紅茶
藍治 ゆき
紅茶
妻が、くっと紅茶を飲んだ。紅茶の中には、毒が入っている。
幾許もなく、紅茶の入ったカップを置いた刹那、妻は、どたりと大きな音を立てて椅子から倒れた。
ついに、人を殺してしまった。それも、愛する妻を。
漸次、背徳感が背中をつつく。僕は人殺しだ。紅茶に毒を入れたのも僕だ。ミステリー小説を逆さまから読むようなこの諧謔に、相好が崩れていく。
嗚呼、美しい刹那。永訣の日。
僕は倒れた妻の顔を覗き込んだ。眠るように、死んでいる。
僕はいつも余計なことを思い出す。
欽慕している先生が、「私は、ねむるようにして、いつでも死ねる。ねむることと、死ぬこととが、もう実際にケジメが見えなくなってしまった。」と本に書いた。
僕はその文章をふと思い出した。
僕は何もかもが嫌になってしまった。
僕もそのまま横になって、妻の死に顔を撫でた。まだ、温かい。
妻の、栗色の長い髪を口元へ持ってきて接吻した。ほんのり、甘い香りがする。
人はこんなにも簡単に死ねるというのに、なぜ一生懸命に生きるのだろう。
先生も、数年前に死んだ。
家は、しんと静まり返っている。
引用
我が人生観(二)俗悪の発見 坂口安吾
紅茶 藍治 ゆき @yuki_aiji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます