第40話 高レベル


――コッ、コッ、と部室にドラムスティック同士が打ち付けられる音が響く……そして。


「――」


音が部屋を埋め尽くした。ギター、ドラム、ベースが同時に炸裂する。重い初撃が僕を鼓膜を撃ち抜いた。


(――……な、ん……マジかよ)


先日のライブでは六組のバンドがハイレベルな演奏を繰り広げていた。その中で最も演奏力のあったのは不調ではあったものの、やはり『rush blue』の楽器隊であった。歌でこそ彼らを凌ぐ力を見せた春たちだったが、彼らはやはりプロ。総合力では地力が違う。


が、しかし――


(あの時のメイさんとは全然ちがう!!別次元に上手すぎる!!)


あの日のメイはボーカルであるソータの暴走によってモチベーションが最悪と言っていいほど落ちていた。客の手前最低限の演奏はできたものの本来の実力からはかけ離れたものだった。だが、今は違う。


ペロリと舌を出し唇を舐める北原 響。大人しい雰囲気からはかけ離れた狂暴な一面を見せる。普段押し殺している破壊的な衝動を、彼女はドラムを叩く時に解放し打ちつけ放つ。


(――北原先輩……別人レベルで雰囲気が変わった……!!っていうか、この人もかなりのプレイスキル!!)


そして、なによりも春が驚いたのは――


――……ギターが、完璧すぎる……!!!


――秋乃 深宙の『模倣』だった。


完全にコピーしてやがる!!音源と遜色なく、まるで本物のような錯覚さえ感じる……!!


勿論厳密には完全にコピーすることはできては無い。だが短い準備時間の中エフェクターもそれっぽく聴こえるように調整し限りなく本物に近い雰囲気を秋乃は再現していた。


ボーカルの入り、四人の視線が交わりあう。ほら、君の出番だよというようにメイが微笑んだ。その時、春の体は本能的に歌う態勢に入った。心、集中力、喉の力、歌うことに関して必要なモノが整う。そして、その歌声は轟いた。


北原は全身に鳥肌が立つのを感じ、恍惚とした表情を浮かべる。


(あああ、すっごい……!!直に、あの『バネ男』の歌声が……私の体にっ!!)


火照る体と奥から込み上げる何か、それが彼女の性感帯を刺激し、じんわりと汗が滲みだす。満たされていく心と体。推しの『バネ男』とやることで言いようのない快感が彼女の全身を駆け巡った。


(……あ、あ……ダメ、ぬれ……あっ、快感が、止まらないっ)


憧れていた『バネ男』の生歌。そして彼の横顔に想いが溢れだし、北原は生まれて初めて味わうような幸福感に満たされていた。


――そう、北原 響。彼女は変態であった。





「いやー、ありがと春っち秋乃ちゃん!一曲だけとはいえすっごく楽しかった!」


にかっと八重歯を見せるメイさん。そして隣で赤い顔している北原先輩……え、大丈夫?


「いえ、あたしたちも楽しかったです。ね、春くん」


「……え、ああ、うん。っていうか、北原先輩……大丈夫ですか……?」


僕が聞くと彼女はこくんと頷き上目遣いで僕を見ていた。どこか恥じらうような表情。いやなんかしたか僕?マジで大丈夫?


「いいよ春くん、あの変態は気にしないで」


さらっと先輩に暴言を吐く秋乃。え、怖い。ていうか表情どうした?そのなんの感情も映してない無の顔怖い。しかしそんなことを言われても反撃せず無言のままじっと僕をみている北原先輩。いや、あっちもあっちで怖いな。メイさんはメイさんで爆笑してるし……なんなんだこの人ら。


「それじゃ終わりだね~、また今度機会あったら遊ぼうね!さ、片付けしよっか」


そうして一通り片付けが済み帰る準備が終わって部室をでる。まだ17時半かと携帯の時計を確認していると、北原先輩が、


「あ、佐藤くん、連絡先教えてもらっていいかな」


「……あ、はい」


いつの間にか北原先輩の様子は元に戻り、こうして普通に会話ができるまでになっていた。あれはいったい何だったのか。気にはなっているが、なんとなく聞くのが怖いので触れずにいた。

秋乃は向こうでメイ先輩と話をしていて、こちらは北原先輩と二人。僕は今のうちにと、彼女の赤面理由以上に気になっていたことを聞いた。


「あの、北原先輩は」


「響ちゃんでいいよ」


「響ちゃんは……」


「うん」


「……響先輩は」


「いいなおした!」


流れで呼んだけど無理だろ。先輩をちゃん付けとか、無理無理。


「秋乃と何かあったんですか?」


「……え?あー……」


「あんまり話したくない事ですか?っていうか、話せない……?」


「ううん、ぜんぜん。まあ、簡単に言うとね、私嫌いなんだよね」


「……え」


僕はその言葉がショックだった。確かに妙に秋乃に対して攻撃的ではあったし、秋乃のほうも変態と言い捨てたり性格が合わないいわば水と油の関係だとは思っていた。でも、雰囲気は険悪じゃなかったし、本心からの嫌いとはどこか違って見えていた……だからこうもはっきりと嫌いと言葉にされてしまうと、胸が苦しくなってしまう。

僕は秋乃が好きだし、先輩も嫌いじゃない。だから、なおさら。


「あ、ご、ごめんなさい。佐藤くん、そうじゃなくって……誤解させちゃったね。そんなにしゅんとしないで」


そういって彼女はまた僕の頭を撫でる。


「私、秋乃ちゃんが嫌いなわけじゃないよ?むしろ佐藤くんと同じくらい可愛く思ってるし」


「え、じゃあ」


「でも、音楽に対して不真面目だから」


……え?


「そういうあの子の音楽に対する姿勢が嫌いなの。そこだけは嫌悪するくらいにね」


「ま、まってください、秋乃は……いつも、努力してて」


「そうだね。うん、知ってる」


何を言っているのかわからなかった。わからな過ぎてここが怒りを覚えるところなのか、どうかの判断さえつかず、感情が停滞していた。


「秋乃ちゃんとバンド組んでるんだよね?なら、私の言った意味がそのうちわかるよ」


「おーい、響ー帰るぞー!」


「あ、うん……それじゃ、またね佐藤くん」


遠くで手を振っているメイさんと駆けていく北原先輩。彼女は天使のような笑顔で悪魔的な不安を残していった。


「春くん?どうかした?」


不思議そうな顔で僕を見る秋乃。


「や……夕飯、早くスーパー行かないとなって」


彼女を不安にさせないために僕はタイムセールで誤魔化した。



――



「相変わらず凄い『模倣』能力だったね……秋乃ちゃん」


学校を出た雪代と北原。焼けた空の色を眺めながら、並び歩く雪代に北原がそう言った。


「ああ、ね。ガチの天才は凄いよねえ~。あ、また悔しくなっちゃったの?ほーんと可愛いねえ響ちゃーん」


「まあ、否定はしないけど。確かに天才は嫌いだし……でも、秋乃ちゃんみたいな天才をみていると凡人で良かったなって思うよ。あの子前と全然変わってなかったし」


「まあ、言わんとしてることはわかるねぇ。完璧にできてしまうからこそ、か」


「……まあ、あの子には負けるけど。彼は全てを持ってる」


「春っちの事かい?」


「うん。前のライブ、『cry』の歌唱力は凄まじかった。だれも太刀打ちできないと思わされるような圧倒的力、あの感情を直接揺さぶられているかのような錯覚は……」


「そうだねー。あれをみせられたら秋乃ちゃんが普通の人に思えちゃうね。まあ比べられるもんじゃないけど……『模倣コピー』に『集中コンセントレーション』の才か」


「さっきはゾーンに入ることはなかったけど……それでも凄い歌唱力だった。興奮しすぎて失神しかけてたし、私」


「いや変態すぎるな……秋乃ちゃんのいう通りだわぁ」


「へへ」


「なんで照れた?褒めてないよ?」


しかし雪代もまた、体を駆け巡る熱をどう処理していいかわからなかった。四人での最高の演奏を、あの高揚感をまた欲している……その事実から目を逸らし、まだ灯らない街灯を横切る。



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