モノローグ(桜井)

     ◯


 ……少し前までは、私の後ろを付いてくる程度の存在だった。でも、それは違うのか。今では、私を背後から澄まし顔で俯瞰する存在なのか? 何となく柳との差異には気付いていたのは認めるしかない……ただ何の差なのか知らずにいた。それでも私の後ろにいる存在に変わりないと思っていた、私の前に出たところで、逆に後ろから蹴り飛ばされる存在。

 今でも柳は、こうして私の後ろにいる。でも、今、後ろにいるという、その意味を知った。柳は後ろにいる……のではなく、後ろで立ち止まったのだ。追いかけるのをやめたのならそれでいい、私の真似なんて出来やしないのだから。若しくは自分のスタンスをようやく見出したのならそれも結構な事。私にとっても最後となるであろう戦い……柳の最後の疑問は間違いない、その自身特有のスタンスなのだろう。まだ何も始まっていない現時点では何とも言えないけど、柳だって自らの奇妙な思考形態にいい加減気付いているでしょう。

 ……いいでしょう、なら私も……いよいよ私流のスタンスで迎え撃つまでの事。私は、かの鉄の女……とまでは行かないまでも、冷徹な精神は常に失わない……そんな女だ。


 では手始めに……私は数ヶ月先の未来を、「主観的」(私と柳)にではなく、あくまで冷徹に……そう、「客観的」(桜井と柳)に捉え直して、こう予測しましょう……


 まずは私、桜井の視点をお見せしましょうか。


   (前)    ←    (後)

    桜井


 桜井は前を向き止まらない、柳は今まで通り、後ろを歩く、そしてどんどん離されて、桜井の世界から、消える。それとも……


 次は、柳の視点……柳から見ればそれは——


   (前)    ←    (後)   

                柳


 柳は後ろで止まった、桜井は今まで通り、前を歩く、そしてどんどん離れて、柳の世界から、消える。


 どっちにしろ客観的な現実世界では同じ事を言っているだけ。端から見れば桜井(前)はやがてココ(後)を離れるという訳なのだけど、柳(後)はそのままココ(日本)に居る。それは揺るがない。でも、これが主観的な「私」の世界(柳の場合、それは「自分」の世界って呼べばいいのかな……)では、日本に居るとか居ないとか、もうそんな意味ではなくなってしまう。つまり桜井という人間、その単なる戸籍上における一個人の存在記録ではなく、私という存在意義そのものに関わるって事。私の勝ちで柳の負けか、(それとも桜井の負けで自分の勝ちか)、その二つに一つ。……いや、そんなもんじゃあないわ、私が柳を消し去るか、(自分が桜井を消し去るか)、……そういう事よ。


 ……つまりよ。もし、今このまま私が日本を離れたなら、柳の勝ちで私の負けみたいなものだわ。つまり私は日本を離れたのではなく、負けたからアメリカに撤退したにも等しいって事。……その後の人生、柳は偉大なベートーベンJr.だか何かになり、出戻りの私は丸の内のOLだ。

 だけど、私の勝ちで柳の負けで幕を閉じれば、……いずれ私は偉大なサッチャー二世だか何かになり、柳はずっとココで魚沼の百姓だ。


 もちろん丸の内のOLだってビジネスの第一線で働くキャリアウーマン、魚沼の百姓にしても格付け最高ランクのコシヒカリを育む名匠、……だけど偉大、巨大な存在からすれば数多の中の一個人など認識する事すら出来ない。「消し去る」とはそういう事……それは決して無情な冷たい人間だからではない。大きくなればそれだけ小さなものは見えなくなるから。人間は大き過ぎて蟻の存在に気付かないものよ。

 ……柳も以前こう言っていたわね、自分は新潟県に住んでいるのに、新潟県知事はその事知らないのだろうか?とか何とか。そりゃ当たり前よ馬鹿……とも思えなかった。私と同じく、クールに自身を見つめているという事、そうじゃなければそんな発想は絶対に出来ない。


 ……ようやく見えて来た、あの橋……そこが柳の定位置、スタンディングポジションなのだ。柳はいつもそこにいた。そこでよく見掛けたものね。


……ふと、後ろを振り返ると、そこには「ウチの高校の生徒」がいた。

 ……今朝の登校時、時速60キロメートル手前の車中から一瞬写ったピンボケの生徒の姿が、今こうしてハッキリと目の前に「現像」された。


 そして今、私は橋の半ばで立ち止まった、柳はその数歩後ろで遠慮がちに控えている。辺りを見回しても誰もいないけど……ここで、ふと想う。この今、私達二人の光景を、誰か(?)が眺めているとしたら、どう思う? 答えは九十九パー決まっている。私の方が上で、柳は下だとね、色んな意味で(……間違っても恋人同士とは思わないでしょう、それこそ色んな意味で)。

 ……けれど川の流れの方向、上流→下流から見れば、私が前で柳が後ろだとか関係ない、ただ並んで見えるだけ。……つまり、こういう事。


       ↓(上流)↓

————————————————————

    私           柳

————————————————————

       ↓(下流)↓ 


 もう私が柳より数歩先をリードしている訳ではないわ。ベクトルの前後の向き(私←柳)を変えて(上流→下流)見たら、今ではもう横並び……お互い対等な存在なのだ。……そう、答えは九十九パー決まっていても、この残り一パーの可能性がある限り、百パー私が上で柳が下とは断定できない。「一」は「ゼロ」ではないのだ……上下ひっくり返すことも十分可能だという事。それが証拠に、柳が小学生の頃に集めたポケモンだかのカード、売った所で1円の値打ちしかないと思われていたものが……今や海外のオークション相場で1万ドル(!)だとか。ああ見えて隠れミリオネアなのである……まあ日本円での話だけど。「一」を「レア」と見做すとこうなるのだ。


 思えば、柳とはこれまで奇妙な話し合いをたくさんして来た。時には私を楽しませ♪たし、またある時は大いに悩ませ?もしたし……そして最後……驚かせ!た。

 たけど、もう驚く事もないでしょう。私は私のスタンス……「総理解」で以て、いつも通り、柳の奇妙な問いを……「裁く」だけ。

 間違いなく言える事は……これから私に向けられるであろう、その奇妙な問いそのものが柳のスタンスの本質、つまり柳自身の「真実」に違いない。だから今までの様に「答える」のではなく、「裁く」のよ……

 それが現実で通用する「真実」なのか、夢や幻想じみた「虚構」なのか……白日の下に曝け出してあげるわ。

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