モノローグ(柳)
◯
自分は、空ではなく、桜井の話を後ろで聞きながら顔を左に向け、橋の欄干に少し身を乗り出し、川面を見つめていた、そして、モネの一瞬の光の表現に話が及んだ瞬間——
◯
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自分
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欄干(−−−)の向こう側、川面に太陽が文字通り、白星(◯)の様に、反射して映し出されている。桜井は自分の数歩先……万歩計など持っていないが、目測にして、
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十九八七六五四三二一零
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……自分の立ち位置(零)から一歩目を踏み出して、大体十歩目くらい先にいるか。一を聞いて十を知る人間こそ桜井なのだ。
…………………………この数値化出来ない距離感こそが、自分と桜井との間にある距離差……ではなく、決して目には見えない断絶なのか。距離を縮めようと追いかけても、追いかけても、道が途絶えているから、これ以上は追いつけないのだ。あるいは、その断崖を飛び越えない限りは……
自分はあれから……そう、周りから「信濃川データ詐称事件」と揶揄された授業……それをきっかけに教師に質問すること自体を否定した。自分にとって重要な質問ほど、嫌な顔をされる、まあ元々切羽詰まった状況でもなければ、教師に聞くことなどほとんどなかった。
それより桜井という人間が自分の目の前に現れてから、教師が反面教師に見えてきた。自分に対する教師の態度を言っているのではない。そこまで不貞腐れてはいない。が、教師のやり方で理解しても所詮何も理解出来ないのではないか? 模範解答以外は受け付けません……それが決定的だった。
四歳の頃、自分は歳相応に稚拙だったと思う。空へ行こうと思い、空を上へ登ろうとばかりに、ジャンプばっかりしていた。でも何度と挑戦しようと落ちてしまう…… 悔し紛れに上空を飛んでいる烏に、ボールを当ててやろうと、ボールばっかり上へ投げた。でも落ちてしまう…… おまけに烏も急降下しながら襲って来たっけ……
何で下に落ちるのか……? その時点で、既に何となく疑問ではあった。
七歳になり、小学生にもなれば小さな学生である。自分含め皆、知的にもなる。昼休みに図書室で一斉に読書に励むのだ、「漫画 日本の歴史人物シリーズ」や「漫画 世界の偉人伝記シリーズ」の奪い合いだ、人気のある日本の歴史人物シリーズ(特に織田信長、武田信玄、上杉謙信……等々の戦国武将シリーズ)は速攻で奪われて行き、残ったのは唯一つ……「漫画 世界の偉人伝記シリーズ ニュートン」のみ。
残り物には福がある、という諺をその時は知らなかったので、クソ、などと思った。
そのニュートン、木陰で昼寝していた。そしたら赤い林檎が木から落ちた。落ちた……落ちた……? 「落ちた」……その言葉で四歳頃の自分の思い出が蘇る。
ニュートンは赤い林檎を見つめて言った、……何で皆、地面に落ちるのだろう?
……あれ?……何となく自分もそんな事を思った様な気がするが……?
ニュートンは言った、……そうさ、皆、地面にある見えない力で引っ張られているから落ちるのさ、何故なら……(以下略)と。
……しばらくの間を経て、自分の真っ白だった頭の中に、赤い林檎がはっきり見えた、その赤い林檎はまるで太陽みたいに赤い(熱い)力を感じた。その赤い力がどんどん大きく見えた、周りの白が皆、その赤に引き寄せられて染まって行くから。
最後に頭の中が総て真っ赤に染まった。真っ白だった空っぽの頭が、「総理解」という色で埋めつくされた気がした……まるで百点の答案用紙の大きな赤丸みたいに。
そして自分でも無意識に……「凄い!」と一言、本の中のニュートンに向かって言った。誰かに「凄い」と言ったのは、ひょっとしたらこの時が初めてかも知れない。
教師が、ニュートンについて説明する。万有引力こと重力について説明する。
一般的な通念として教師は当然頭が良い、だから総てを理解していると思っていた。だが教師はどう理解しているのか。教科書の巻末に重力定数?とやらが載っている、それに関連する難しそうな公式が他にもある、これらを全て覚えたら重力を総理解できるのか? 教師は、その公式を初めて見た時、「凄い」と思ったのだろうか? 教師は、公式を用い、数字を当て嵌める、それだけ。モノが落ちる力……重力を総理解するって何なのか? 未だ以って分からないまま。ただ——
桜井という人間が自分の目の前に現れた。ニュートンの漫画から小学の六年の時を経て再び、「凄い」という言葉を発した。
そう、「凄い」……この決定的な言葉によって、教師に見切りをつけようと——
……ちょっと、私をほったらかして考え事始めないでくれる?と、桜井の声で我に返る。
少し不機嫌そうではあるが、さっきまでの曇った(しかも雷注意報の出る一歩手前の)表情ではなく、いつもの澄み切った表情だ。何か気に障る事……ましてや怒らせる様な事を言った覚えはないが、とにかく機嫌が直ったみたいでホッと一安心だ。
◯
……気が付けば、空の薄曇も晴れていた……やはり◯(快晴)は人を雲一つない澄み渡った明るい気持ちにさせるものなのかも。とは言っても、桜井のそれは薄荷(メントール)の清涼感みたいな澄み切り方だ。基本明るい性格ではあるのだか、クラスの人気者が持つ明るさみたいなものは桜井には一切ない。かと言って親しみ易い朗らかな明るさもない。シャンデリアの七色の輝きとも灯火の暖色の明かりとも違う、装飾や色付けといった虚飾を徹底して排した水銀灯の真っ白で冷ややかな明るさなのである。上手く言えないのだが……ネアカではなく聡明でクールな人間なのだ。でも冷たい人間では決してないという……やはり上手く言えない。
……で、柳、何でずっと川ばっかり見ているのよ……ってそうか、そうよね、いつも川で見かけてはそうやってて……その変な習慣こそに本題があるって訳ね?と、桜井はやはりお見通しで言った。
自分は、桜井には顔を向けずそのまま川面を見つめる。
◯
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自分
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自分の立っている位置を軸に、太陽(◯)も川面の鏡に映し出されている。
桜井も自分と同じようにしてみろよ?と促す。
川面を見れって事?……別にいいけど……と、桜井も欄干に寄り掛かり、川面を覗き込んだ……
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