第3話 そんな日がやってくる

 エルフの王国『エルヴァリオン』。

 そこに住むエルフたちには、『一人前』として見なされるための儀式があった。

 その名も『ストーンブレイク』。

 『エルヴァリオン』の首都から山を一つ超えたところで理由は不明だが自然発生する、直径2mほどの大きな岩。

 この頑丈な岩の中心部には純度の高い魔石の原料が含まれていることがあり、エルフたちは魔法を用いてこれを割って質の良い魔法石を作るのである。

 それが転じて、「魔法でこの岩を砕くことができる者が一人前」という伝統が出来上がった。

 本日も一人の少年が『ストーンブレイク』に挑戦する。

 少年は第一王子、ウィリアム。

 その年齢はなんとまだ十三歳。この儀式をクリアするエルフの平均年齢は三十歳である。

 寿命の長いエルフからすれば三十でもまだまだ小童である。

 よって、十三歳などあまりにも若すぎる。

 しかしウィリアムは、国の重役や王である自分の父親に注目されながらも全く臆した様子もなく、王城の広場に置かれた岩の前に立つ。


「歌え火の精霊『フレイムショット』」


 手をかざして放った炎の魔法。

 おお!!

 と周囲から感嘆の声が漏れる。

 まだ岩に命中していないが、放たれた炎の勢いは凄まじい。

 結果など見るまでもない。


 ドン!!


 と爆音と共に岩は見事に砕け散る。


「エクセレント!!」


 ウィリアムに心酔する従者の一人が立ち上がり拍手を送る。

 それにつられて拍手を送る観衆たち。


「おお、これは大きな魔石原料じゃ。縁起がいいですぞ」


 王族に長年使える神官がそう言った。

 儀式で割った岩から出てくる魔石原料のサイズと質で、そのものの将来を占うのだ。

 ウィリアムは見事なサイズを引き当てたのだった。


「いやはや、我が国の未来は明るいですな」


 大臣にそう言われたのは国王ボルツ。

 ボルツは頷いた。


「……うむ、申し分ない才だ。余は軽く超えている」


   □□


 強くなろうと決めたその日から、僕、アレンの修行は始まった。


「エルフの筋力や体力は最弱……だから兎にも角にも鍛えなきゃ」


 僕は朝起きるとすぐに行動を開始する。

 小屋から何kmも離れた川へ水を組むためにダッシュする。

 これを何往復か。

 と言っても体力が無いため、ほとんど歩きになってしまう。


「……はあ、はあ、はあ」


 ヘトヘトになりながら水を組み終えただけで、もう日が傾き始めてしまう。

 途中にあった果実や追放が決まってから調べておいた食べられる野草をとってくる。

 持ってきた食料とこれで、なんとか飢えは凌そうである。


「剣を振る力を鍛えないと」


 そう思って腕立て伏せをやってみる。

 が、一回すらできない。

 仕方ないので、膝をついて負荷を軽くしてやる。

 それでもできて数回だった。


(……エルフって本当に筋力無いなあ)



 そんなことを改めて痛感する。

 だが、そんなことを言っていられない。

 僕は剣を持つと素振りを始める。

 クタクタになるまで素振りをする。

 体力の限界まで……いや、実際にとっくに限界などきてるわけだが。それでも歯を食いしばってその先へ。


(苦しい……辛い……)


 でも止めない。

 強くなると決意したのだから。


   □□


「……はあ……はあ……はあ」


 もはや精魂尽き果て、幽鬼のようにふらふらとしか歩けなくなる。

 日も完全に落ち切っている。

 だが、一日の最後にやることがある。

 僕は小屋から近くにたまたまあった「それ」の前に行く。

 大きな岩だった。

 ちょうど故郷の儀式で使うような。


「ふー」


 僕はそれの前に立ち、剣を構える。

 そして体に残った全ての力を込めて、全力の一撃を叩き込んだ。

 ガシイイン!!

 と激しい音が響く。


「いったあああ!!」


 昨日と同じく、手がビリビリと痺れる。

 むしろ今回の方が相手が固い分痛みが激しい。

 当然岩は傷一つ付かず。

 ありがたいことに剣には『破損を防ぐ魔法』が施されているらしく、これでも刃こぼれ一つしない。


「……はあ」


 僕はため息をついた。


「まあ、昨日今日でなんで無理だよなあ」


 疲労が限界に来て仰向けに倒れ込んだ。

 夜空に星が光っていた。

 故郷よりも綺麗な星空だった。エルフの国では魔法を使ったライトが開発されて以降、夜空の星が少し見えにくくなっていた。

 そんな夜空を彩る星たちが僕に言っている気がした。

 ……頑張れ、と。


「……そうだよな。今できないなら『できるまでやる』だけだ」


 エルフはフィジカル最弱……だけど寿命だけは長い。

 エルフでよかったと生まれた始めて思った。


   □□


 そして僕はこの生活を続けた。

 早朝に起き、長距離を走って水を汲み、筋トレをして剣を振って。

 一日の最初と最後には、巨大な岩に剣を叩きつける。

 当然、全くビクともしない。

 それでも続ける。

 努力を。

 強くなりたいから。

 毎日苦しくても辛くても……。

 決して休まず。


(……力みすぎなのかもしれない、もう少し握る指の力は抜いてみよう)


 色々と試行錯誤して。


(体の鍛え方も、もっと負荷を上げられないか? 水汲みの時もただ走るんじゃなくて自分で緩急つけたりして……)


 ガチイン!!

 と、剣が今までよりも鋭く岩に叩きつけられた。

 

「……よし!! 手応えがいいぞ!!」


 だが、努力をしても右肩上がりに成長するわけではない。

 翌日。


 ガシイイイイン!!


「痛ぁ!! あれ? 昨日上手く行ったはずなのにできなくなってる……? むしろ前より下手になってないか? うわ、きついなあー」


 頑張っているのに伸びないことはザラだ。

 むしろ頑張っているのに、後退することだってある。

 でも、それでも。


(もっと良い体の動かし方が……もっとフィジカルのつく鍛え方を)


 諦めずに続けて。

 長い長いトンネルのような、何日も続く雨のような、そんな日々を歯を食いしばって……。

 そうすれば。

 ……そうすれば。


   □□


 エルフの王城


「そういえば、そこに飾ってあった剣ってどこにいったんだ? 随分前から見ないが」


 ウィリアムは王城入り口に飾ってあった戦女神の像を指差してそう言った。

 答えたのは妹のアンネルシア。

 背も伸びて肉付きもよくなり、順調に妖艶な美女の階段を登っているが、相変わらず意地の悪そうな表情である。


「ああ、それねえ〜。餞別ってことであの出来損ないに上げたのよ〜」


 それを聞いてウィリアムは笑う。


「ははは、それ本当かい? あれって『壊れない魔法』がかかってる代償で『ほとんど切れない剣』になってるんだろう?」


「え〜そうなの〜? 知らなかった〜」


 ワザとらしく語尾の伸びた声でそんなことを言うアンネルシア。


「大変だわ〜、あの子がいざモンスターに襲われた時に、切れない剣で戦うことになっちゃたら〜」


「ふふふ、そうだね……それは大変だ」


 兄と姉はそう言って他人の不幸を心底楽しむような笑みを浮かべたのだった。


   □□


 ーー百年後。


 僕は深く鋭く息を吐いた。


「ふーっ」


 それによりリラックスと、自分のお腹の下あたりに力が溜まるのを感じ取る。

 最初は持ち上げるのさえ大変だった剣も随分と軽く感じられるようになった。

 目の前には随分見慣れた岩。


「はっ!!」


 僕は剣を岩に向かって振り下ろした。

 そして……遂に。

 パキンと。

 岩にヒビが入り。

 そのまま、真っ二つになった。

 ドシャアと土埃が上がる。


「……」


 僕は一瞬、自分で起こしたその現象に驚いていた。

 しかし。

 やがて自分が何をしたか……ようやく何を達成したかを認識し。


「っっ〜!! よっしゃあ!!!!!!」


 思わずガッツポーズを取った。

 努力は辛い、頑張るのは苦しい……決して右肩上がりに順調に伸びるわけじゃない。

 頑張っているのになぜか後ろに進んでしまう日だってある。

 ……だけど。

 諦めずに続ければ……いつかその日はやってくる。


『努力が報われる日』


 そんな何モノにも変えられない、最高の日がやってくる。


ーー

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