エルフの剣聖〜魔法の才能は無かったけど、寿命が長かったので1000年修行して剣を極めた〜

岸馬きらく

第1話 アレン

 アレンは、エルフの大国『エルヴァリオン』のヴァルティス王家、二人目の男児として生まれた。

 しかし、この赤子にはあるべきものが無かった。

 手足や視力や聴力ではない……むしろ魔法大国であるエルフの国としては、それよりももっと大事なものである。


「初めて見ました……この子には魔力がありません」


 アレンを取り上げた産婆がそう言うと、世継ぎになる可能性のある男児が生まれたことに祝福ムードだったその場は、まるで葬儀の場であるかのうように静まり返った。

 母親の侍女はこれからのこの母子が、受けるであろう扱いにすすり泣いていた。

 そんな生まれた時から死んだような扱いを受けたアレン。


 しかし、彼は長い時を経て、剣聖として大陸にその名を轟かせることになるのである。


   □□


 ーー十年後

 僕……アレン・ヴァルティスは王家の人間なんだけど、あんまり皆から尊敬とかはされていない。

 というかむしろ、率直に言っていじめられている。

 王宮の中庭で今日もその『いじめ』が行われる。


「おら『フレイムショット』!!」


 三歳年上の兄のウィリアムが僕に向けて魔法を放つ。

 炎の塊が僕に襲いかかる。


「ぐふっ!?」


 僕は生身でそれを腹に受けて吹っ飛ばされる。

 魔力がないのだから防御の手段もない。


「ぷぷぷ……大変ねえ魔力の無い弟は」


 そんな風に笑うのは二つ上の姉であるアンネルシア。

 見た目は弟の僕から見ても絶世の美女と呼んで差し支えないが、人が苦しんでいるのを楽しそうに見るその表情はあまり好きになれない。


「……ぐっ」


 僕はなんとか起きあがろうとする。

 しかし、あまり体に力が入らない。

 兄は僕とは真逆で魔法の素質が飛び抜けているため、この年でも結構な威力の魔法を繰り出せる。


「おいおい、なんだよアレンその目は? 魔力訓練なんだからしかたないじゃないか」


 そんなことを言ってくウィリアム。

 今ウィリアムと僕がやっているのは、エルフの伝統的な魔力訓練法であった。

『魔弾撃ち合い』と言われるこの訓練法は、交互に一発ずつ魔法を打ち打たれたほうは魔法防御をするという、実戦に近い緊張感で魔力の操作を磨く非常に有用なものである。


(……だけど、それはお互いの魔力の差がそんなになければの話)


 もしくは強い方の相手が適度に加減をするか。

 少なくとも、魔力の無い自分がやってもなんの意味もない。


「僕の方は魔力が無いんだから、攻撃しようがないじゃないか」

「知らないねえ。それはお前の都合だ能無し。攻撃してこないならまた俺の番だな」

「……くっ」


 付き合ってられないと、その場から動こうとするが。

 地面からバラのツルが出現し、僕の動きを拘束した。


「ダメよー。サボっちゃ」


 薔薇の蔓は姉の魔法である。ケラケラと笑いながらこちらに手を向けて魔法を使っていた。


「……っ、姉さん!!」


 拘束を振りほどこうにも、エルフの腕力は全種族最弱である。

 さらに、無駄に動いたせいで蔓の棘が食い込んで血が滲む。


「ほら!! もう一発!!」


 結局、兄と姉からの嫌がらせは、その後もしばらく続いた。


   □□


「ぐっ……」


 僕は体を引きずるように廊下を歩いて自室に向かってた。

 仮にも王家の人間が明らかに怪我をしているというのに、通りかかる使用人たちは誰も手当をしようとしない。

 これが僕の立場だった。

 魔力の無いエルフ。完全なる出来損ない。

 よくしたところで将来自分に得が帰ってくることなんかないし、むしろ僕のような出来損ないを毛嫌いする兄や妹に目をつけられるかもしれない。

 皆そんな風に思っている。

 だが。


「お兄様!? どうされたんですか」


 そんな中でも一人だけ、おせっかいな者がいた。

 僕よりも歳のいってないその少女は、サファイア……僕の妹だった。

 姉のような派手で気の強そうな美貌とは真逆で、こちらはひっそりと道の端に咲く花のように控えめだけど確かな美しさを持っている。

 青い宝石のような瞳は、綺麗でいつまでも眺めていたくなる。


「まあ、ちょっと転んでね……」

「転んで火傷? いや、とにかく治療ですね」


 そう言ってサファイアがこちらに手をかざすと、柔らかい魔力が体を包み傷が見る見る治っていく。

 サファイアは僕と違って回復魔法の才能がある。

 だけどその立場は、僕よりはマシだがあまりいい方とは言えない。

 サファイアは人間とのハーフだった。

 純血を重んじるエルフの王族の中では当然冷遇される。


「やめておいた方がいいよサファイア。君も目をつけられる」


 僕がそう言うが、サファイアは黙って首を横に振る

 普段は穏やかなサファイアだが、こういうときには頑固であった。


「……ありがとう」


 僕はそれが、どうしようもなく嬉しい。


   □□


「……ふう」


 サファイアに傷を治してもらった後、僕は自室のベッドに横になった。

 自室と言っても、とても王族の部屋とは思えないような庭の一角にある小屋である。


(母さんが死んでから……露骨にこういう嫌がらせが増えたよな……)


 僕は目を閉じて母さんのことを思い出す。


 母さんは非常に格の高い名家出身で、優しく穏やかな人柄で父である国王からも愛されていた。

 僕のような「出来損ない」の子供を産んで、非常に立場が悪くなってもいつも笑顔だった。


   □□


 翌朝。それは運命の日だったと思う。

 僕がいつも通り、周囲からヒソヒソと陰口を言われながら王城内を歩いていると。

 その光景が目に入ってきた。


「サファイア……汚れた混じり物の妹よ。余計なことはするなよ」


 ウィリアムとアンネルシアが昨日僕を痛めつけた場所にいた。

 そして、今回地面に倒れているのは。


「……ぐっ」


 サファイアだった。

 すでに何度か攻撃を受けているのか、着ている服はところどころ焦げていた。

 ドクン!! と僕の心臓が大きく拍動する。


「あの出来損ないに治療なんか必要ない。あんな王族の恥晒しはできるだけ惨めな姿を見せ続ければいいのだ……むしろ、苦しくなって勝手に死んでくれたら世話が無くていいな」


 ウィリアムはそう言いつつ、サファイアの髪を掴む。


「なあ、お前も一緒にアイツを追いつめろ? そうしたら俺の口添えで、混ざり物のお前の立場もよくしてやる。お前は混ざり物の癖に容姿は美しいしな」


 そう言ってサファイアの太ももや胸をさするウィリアム。

 ニヤニヤとそんな様子を眺める姉のアンネルシア。

 ……しかし。


「だめです……皆家族なんです。仲良くしなくちゃ……」


 サファイアは口調はいつものように穏やかだが、強い意志を持ってそう言った。

 ウィリアムの眉間に皺が寄る。


「ドブ女が」


 そう言ってウィリアムが空いている手に魔力を貯める。

 魔力が炎に変化。昨日僕に叩き込んだ攻撃魔法だ。


 僕は気がつけば体が動いていた。


 庭に落ちていた太い木の枝を拾って駆け出す。


「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」


 叫びながらウィリアムに向かって突っ込んでいく。


「!?」


 ウィリアムも僕に気づいたがさすがに間に合わない。

 僕はウィリアムに思いっきり肩で体当たりした。


「ぐお!?」


 直撃してのけ反るウィリアム。


「……何しやがる!! 欠陥品があああ!!」


 そう言って魔法を発動しようとする。

 しかし、そうはさせない。

 僕は手に持った木の枝で思いっきりウィリアムの腹を突いた。


「……うぐっ」


 先が丸かったので刺さることはなかったが、深々と鳩尾を突かれて白目を向くウィリアム。

 その場に崩れ落ちた。


「……はあ……はあ……はあ」


 体が熱い。

 息が乱れる。

 完全に油断してくれていたおかげでなんとかなった。


「……お兄様」


 サファイアは驚いた顔でこちらを見ている。

 その時。


「おい!! ウィリアム様が倒れているぞ!?」


(ウィリアムの従者!!)


 城の至る所にいるウィリアムの従者兼護衛たちがこちらの様子に気づいた。


「大丈夫ですか? すぐに救護を!!」


 ウィリアムはすぐに医務室に運ばれ。


「欠陥品!! お前の仕業か!!」


 ドン!!

 と大きな衝撃が僕を襲った。

 どうやら警備兵の一人に蹴り飛ばされたらしい。


「……待って!! これはウィリアムお兄様が!!」


 サファイアが説明しようとするが。


「そうよ!! 急に私たちに殴りかかってきたの!! こいつは危険よ!! 捕まえて!!」


 アンネルシアがいかにも怖い目に遭いましたという表情をしてそんなことを言ってくる。

 こうなってしまうと、立場の弱い僕や妹の意見など聞き届けられるはずもない。

 僕は大人たちに殴られ蹴り飛ばされた後、魔法で拘束されることになったのだった。

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