第2話 アレン2

 体格で勝る大人たちに殴られ、鼻血を出したままの僕は父親である国王、ボルツ・ヴァルティスの前に連れてこられた。


「……はあ」


 豪奢な衣装に身を包んだ父は僕の姿を見てため息を一つ。

 そして冷たい目でこちらを見下ろして言う。


「……アレンよ。お前にはこの国から出て行ってもらおう」


「……!!」


 何かしらこちらに不利な判断をしてくるだろうなとは思っていた。

 だが、さすがにこれには驚いた。

「待ってください!! ウィリアムが妹に手を出していたのです!! それに普段から僕にも……」


「それくらいは把握している」


「ならなんで」


「お前が『生まれつき無能で無価値』だからだ」


 僕の言葉を遮るように父はそう言った。


「逆にウィリアムは優秀だ。非常に高い魔力の才があり、それは重鎮や他の貴族たちからも認められている。間違いなく余の跡取りとなるだろう」


 そして。


「有能な者を、無能が怪我を負わせたのだ。責任を取らせなければ誰も納得すまい」


 そう言い放ったのだった。


「……」


 僕は黙ってしまう。

 あまりに理不尽な話だ。正直なんだそれはとこの場で怒りたくなる。

 だが……それが通らないのも分かってるし、元々欠陥品が王家の血筋から出たという事実を消したかった父としてはいい機会なのだろう。

 こうなったら、通せる要求だけでも通しておこう。


「分かりました……その追放に応じ以後、ヴァルティスの名を名乗らないことを約束する代わりに、一つ僕とも約束してください」


「言ってみろ」


「今後、サファイアに対する兄と姉の嫌がらせが起きないようにしていただきたい」


 たぶん、父としても悪いことではないはずだ。

 王族として肉親の不仲など無い方がいいに決まってるし、何より追放した欠陥品の僕に王家を名乗られては迷惑だろう。


「……よかろう。三日の猶予をやるからこの国から出ていくがいい」


   □□

 

 僕は父が手配した馬車に揺られて、国から離れたところにある山の中に降り立った。


「これで依頼は完了だな」


 御者が馬を撫でて労わりながら言う。

 エルフの国を出てもう一ヶ月以上移動した。それだけ自分たちから遠ざけたいということだろう。


「しかし、坊ちゃん何者なんだ? こんな何もないところにわざわざ来るなんで」


 御者は僕のことをよく知らない犬人族である。


「……そういうのは聞かない約束で依頼受けたんだった」


 御者は悪い人間ではないのだろう。エルフとはいえ明らかに子供の僕を少し心配しているようだったが、言われてた仕事を忠実にこなさなければと思ったのか、そのまま事情を聞かずに馬車に乗り直すとその場を去っていった。


「……」


 僕はその背中を見送ると。


「結局……持ち出せたのは剣が一本と食料か……」


 母の映写魔法紙を持ち出したかったが、身元がバレる可能性があると父から止められた。

 まあだが、とにかく今は山の中を進むしかない。

 しばらく歩けば人里にでも出られるかもしれないし。

 そう思って山の中を進む。

 しばらく歩いて日も沈みかけた頃、小さな小屋を見つけた。


(どうやら……使われてないみたいだな)


 せっかくなのでここに泊まらせてもらうことにした。

 僕は荷物を下ろすと、ベッドのホコリを払ってからそこに寝転んだ。


「……はあ」


 凄く疲れた。

 静かな夜だ。虫と夜行性の鳥の声だけが聞こえる。

 そんな静寂の中、僕の頭に父親の言葉が響いてくる。


『お前が『生まれつき無能で無価値』だからだ』


 あの日から一ヶ月、ずっとその言葉が頭の中で繰り返されていた。

 エルフはあらゆる能力が他の種族より劣る代わりに、それを補って余りある圧倒的な魔法能力を有している。

 だから魔力が無いエルフというのは、寿命が長いだけの無能。

 そういう理論なのだろう。


「……無能で無価値か」


 僕は目を閉じた。

 疲労のせいか、あっという間に眠りに落ちていく。


   ■■


 懐かしい夢を見た。


「ねえ、アレン」


 母親はまだ小さな僕を、病床で抱き抱えながら言う。


「魔力なんか無くたって、他の何を生まれつき持ってなくたって……アナタは必要ない子なんかじゃないわ。だって私はアナタが生まれた時、人生で一番嬉しかったもの」


 暖かい温もり。


「生まれてきてくれてありがとう」


   ■■


 僕は目を覚ました。

「……母さん」

 母親の手の温もりを思い出すように自分の手を動かしてみる。

 外を見ると陽が昇っていた。

 晴天である。

 朝の空気が心地よい。


「父さんは……僕を『生まれつき無能で無価値』と言った」


 僕は一人呟く。


「でも、そうは思えない」


 グッ、と強く強く手を握りしめる。


「だってあの時……兄に勝ったじゃないか」


 魔法なんか使わなくても、自分の体と一つの武器で勇気を持って挑んだ。

 それであの兄を倒せたのだ。


「証明してみたい。そんなことはないって」


 僕はベッドから飛び降りると、立てかけておいた剣を手に取る。


「『人は生まれつきの不利を覆せる』と、魔力の無いエルフの僕が誰よりも強くなることで!!」


 決意した途端、全身に熱い血が流れる感じがした。

 その熱の赴くままに小屋を出る。

 そして近くにあった木の一本の前に立つ。

 剣を抜き放つ。

 そして。


「はあ!!!!」


 と、気合と渾身の力を込めて木に向けて思いっきり剣を振るった。

 その結果。


 ガシーン!!


 見事に、ほとんど剣が食い込まずに衝撃が手に返ってくる。


「痛った〜!!」


 僕は剣を話して両手をブンブンと振って、息を吹きかける。


(エルフの腕力は全種族中最弱……まあこうなるよな……)


 そんな初めから上手くいくような人間じゃないのは分かっていたことだ。


「まずは筋トレからかなあ……」


 強くなりたい。

 強くなろう。

 昨日の自分よりも強く。

 今日の自分よりも強く。


 いつかこの剣が……才能の壁を切り裂くまで!!

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