第4話 手合わせ

 アレンが修行する山は、ブリジッド山脈に連なる山の一つである。

 そこに一人の男が足を踏み入れた。

 年齢は四十ほど。鍛え上げられた長身の肉体。そして腰に下げた剣。

 何よりその相貌は見るものが見れば只者ではないことが一瞬で分かるだろう。

 表情自体は一人で歩いていても楽しそうな笑顔だが、逆にそれがモンスターの出現するエリアにいるというのに余裕を感じさせる。


「……ほう。こりゃ興味深いな」


 男はちょうどアレンが住んでいる小屋の前であるモノを見てそう言った。

 それは……切断された岩である。


「切られてから時間は経っているが……この切り口、一体どんな切れ味の剣で切ったんだ?」


 少なくとも自分が今持っている剣で斬ってもこうはならない。

 というのが率直な感想である。


「いや……これは使い手の技量か? なんにせよ、ここに住んでるやつがそうだというなら手合わせしたいな」


 男は身につけている制服の土を払いながら立ち上がる。

 黒を基調としたその服は、大国『ヴィストリア』の騎士団のものだった。

 大国の最大戦力である騎士団の正規メンバーは、その戦闘能力の高さから自国では尊敬の目で見られ、各国には魔物の如く恐れられる。

 当然この男もその戦闘集団の一員ということである。


   □□


 ーー修行開始から二百年が経った。


 ボアアアアアアアアアア!!

 と、叫ぶのは猪型モンスター、ドルガーボア。

 森に住む体長2mを超える凶暴なモンスターである。

 ドルガーボアの体重は200kgはあり、その突進を受ければ常人ではタダでは済まない。

 ……もちろん、僕らエルフのようなフィジカル最弱の種族がくらえば、強風の前の塵芥のごとく吹き飛ばされる。


「……ふーっ」


 僕は剣を握って小さく鋭く息を吐いた。

 そんな姿が無防備に見えたのだろうか、ドルガーボアはこちらに向けて突進を開始する。

 剣を構えていてもお構いしなし。

 ドルガーボアの頭蓋骨は分厚い。エルフの細身で振る剣など軽々受け止めると確信しているのだろう。

 まあ、それは間違っていない。

 ここに来る前の僕だったら普通に即死していただろう。

 だが。


「ふっ」


 僕は息を吐くと同時に、剣を振った。

 出しは脱力して緩やかに。

 斬る瞬間は鋭く速く。


 ズバッ!!


 とドルガーボアの体が分厚い頭蓋骨ごと真っ二つになった。

 水を入れた袋が弾けたかのように血を吹き出して二つに別れた肉の塊が崩れ落ちる。


「……さすがに、大きな岩よりは斬りやすいな」


 僕の周囲には毎日の試し切りで、切断された岩がいくつも転がっていた。

 最初に岩を切断してから百年。もう失敗することは無くなっており、岩斬りは日課から外れてしまった。

 まあ、周囲に斬れる岩や石が無くなったというのもあるのだが。

 それはそれとして。


「……ごめんよ。大事にいただかせてもらいます」


 そう言って僕はドルガーボアの死体に手を合わせる。

 エルフの国は唯一の絶対神を信仰する派閥と古くからの土着の精霊信仰があり、僕は母の影響でどちらかというと後者の方の意識を持っていた。

 父は絶対神の方だったのでこちらでも、城内の主流派と合わなかったなあなどと思う。


(これで一週間は持つかな)


 山での生活もだいぶ慣れた。

 体を鍛えて、剣を振って、野生のモンスターと戦って食糧を確保して、また剣を振る。

 その中で少しずつ自分の剣が磨かれていくのが楽しい。

 最初は命懸けだったが、大型のモンスターとの戦闘も今では軽々とこなせる。

 ……だけど。


「実際、今僕ってどれくらいの強さなんだろうなあ」



 そんなことを呟く。

 たぶんだが、それなりには強いはずである。

 大型のモンスターを倒すことができる。

 だがこの辺りだと一定以上強いモンスターは出てこないのだ。


(特に人と手合わせしたことがないからなあ……)


 そう思って、蔓を編んで作ったロープで肉を運んで小屋の前に戻ると。


「……あれ?」


 小屋の前で一人の男が立っていた。

 黒い何かしらの制服を着込んだ男だった。

 身長は……高い。そして体も筋肉で厚い。

 エルフは大体三百年ほどで体が大人として完成する。だから僕はまだ未成熟な体であるため体格の差は歴然だった。

 

「……ん」


 男もこちらに気づいたようだった。


「お前さん、この小屋の主か?」


「え? まあ、借り物だけど一応住んでるかな?」


 とはいえこの二百年でかなり修理とかしてるので、僕の手が入っているものも多いが。


「ふーん」


 男はこちらの方をジロジロと見る。

 そして、僕が腰に下げている剣を見て。


「まさか、あの岩お前が斬ったとか?」


 僕が百年前に斬った岩を指差してそう言った。


「うん」


 正直に頷く。

 すると。


「……ぷっ」


 男はなぜか笑い出した。


「はははははははははははははは!!」


 ひとしきり笑った後、息を乱しながら言う。


「なんだ、エルフが剣士の真似ごとか、ははははこりゃ珍しい」


「……そんな笑うこと?」


「そりゃそうだろ。魔法最強、フィジカル最弱のエルフだぞ? あの岩切るのは話盛りすぎだって」


(……言われてみればそうか)


 逆にフィジカル特化のオークとかが、めちゃくちゃ接近戦苦手で魔法とか得意にしてたら、笑いはしないけど物珍しいとは思うし、すぐには信じられないかも。


「ん? 待て?」


 そこで男は気づいた。


「お前魔力を感じないな? エルフなのにか?」


「まあ……そうだね」


「それに……」


 もう一度こちらをじっくりと観察してくる。


「その筋肉、立ち姿……一朝一夕で身につくもんじゃない」


 男は何やら一人で納得していた。

 そして。


「本当にあの岩を……エルフがか……?」


 信じられないような者を見る目でこちらを見てくる。

 ……嘘は言ってないぞ、ほんとに。


「まあいい」


 男はそう言うと、剣を抜いてこちらに向けてきた。


「なんにせよお前には興味が湧いた……抜け。手合わせしようぜ?」

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