第14話 モンスター3

(リーダーが現れたことで、ムーンファングが落ち着きを取り戻したか)


 僕はレッドファングに向き合いながらそんなことを思う。

 レッドファングはムーンファングの亜種である。

 月の光に照らされなければ姿が見えずらいことが、その名前の由来となっているムーンファング。

 その視認性の悪さを使って夜に刈りをする習性である。

 一方、レッドファングはド派手な赤い体毛。

 普通に目立つ。

 しかし、関係ないのだ。

 圧倒的にスピードもパワーも高いために、むしろ群れのリーダーとして視覚的に分かりやすいほうが他の個体を従わせやすい。


(まあ、つまり小細工なしで圧倒的に強い……ってことなんだろうな)


 アレンは周囲を観察する。

 ありがたいことに、他のムーンファングたちはボスの戦いを見ている。

 おそらくボスの強さに対する確信からだろう。

 僕としてはレッドファングと戦っている間にシーナが襲われるのが一番厄介だったのでありがたい。

 この辺りは人間ほどには高い知能は持たない野生のモンスターだからだろう。


(さあ、じゃあ、このボスを倒すことに集中するとしよう)


 そうして向かい合う僕とレッドファング。

 先に仕掛けたのはレッドファングだった。

 地面を蹴っての突進。

 その動きはしなやかで力強い。


(野生動物の加速力……凄いな!!)


 自然の神秘に感心しつつも、僕は斬撃で迎撃を試みる。

 

「ふっ」


 鋭い呼吸と共に繰り出す一撃。

 向こうから突っ込んで来るレッドファングに対してジャストの位置に剣を出す。

 しかし。

 レッドファングは一瞬で進行方向を横に変える。

 空振りする剣。


(なんて反応速度!?)


 そしてレッドファングは、通り抜けざまに僕に噛みつこうとしてくる。

 しかし僕もとっさに上体を倒して回避を試みる。

 だが完全に躱すことはできなかった。


「ぐっ!!」


 肩の肉を服ごと少し抉られた。


「アレン!!」


 シーナが僕を案じて声を出す。


「大丈夫、傷は浅いから!!」


 この百年で色々な病気をくらって何度も死にかけており、免疫力はかなり上がっている。

 あとで傷口を洗う必要はあるだろうがこの傷が原因で死ぬこともまずないだろう。


(……まあ、ちょっと右手の力が入りにくくはなったけど)


 そもそもあまり腕力に頼って剣を振っているわけではない。

 なんとでもなるだろう。

 いやまあ、メチャクチャ痛いんだけどね。


(それよりも問題は……)


 僕は、ついさっき僕から噛みちぎった肉を咀嚼しているレッドファングを見る。


「なるほど……反応速度が速い」


 野生のモンスターの思考力は低い。

 そのおかげで今、シーナを守る必要がなく助かっている。

 だが、それゆえに野生のモンスターは完全に習性や反射で動く分、思考にかかる時間がないのである。

 よってそこから生まれる反応速度は凄まじいものがある。

 特にこのレッドファングは歴戦の猛者なのだろう。

 人の限界を完全に超えた反応速度で、こちらの攻撃は回避されてしまう。

 さて、どうするか……。


(……いや、だからこそ)


 僕は再び剣を構えて向かい合う。

 グルグルと喉を鳴らすレッドファング。

 互いに次の一手を探っている。

 しかし、純粋な反応の速さと身体能力で上回るレッドファングは余裕があった。

 自分こそが捕食者。

 今からこの小僧の他の肉にくらいつくのが楽しみで仕方ない。

 そんなことを考えているのが感じ取れる。


(……自信があるのは羨ましい限りだが、それはどうかな?)


 その時。

 僕は立ち位置を少し変えようとした拍子に、足元の石を踏んでしまった。


「!?」


 バランスを崩す僕。

 当然その隙を、この野性の猛獣が見逃すはずがない。

 一瞬で反応して飛びかかってくる。


「……アレン!!」


 シーナの悲鳴のような声が響く。

 そして。

 次の瞬間。


 スバッ!!


 と、レッドファングの体は真っ二つになった。

 レッドファングが飛びかかるよりも早く体勢を立て直した僕の一撃によって。


「思考を挟まないからこそ、本能で高速反応……逆に言えば本能通りに行動してくるってことだ」


 まあつまりフェイントである。

 獣の反応速度でも回避不能なタイミングを見計らうのは大変だったが、岩を切るために身につけた集中力がそれを可能にした。


「さあ……どうする? お前たち」


 僕は残ったムーンファングを見る。

 彼らはボスがやられたのを見ると、我先にと逃げていったのだった。


「ふう……」


「アレン!!」


 戦いが終わると、シーナが駆け寄ってきた。

 そして僕に抱きついてくる。

 体が震えていた。怖かったのだろう。


「シーナもう大丈夫だよ」


「……ありがとう……怖かったあ」


 シーナはそう言ってしばらく泣き続けたのであった。

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