モノローグ(柳)
◯
やっぱり桜井は、桜井だった、凄かった……
自分が未だに「知って」いながら「分かって」いなかった事……それに気付くなんて。「過去」……そう、それだ、その言葉だったのだ。
自分の中で、この言葉は、ずっと腕時計の様に自分自身の時の流れと歩調を合わせながら時を刻んだままだった。可笑しな話だ、過去が現在と共にあるなんて。……そう、全てはもう「過去」の懐かしい思い出しかないのに、それに気付きたくないから、自分は「過去」と表裏一体である「現在進行形」で誤魔化していた。
「現在」という時の脈動は、その「瞬間」即、息吹を失い「過去」の屍となるのなら……その瞬間……「今」だけしか見なければ、「過去」は「今」の中に封じ込められる……そんな風に。
……そして、……当にたった「今」、ずっと自分の手首で脈拍さながら秒毎に時をカウントし続けていた「過去」という名のデジタル腕時計の電池が……何と、このタイミングで、切れた……(廉価なチープカシオだけど、それでも電池寿命約二年を超えて随分持った……次はアナログ式にしてみるか……)
腕時計を外し、そっと慰る様に学生服の左ポケットにしまう。肌身から切り離され、時が進まなくなった腕時計。思えば学生服の購入で漏れなく貰える入学祝いの記念品だったから……桜井と知り合った頃から身に着けていた事になる。そして、こう思う……
……やっと自分の中で、「過去」という言葉が正しく完成され、その真の意味を理解し始めたのだと。だから桜井にこう言ったのだ。
「消失」? 亡くなる訳ないにしても、失踪や夜逃げじゃあるまいし……
自分は……まあ、いずれそうなるとは分かっていたけど。桜井が転入してきた初日さ、職員室で英語教師に英語ペラペラで質問して困らせてただろ? それを見てさ、……ああ、この転入生は来月辺りにはもう日本に絶対いないなって思ったし。逆に今までこんな田舎に三年も住み着いているのが謎だった。気付けば「三年」もだ……そうなんだよ、桜井の言った、「過去」……それこそが聞きたかった「自分」にとっての本当の「答え」なんだと思う……
自分の未来に桜井は存在しないのは、これは薄々分かっていたのに、ズルズルと一年、二年、三年……なんて時の惰性に流されていた。
……でも、教師に見切りをつけたのは、桜井という「凄い」人間に出会ったからだ。自分はその時から「凄い」と言う度に理解を重ねて来たんだ。
ただ、それが「いつまで」続くのか分からなかった。つまり桜井は「過去」の存在になるって意識出来なかったんだ。まあ、過去の存在になると分かったところで、これから先どうするかは悩みではあるけど。……教師に見切りをつけたはいいが、この先桜井にも頼れないし、これから先どうしたら……と、言いかけた途中で桜井は、いいんじゃない?そのままで……と、口を挟んでそのままこう続けた。
教師に見切りをつけたなら……じゃあ後は「自分」しかいないでしょうが?
……いやあ柳、なかなか鋭い質問だなあ、ちょっと待ってろ、次回までに調べてくらあ、まあお前も先生とか人任せじゃなく図書室で調べまくってみろよ、勉強ってのは「他人」じゃなく「自分」がやらなきゃ当然「自分」のモノにならないだろっ、いいこと言うだろ俺?……みたいにね。
桜井の物真似を見て思わず、ああっ確かにいたなあ、そんな教師、名前は何て言ったっけ?と、桜井に聞けば、……悪いけど忘れたわ……と、一言。申し訳ない、名もなき無名( )教師、自分も忘れてしまって思い出せない。
ま、桜井がいないならいないで自分の今まで通りでいいって事か……また奇妙な疑問を持って風変わりな事始めたり……
そんな事を思いながら桜井の方を横目で見たら、桜井は空を見上げていたが、じっと見上げたまま動かない。
………………
……これは少しまずいと感じ、声を掛けた。
……おい、桜井? いくらなんでも直視はまずいぞ、最悪失明するぞ?
でも桜井は構わずそのまま……そして上から目線の口調でこう返して来た。
ヘェ?海すらもまだ見た事ない奴に盲目呼ばわりされる謂れもないけど?……と、自分に当て付けながら、柳も見なさいよ、と顎で空高く太陽を指す。
自分は目を細めて、渋々空を見上げた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます