライベートを分けることができません。休日や仕事時間外でも常に料理のことを考え続けているのです。
料理人は他の料理人のインスタグラムを必ずフォローしており、会ったこともない名の売れたレストランのシェフのことをまるで友達かのようにファーストネームで呼び、常にライバル視しているのです。
料理人のライバルは同僚だけではなく料理好きの素人さんからトップシェフまで膨大な数になってしまいます。そんな人たちが集まっているホテルレストランのキッチンでは常に嫉妬や不安でお互い牽制し合っています。
料理の世界は学ぶことがつきません。日々新しい技術やメニューが開発されているうえに世界中に学ばなければならないおいしい料理が存在するのです。それはとても楽しいことと同時に気の遠くなるような焦りも感じます。
どのレストランにもそのレストランならではの逸品メニューが存在します。勉強熱心なシェフたちはいろいろなレストランで働きながらその技術を集めて自分の物にしていきます。しかし、その集めた技術を実際使われる事はとても少ないのです。
なぜならどこのレストランもヘッドシェフがすべてのメニューを決めていて部下のアイデアを採用することはありません。なのでどんなにいいアイデアや知識があってもヘッドシェフにならない限りその能力を使うことが出来ません。誰もがいつの日か自分の技術やセンスが日の目を見る時を目指して努力します。
しかし、その道はとても険しくて遠く、一握りの人しかヘッドシェフになれません。そしてやっとたどり着いたヘッドシェフのポジションでも責任の重圧から長く続けられる人は多くありません。
またレストランは慢性的な人手不足です。繁盛期も手が足りませんが閑散期は人員を削減され一人当たりの仕事量が増えます。なので料理の準備と提供だけで手いっぱいになります。
しかしキッチンの仕事はそれだけではありません。一番大切なことが衛生面です。
きちんと衛生管理されたキッチンでなければどんなに素晴らしい料理でもお客さんに提供されるべきではありません。しかし人手が足りないキッチンでは一番そのことが後回しにされがちです。しかしそれをわかっていながら問題を改善してくれない経営者も多くいます。
人員不足のため一人のシェフに一日11時間以上働かせておきながら衛生管理の全責任を押し付けてくる経営者がいます。スタッフの増員をお願いしてもなかなか解決してくれない間に長い時間が立ち、その間に問題が起こってしまうこともあります。
キッチンスタッフはこのようないくつものプレッシャーを抱えながら日々キッチンに立っています。それはとても孤独で苦しい戦いです。一番自分の感情を理解してくれるはずの同僚がみんな敵に見えてしまいます。本音を言いたくてもプライドが邪魔します。
情熱をもってこの世界に入った人たちでも情熱をなくして働き続ける人や精神を病んで去っていく人も多いのがこの料理の世界です。
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