第8話 手合わせ5

 ゴライアスの繰り出した上段により状況は一変した。


「おら!!」


 繰り出される凄まじい速度の振り下ろし。

 初めから振りかぶっている分、振り出しが圧倒的に速い。

 こちらが先に仕掛けても向こうの剣の方が先に到達する。

 よって躱すしかない。


 ドン!!


 と地面が爆ぜる音。

 一撃一撃で地面が抉られる。

 凄まじい威力である。


(……くそ、ちょっと掠った)


 剣先がちょっとだけ掠ったのである。

 皮膚が切れるかきれないかギリギリくらい。

 何度も完全に躱し切れるものじゃない。


 しかも……。


 ツー。

 と僕の口元から僅かに血が流れる。


(剣の起こした衝撃が、こっちの内臓を痛めつけてくる)


 爆発系魔法などの真価は爆発の威力もそうだが、魔法での防御を纏えない一般人にとっては爆発そのものよりも、その爆発によって震えた空気が凶器となって体の内部を破壊することらしい。

 エルフの国にいた時に独学で本を読んで学んだことである。


(まあ、要は避け続けて時間稼ぎとか疲れるのを待つとか……そういうのはできないってことだ)


 ならば、特技の受け流し。

 これを使って反撃の隙を作る。


「おら!!」


 ゴライアスが上段から剣を振り下ろしてくる。

 ありがたいことに軌道は素直だ。


(……剣で受け止める瞬間、力を抜いて……なっ!?)


 感じたのは、圧倒的すぎる腕力の差。

 大型のモンスターの突進すら比べものにならないほどの鍛え上げられた剛力。

 僕の体が強風の前の小さなホコリのように吹き飛ばされた。

 受け身をまともに取る余裕すらない。

 まるで、石を思いっきり助走をつけて投げたかのように一直線に吹っ飛んでいく。


「ぐあ!!」


 そして自分が百年前に切った岩にぶつかってようやく止まる。

 ビキビキと、ぶつかった岩にヒビが入り。

 ガラガラと崩れ落ちた。


「ぐ……あっ……」


 僕は先ほどよりも明らかに多く血を吐きながら地面に倒れる。


(……受け流しきれなかった)


 参ったぞ、どうしたらいい?

 避けきれないし受け流してもダメ。

 あの上段のパワーに対抗する術が今の自分にはない。

 というか、そもそも初めからこれをやられていたら、勝負になっていないはずなのだ。

 ゴライアスは技術対決をしたくて、あえてこの最善手を封じて戦っていたということだろう。


 そんな僕を見下ろして、ゴライアスは言う。


「根本的なフィジカルの差だな」


 ゴライアスは自分の持つ大ぶりの剣を、軽々と肩に担ぐ。

 あんな大剣、僕なら持ち上げることも困難だろう。


「エルフは生まれつきフィジカルが弱い。成人エルフの男でも、人間の女の半分程度の腕力しかない。これは覆らない厳然たる事実だ」


「……」


「エルフの剣士よ……俺はお前好きだぜ。種族的に向いてないことに挑戦してよ。ここまで剣を磨き上げた。大したもんだよ。最近の戯けたこと言ってる若い連中に見習わせたいくらいさ」


 でもな。

 とゴライアスは言う。


「やっぱりエルフに剣士は『向いてねえ』よ。根本的にな。一定以上強くなるにはフィジカルが必要だ」


「……」


 先ほど頭にも衝撃が入ったせいだろうか。

 ゴライアスの言葉が頭の中に、ズッシリと響いてくる。


 お前には向いてない。


 その言葉は本当に重い。

 才能があって器用で、すぐに結果が出るような人間は軽く聞き流せるかもしれない。

 でも僕のような人間には鉛のように、心に引っ付いてなかなか取れない。


(……正直さ……分かってるんだ。向いてないことくらい)


 何せここまで強くなるのにもう全てを剣に捧げて二百年かかってる。

 たぶん目の前の人間は生きても四十年とかだろう。

 それでも相手の方が強いのだから。

 ほんとに心底嫌になる。

 もう辞めてしまいたくなる。


「……でも」


 父の言葉がリフレインする。


『お前が『生まれつき無能で無価値』だからだ』


 癪なんだ。

 ムカつくんだ。

 あの時言われた言葉を受け入れるのが。

 うるさい黙れ。黙って見てろ。

 お前の目が節穴だったことを思い知らせてやる。

 そんな感情が溢れ出して止まらない。


 僕は立ち上がった。


 それを見て驚くゴライアス。


「根性あるなほんと……その根性さ他のことに向ければいいじゃねえか? 魔力が無いなら勉学とかよ。ワザワザ向いてない戦いの世界になんか来なくていいだろ」


「……変なことかな」


「ん?」



「男の子が『強くなりたい』って思うのは……変なことかな?」



 口元の血を拭いながら、僕はそう言った。


「……」


 ゴライアスは、そんな僕の姿を目を丸くして黙って見た。

 そして。


「ククク……そうだな」


 本当に愉快そうに笑う。


「さっきの言葉、心から謝罪する。お前の言うとおりだ。強くなりたくねえ男なんかいねえよな」


 ゴライアスは剣を上段に構えた。


「かく言う俺もその一人でね。男としてお前に最大の敬意を持って、次の一発で倒させてもらうぜ」


 先ほどまでのどこか戯れるような感じが消えた。

 視線だけで相手を殺せるかのような鋭い眼差しは真剣そのもの。

 目の前の相手を『強敵』と心からみなした証拠だろう。

 この強い男にそう思われたことを光栄に思いつつも、僕は考える。


(状況は依然、こちらに圧倒的に不利だ)


 向こうの上段からの打ち込みのスピードと威力に対抗する術がない。

 分析をする。

 要素を「パワー、技術、スピード」に分解。


 パワー。対抗するのは不可能。勝負にもならない。

 技術。受け流すのもあそこまで剣速と威力が出ていたら難しい。

 最後にスピード……。


 これについては相手が攻撃特化の上段に構えていることで上回られている。

 僕の基本の構えは中段なので振りかぶる間に、相手の剣が到達してしまう。


(……勝機があるとすればここしかない。なら)


 僕は構えを変えた。


「!?」


 それを見てゴライアスは再び驚く。

 僕がとった構えは上段。

 ゴライアスと同じ構えである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る