第39話 カウント
メイさんの指差す先にはベースを演奏中の女子がいた。部室に入ってきたときその身長の高さに驚きを覚えた。多分180近い。
「あの子伸びしろあるよ~!まだ一年で始めたのウチの部活入ってからだし」
確かに上手い。これからどんどん上手くなっていく可能性も感じる。音楽が楽しくてたまらないって顔してるし。けど……現段階ではまだまだ技術不足だ。当然だけど月島さんの方が全然上手い。
ただ上手い奴を集めればいいバンドができるわけじゃない。それはわかってる……でも。
僕の表情から感じたのか、メイさんが、「春っちはあんまりかな?ふふ」と微笑んだ。
「まあ、君らのバンドのベースってなったらねえ。相応の実力者じゃないとダメか」
その時、演奏が終わった。
「雪代先輩、そろそろ帰ります。帰って配信準備しないといけないので」
高橋がギターを片付けながらそういった。おそらくYooTubeチャンネルのライブ配信、その準備だろう。
「ああ、うんオッケー。私らまだいるから適当に帰っていいよー」
高橋と同じく他の部員たちも帰宅準備を始めた。「あーテストだるい」「勉強せんとー」とか愚痴が聞こえてくるが僕は聞こえないふりをする。大丈夫、まだ焦る時間じゃない。
雑誌を読んでいたヘッドホンの女子も立ち上がり鞄へモノを詰め込み始める。
「お、帰るのかい?」
メイさんの問いに彼女は頷く。ぞろぞろと部員たちが部屋を出ていき、最後になった高橋が僕と秋乃に手を振って扉を閉めた。いいやつー。
やがて吹奏楽部の音が聴こえる程に静かになる。人の少なくなった教室って寂しいな。ついさっきまで楽器で賑やかだったからっていうのもあるんだろうけど。
「あの、起こさなくていいんですか」
机に突っ伏して寝ている女子。秋乃が目線をおくって「この人は?」とメイさんに聞く。
「ああ、うん。そいつ部長だからまだ居てもらう」
え、部長なの?やる気なさすぎじゃない?てか、待ってさっきまで楽器の音で気が付かなかったけど……めっちゃいびきしてるんだが。ガチ寝じゃねーか。
「ちなみにその子は三年の北原 響。ドラマーだよ。こないだのライブにも来ててね、二人の事すっごく褒めてたよ」
この人もライブに……まあメイさんが部員にチケット配ってたって言ってたしな。てか部長こんな感じでいいの?名前とかよりそっちのが気になる。
そんなことをぼんやり考えているとメイさんが椅子から立った。そして出口に向かって行き扉を開ける。廊下をきょろきょろ見渡し「よしよし」と頷く。……何が?
「だーれもおらんね。オーケーオーケー」
そう言って彼女は再び扉を閉める。そして、部屋の鍵をかけた。その行為を不思議そうに見ている秋乃と僕。
「お二人さん」
「「はい?」」
「ちょっと一緒に音鳴らしてみないかね」
そういってメイさんは楽器に親指をさした。
「「え?」」
☆
「いやあ、私さこの間のライブ観て君たちのことすっごく好きになっちゃって。一度でいいから一緒にやってみたいなぁって思ってたんだよねぇ」
「もしかして、春くん呼んだのって……」
「あ、うん歌ってもらいたくって。えへへ」
てへぺろと舌を出すメイさん。いや可愛い!可愛いけども!
「いや冗談、冗談!呼んだのは謝罪のためだったよ。けど、せっかく二人とも居るんだしやりたいなってさぁ。ちなみにこの教室前の通りはこの時間一通り滅多にないから歌声が誰かに聞こえる心配はほとんどないよ。まあ聞かれても鍵掛かってるし誰かはバレない……どう?」
「……うーん、あたしはいいですけど。春くんは」
「やっぱりさ、誰かを紹介するなら君たちの実力も正確に判断しないとだからさ。ね?やろーよぉー!」
メイさんが目を輝かせながら僕の手を握りしめ顔を近づける。心臓がバクバクと鳴り、のけ反る。視界の端にすごい目つきでメイさんを見ている秋乃をとらえ僕の心拍数は加速した。なにその暗殺者みたいな目!
「ふぁーあ」
と、その時。眠りこけていた部長、北原先輩が目覚める。こちらに気が付き、ぼんやりとした目で見てくる。
「……んー、なぁに?修羅場ぁ?」
小首を傾げる先輩。
「そーそー、今この子を私と秋乃ちゃんで取り合っている最中なのよ!響もまざるか!?」
いやあんた何言って――
「とう!」
瞬間、北原先輩が僕の腹部に抱き着いてきた。突然の事で受け身がとれずに床に押し倒されてしまう。
「ふふん、私の勝だね……こいつは貰っていくよ」
僕に抱き着いたままにやりと笑う北原先輩。悔しそうな顔のメイさん。冬の到来を早めそうな程冷たい瞳で僕を見ている秋乃。恐怖で体が震えだす僕。
「……ん?震えてる。どしたの、こわかった?」
そう言って頭を撫でてくる北原先輩。優しい手つきでなでなでとされ、心地よくなってしまう。雰囲気のせいか癒しオーラのようなものを感じる。
「ごめんねぇ」
顔が近い!切りそろえられた前髪、つんとした目尻。口元にあるホクロが色っぽい。机に突っ伏しててわからんかったけど、この人もまごうことなき美人さんだった。
「はいはい、これ以上は秋乃ちゃんがほんとに機嫌わるくなっちゃうから駄目ね。ほら、響どきなさい」
「え?あ、そうなの……この子、秋乃ちゃんのだったかぁ」
朗らかな笑みを浮かべ僕の上からどいてくれる北原先輩。天使かよ。彼女はその可愛らしい笑顔を秋乃へ向けながら、
「じゃあなおさら貰っておこうかなぁー?」
「……」
え、悪魔?秋乃の目が更に鋭くなり北原先輩を睨んだ。もしかしてこの二人仲悪いのか?柔らい雰囲気で優しそうなイメージとは真逆の好戦的な人なのかもしれない。
「まーまー、落ち着いて」
「え、いえ……あたしは落ち着いてますよ。別になにも気にしてない」
いや態度に出ちゃってるのよ。秋乃のツーンとした表情が可愛くもあり怖くもある。対する北原先輩は、
「そ?ふーん……っていうか、この間のライブの事なんだけどさ、言ってもいいかなぁ?秋乃ちゃん――」
「はい、ストップストップー。それ駄目ね、響。私怒るよー」
と、なにかを言いかけた北原先輩をメイさんがたしなめた。秋乃は平静を装っていたが、一瞬渋い表情になったのを僕は目の端に捉える。
「……わかった」
そういって「ふぅ」と小さく息を吐く北原先輩。メイさんは「よし」と頷き微笑みを取り戻す。……この二人、力関係的にはメイさんのが上なのか。っていうか秋乃は結構本気で北原先輩のこと嫌ってそうな反応だったな。一体何が……?
「よし、それじゃあ時間もないし、この四人で演奏しよっかね」
「……え」
思わず声が出た。四人って、北原先輩の前で歌うってことか?僕の心内を察したのか北原先輩が寄ってきてちょいちょいと肩をつつく。
「佐藤くん、ごめんなさいね。あなたは気が付いてなかったかもしれないけど、私ね、あのライブの時に『rush blue』のお手伝いでメイたちと一緒だったんだよ。だから君が『バネ男』だっていうのも知ってる」
「あ、そうなんですか……」
「うん、そうそう。あ、それとメイと秋乃ちゃんに秘密だって釘刺されてるから心配しないで」
にこりと笑う北原先輩。そのほんわかした雰囲気に僕は毒気を抜かれてしまう。そうして彼女は鞄からドラムスティックを取り出し、ひゅんひゅんと素振りをした。
「秋乃ちゃんは適当にあるギター使ってよ」
「あ、はい」
置かれているギターを指さしメイさんは自分のベースをケースから取り出す。濃紺色のボディに四つの☆マークが描かれているそれは先日のライブでも使用していた楽器だった。
「ねえ、芽衣子。曲はどうするの?」
「あー、そうね。なんかできそうなの……あ、最近ドラマでやってたやつどう?『餓え泣き子』の曲。できる?響」
「『遠くへ叫ぶ』か、ロックバラードね。私はできるよ……佐藤くんはできる?」
北原先輩が僕に聞く。
「……あ、はい、まあ……一応、できます」
最近流行ってる曲だからな。配信でやるために覚えている。ドラマも原作漫画も履修済み。だが秋乃は?
「……秋乃、大丈夫か?」
僕が聞くと秋乃はにこっと笑った。
「うん、大丈夫。でも曲知らないから覚える……メイさん少し時間ください」
「いいよん。こっちもちょっとチューニングするし~」
そう言って携帯で動画サイトを検索。ギターを抱え、イヤホンをつけ、公式のMVを聞き始めた。え、いやいや、ちょっとまて……なんか普通に流されてるけど、今覚えるって言わなかったか?
目を瞑り集中する秋乃。まるで眠っているかのような表情で動かなくなる。そして指だけが動き始めた。
(おお、おお……!?)
「……あれ、佐藤くんもしかして秋乃ちゃんのそれ初めてみた?」
北原先輩がドラムを調整しながら僕に聞いた。
「え?それって……?」
「その子、一度そうやって集中して曲を聞くと完全に覚えるんだよ。そして完璧に弾きこなすことができる……スコアも見ないでね」
「……からかってるんですか?」
きょとんとした表情になり叩いていたドラムが止まる。そしてすぐに彼女は「あはは」と笑い始めた。
「それはそーだね。うん、冗談だとおもうよね。でもできちゃうんだよ、その子」
……本気で言ってるのか?けど……でも、確かに秋乃の指は曲を、『遠くへ叫ぶ』をしっかり弾けている。
これが本当はもとから弾けるのに弾けないふりをした類の、何かのドッキリとかじゃないのであれば……天才としか言いようがない。
「秋乃ちゃんはねえ、『模倣』する能力が異常に高いんだよ」
メイさんがそう言った。
「模倣……」
「そうそう。一瞬でコピーしちゃうんだよねえ。私も最初見た時すごくびっくりしたよ」
――ふと、目を開く秋乃。
「お、終わったね。秋乃ちゃんいくよ~。いいかな?」
「……はい、行けます」
そう言って立ち上がりアンプにシールドを差す。僕はメイさんからマイクを手渡され、スイッチを入れた。あー、あー、と声を出し音量確認。歪んだギターの音色が流れ出す。ベースの音量が上がり、メイさんがドラムの北原先輩へ目配せした。
「スリーカウントでいくね」
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