モノローグ(桜井)

     ◯


やはり柳は奇妙な考えの持ち主だった。再三になるけど、柳には何度も驚かされて来た、その度に私にはない「何か」を柳は持っているのではないかと分かっていながら、気付かないフリをしていた。

 でも、そんな過去の複雑な感情も、たった今、些細などうでもいいプライドの垢となって剥がれ落ちた。それほどまでに驚きを超えて、一瞬頭が真っ白(真っ暗)、真っ暗(真っ白)……チカチカになった。私の頭がショートした訳ではない、これが柳の見出だした答え……いや「真実」なのだ。そして柳に言う。

 柳、恐らく……多分……いや、間違いなく私の答えは合っているはずよ。……だけど、「答え合わせ」は必要だわね。私が、柳の出した結論を本当に理解しているかについて……ね。

 ……柳は黙って聞いている。私は続ける。


 ……イメージとしてはこうね。まず、私や柳が目を開けて川面を見たらどうなるか……これはもう何度となく確認済みよね。お互い、目の前を見てみましょうか。


    ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    私

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



               ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

               柳

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 問題はここから。もし、私や柳が「目を閉じた」まま川面を見たら、川面には何が「映る」のか?

 まず、目を閉じたままだから、自身で見て確かめることは出来ない。「私」のこの「目」、「主観」としての「自身の目」は使えない。ならばどうするか? ……そう、さっきの第三の目、太陽から見た「客観の目」で、確かめるしかない。 その太陽が出した答えがこれよ。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

     桜井

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

              柳

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 目を閉じたなら、私や柳の目の前に映っていた陽(◯)は消え失せる( )。もちろん目で見れないから、という理由ではない。「目で見れない」から「消えた」となれば、周りの山々や、川、自然物の全てが消えてしまう事になる。それはあり得ないし、目を閉じたままでも確かめられる……

 ……そう、たとえ光が届かない盲人、彼の内(小宇宙)が消失の闇であっても、山の木々や川の冷水に触れれば……自身の外側に世界(大宇宙)が「実在」する事は確かめられるから。

 なら、今一度再考してみる、どうして「目を閉じた」なら、川面に映る陽(◯)が「消え失せる」( )と言えるのか。

 ……ここまで来れば、もう考え尽くしたのだから、後は最初に立ち戻るだけ、ね。もう一度、目の前を見てみましょうか。


     ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

     私

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


               ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

               柳

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 つまり、目を開けたとき、私と柳が、川面に陽(◯)が映っているのを見る……でも「見ているのではない」わ。

 私と柳が、陽(◯)を、「目」を用いて「投影」させている、つまり「目」を用いて(◯)を、「創り出している」のよ。

 現実の自然物を目を用いて創り出すなんて不可能だけど、鏡や川面に映し出される映像は、実体のある現実の自然物ではない、「光」のみで構成され、映し出される「虚像」だから。


 ここからが核心ね。「目を開けた時」に、その「自らの目」で、「虚像を創り出す」……そして「目を閉じた時」に、「虚像は消え失せる」という根拠、それは——


     ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

     私         柳

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 「私」は今、目の前に陽(◯)が映って見える……

 ( その一方で、今、ここで私のモノローグを中断して柳に主導権というバトン(◯)を渡したならば——


               ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

     桜井        自分

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

                   )


 当然、柳こと「自分」も今、目の前に陽(◯)を見ているでしょうね……

 だけど、今、「我(私)思う、故に我(私)あり」は「私」の方であって、デカルト(我)でも柳(自分)でもないって事。

 まあ、既に過去の偉人である(デカルト)が我思おうが思わまいが不在( )なのは当然として、柳はこの「私」が無視しようが客観的には一応、実在している事にはなるけどね。ま、(存在感が薄い奴)だけどね……

そういう訳だから、また「私」に立ち戻って、同じ事を言いましょうか——


     ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

     私         柳

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 「私」は今、目の前に陽(◯)が、映って見える……けど、その代わり……柳が今、目の前に見ている陽を、「私」は見れない( )。

 ……なら、どうすれば、私もそこに映る陽を見る事が出来るか?

 ……そう、答えは簡単、こうだったわね。


              ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

              私

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 「私」が「柳の立ち位置」で見れば「私」にもそこに陽(◯)を見ることができる。

 そして、ここが重要な核心にして結論……私のいつもの定位置では、柳の見ている陽(◯)が見れない( )のは、「柳の立ち位置」で、「見ていない」から。当たり前?そうなのよ、当然とは当然の事だから違った見方が出来ないのだわ。「見ていない」……それを言い換えると……


 「柳の立ち位置」で「私」が「目を閉じる(見ていない)」から柳の見ている陽(◯)が見れない(◯)


 そう、これこそが探していた答え。これで総て理解できる筈よ?

 では、最後の締めと行きましょうか……

 柳はこう言ったわね……「私」がいつもの定位置で「目を閉じる」時、目の前に陽は映っている(◯)のか?いない( )のか?

 そう、答えはコレよ——


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

     私

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「私」の目の前から陽は「消失( )」するという事! 結局、あの◯は自らの目で以て観測する事で、「創出(◯)」されたからよ。

 よく考えてもご覧なさいよ、私達がこの場所を去った後でも川面に◯が映ったままの状態なんて想像してみてよ……?


     ◯ ◯

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 その橋の上には誰もいない、誰も見ていない……けれども私と柳が見ていた◯はそのまま川面に映り続けている……こんな事は客観的に見てあり得ない。もしこんな光景が現実にあるとしたら、それこそ「合成画像」よ。

 分かり易く言えば、鏡の前に誰もいないのに、私と柳の姿が何故かそこに映っていた……これが異様な光景でなくて何なのよ? 


 だからこそ、その◯は映っているというより、自身の目で川面に創り出すと言った方が正しい。

 柳、それは「観察(観測)」「認識(意識)」するときには自身で「存在(顕現)させる」事が出来る。そうしない時は「存在(顕現)しない」のよ。それが、柳の見出した真実。


 これで終わり……ね。

 (改めて口にして言うけど)「百通り」の「足場数」を踏んだ「経験」が、「百人」の私を「存在」させるのよ? 当然その足場数の中には「柳」という「足場(立ち位置)」も含まれる……「私」は私自身を失わずに、誰の視点からでもモノを解釈する……それが「桜井」よ。

 ……柳、これこそが「私(主観)」の「客観(桜井)」的理解……「総理解」よ。


 成程ね、「そういう事」だったのね……


 「◯なんて実際に見た事なくても大したことはないじゃないか、だって実際に見た事なくたって、こうして自分で——」


 本当に、驚いたわ……「そういう訳」なのね、柳。


 「海なんて実際に見た事なくても大したことはないじゃないか、だって実際に見た事なくたって、こうして自分で——」


 柳が、「海」を「総理解する手段」って、それがこの「認識手段」なのね。つまり「海」なんて創り出すことができる、「客観的」に存在する、あの「海」ではなく、自身の中で「主観的」に存在する、柳だけの「海」を……


 間違いかしら……柳。


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