第38話 誰かいませんか


「メイさん……秋乃なら渡しませんよ」


僕はメイさんの目をまっすぐ見据えた。絶対の意志が伝わるように、本気であることを示すために。しかしメイさんはポカンと抜けた顔をしていた。まるで何を言っているのか、言われたのかわからない、というような表情。


「ん?ああ、そっか!……ふふ、大丈夫だよぉ。別にもう秋乃ちゃんを引き抜こうなんてしないし。ソータからもその話は聞いているよ。ライブの終わりにはっきり言われたってさ。だから大丈夫、そんな殺気ださなくてもさ」


ぽんぽんと僕の肩を叩く。一瞬で毒気を抜かれ今度はこちらが間の抜けた顔を晒すことになった。


「え、じゃあ話って……」


「ん?ああ、そうか春っちはそういう話だと思ってたのか。大丈夫、そんなんじゃないよ。ほら、こんなとこで立ち話もなんだしさ、とりあえず部室はいってはいって」


メイさんが部室の扉をガラガラと開く。すると中にいた部員立ちがメイさんに気が付き、挨拶をする。部室内にはだいたい十人くらいの部員が居て談笑していた。一部の部員は楽器の準備をしていて、どうやら今から練習をするところみたいだ。

ギター二人、キーボードとベース、ドラムが一人ずつ。他の人は雑誌を読んでいたりお菓子を食べたりと座っていた。


「秋乃ちゃんは何度か来てるからわかってるだろうけど、春っちは初めてだよね?この通り、ここは音楽好きのたまり場みたいなとこなんだよ」


たまり場、か。なるほど。ふと高橋と視線が合った。ギターを抱えて椅子に座っていた彼。小さく僕へと手を振っていた。一瞬秋乃へかと思ったが、明らかに僕を見ていたので振り返す。


「あ、そーか。春っちはタカと同じクラスだもんね。面識あるか」


「はい!僕の、友達です」


高橋がそういうとメイさんが「そっか」と微笑んだ。なぜだろう、胸の奥がじんわりと熱くなった気がした。


(……高橋はメイさんにタカって呼ばれているのか)


「あの、雪代先輩。どうして佐藤君がここに?」


「いやあ、ちょっとね。お話したくて連れてきただけだよん。だからみんな気にせず練習してていいからね。さ、春っち秋乃ちゃんあっち座ろう」


メイさんが部屋の隅にある長机を指さした。そこには寝そべって動かない女子生徒、ヘッドホンをつけ雑誌を読んでいる男子生徒がいて、離れたところに練習の見学をしている女子生徒も。

そこでふと気が付く。あの女子が屋上で高橋へ告白していた人だということに。あの時、彼女は振られてしまったけれど、高橋の事がまだ好きなのか。熱のある瞳で彼を追っていた。


「はいはい、そこ座って。お茶とサイダー、コーラとどれがいい?」


僕らは端っこの開いていた席へ座った。そしてメイさんは背負っていたリュックからペットボトル入りの飲み物を出した。


「あ、あたしお水あるので大丈夫です」


秋乃が自分のスクールバッグから水筒を取り出した。その時、秋乃がこちらにカップをむけ首を傾げる。おそらく『春くんもお水いる?』というメッセージなのだろう。だがこの場で彼女の水筒の水をシェアする勇気はない。高橋の目もあるし。

僕は首を横へ振り、メイさんの出してくれたお茶を指さし、ノートに『こっちが良いです』と書いて見せた。


「オッケー。はい」


お茶がひんやりとしていておそらく売店か自販機で買ってきたばかりなのだろう。ありがとうとお礼代わりに頭をさげ、キャップを外し一口含む。メイさんはコーラを選び、あまったサイダーを雑誌読んでいるヘッドホンの女子生徒へ。彼女もまた「ん、ありがと」と礼を短く言いキャップをあけて飲み始めた。片目が隠れている虚ろな目の可愛い子。この人も先輩なのかな……あんまり見たことない人だ。


「けぷっ」


……あ、げっぷした。


「……炭酸、苦手」


ぼそりイヤホンの子が言った。


「でも飲むでしょ冬美」


「飲む」


飲むんかい。


その時、向こう側でアンプから流れ出るギターの音がした。次いでそれに応じるようにドラムとキーボードも音を奏ではじめる。それぞれの楽器の音だしが始まり、遠くから聞こえていた吹奏楽の管楽器の音色が上書きされるように聴こえなくなる。勿論、僕らの声も同様に近くにいる人どうしでしか聞き取れないほどの音の波にのまれた。


「これなら普通に喋れるでしょ」


メイさんの言葉に僕は頷く。


「さて、今更だけど自己紹介でもしましょうかね。私は三年の雪代 芽衣子だよ。『rush blue』の練習が無いときはだいたいこっち顔出してベースで遊んでいるか、あとはカフェでバイトしてるよ~。よろしくね♪」


「……よろしくお願いします」


僕も自己紹介した方が……いや、もう名前も知ってるし別にいいのか?そんな感じで戸惑いつつ手持ち無沙汰にお茶をまた一口飲む。


「いやあ、こないだのライブはホント凄かったねえ。あ、春っちタカもライブに誘ってたんだね」


「あ、はい、まあ」


「私もね、タカにチケット上げようかって聞いたんだけど、友達から買うって言われたからさぁ。それが春っちだったなんてね」


「あ、え……すみません」


「え、どしたどした?急に謝ってからに」


「いや、だってチケットってノルマがあって……僕がお客さんを奪ってしまったっていう話ですよね」


「いあいあ、ちゃうちゃう。私は売ろうとは思ってなかったし。部活の子たちにはいつもタダでチケット渡してるんだよね、私。生のライブって聴いたら勉強になるしさ。だから謝ることないよぉ」


「……あ、そうですか」


凄いなタダでチケットあげてるって……さすが『rush blue』のメンバー。結構お金貰ってるんだろうな。って、いやでもバイトしてるって言ってなかったか?どういうことだ?


(……っていうか)


高橋、タダでチケットをメイさんから貰えたのに、わざわざ僕からお金をだして買ってくれたのか。いい奴すぎる。……まあ、本当は秋乃から買っていいとこ見せたかったのかもしれないけど。どういう考えだったのかはわからないけど、ノルマに困っていた僕が助けられたのは事実だ。何か今度礼をしないとな。


「さてさて、ここで私から二人に」


「?」「……え?」


そう言って頭を下げるメイさん。


「ライブの時、迷惑かけてすまなかった。ソータの事を謝らせてほしい。ごめんなさい」


突然の展開に思考が停止する僕と秋乃。深々と下げられたメイさんのつむじが見えた。なぜかそれに妙な背徳感を覚えてしまったのは僕が女子に対しての免疫力が低いからなのか変態だからなのか。


「メイさんが謝ることじゃないですよ」


秋乃が慌てて口を開く。


「あれってソータさんが勝手にやってたことでしょ?だからそこまでしないでください」


「いやいや、いうてバンドメンバーだからね。あのあとも、秋乃ちゃん達にちょっかいかけちゃってたし……ほんとごめん。ちゃんと見張っておけばよかったね」


顔を上げたメイさんの表情でその言葉が嘘じゃないことが分かった。


「デビュー決まってるからって無茶はしないと高を括ってたのがいかんかったねぇ。でももう大丈夫だと思うから。あのあとウチのドラマーに本気の制裁されて反省してたからさ」


制裁?不穏なワードに眉を顰める僕。


「でもさ、あんなことしたソータを擁護するってわけじゃないんだけど、あんまり憎まないでやってほしいんだよね……あいつもバンドのことを考えて一生懸命だったっていうか、さ」


秋乃はともかく、僕はもうなんとも思っちゃいない。というより、あの一件があったからこそ僕は自分を変えられたと思ってすらいるんだ。確かにあの時は苦しくて辛くて、もう駄目だと思っていたけど、大切なものを護るための覚悟を改めることができた。


「……僕は、恨んではないです……秋乃が無事だったので」


「春くん……」


僕がそういうとメイさんは少しほっとしたような顔をした。


「ありがとう。ソータにも、もう秋乃ちゃんにかかわらないようにきつく言ってあるから。勿論私らも気をつけるし」


申し訳なさそうに苦笑いをするメイさん。すると秋乃は、


「でも、メイさんはなんであのバンドにいるんですか?ソータさんみたいな勝手する人いたらあたしすぐ辞めちゃいそうなんですけど」


鋭利な刃物で果物を撫でるようにそういった。いやすごいな度胸。


「まあね、そーだね。確かにあいつのあれで解散までいった危機は何度かあったし。ウチは良くも悪くもあいつのワンマンチームみたいなとこあるからねぇ。あいつの性格が合わなかったらそりゃあねえ」


「メイさんは耐えられるんですか?振り回されて疲れない?」


「そりゃあ疲れるし苦労もするよぉ。けど、まあ……あいつをああいう風にしたのは良くも悪くも私たちだからね」


(……ん?それってどういう)


「どういう意味ですか?」


僕が聞きたいことを聞いてくれる秋乃さん。素敵だ。


「あいつってさ、ああ見えて昔はすっごく人見知りの静かなやつだったんだよ」


(……え、それって僕みたい)


「え、それって春くんみたいな……?」


「そーそー!ほんと、こんな感じだよ!」


やめて!なんか恥ずかしい!


「あいつと初めて会ったのは中学生の時でね。当時私はベースにドはまりしてて、ネットの動画サイトに弾いてみたをアップしまくってたんだ。流行りの曲を手当たり次第にコピってすごい更新頻度で……っていうのもあたし不登校気味で時間があったっていうのもあるんだけどね。あはは」


「……メイさんが、不登校……」


驚きのあまり思わず口に出してしまった。


「うん、不登校だったの。いじめにあっててひきこもり。まあよくあるっちゃある話だよねぇ……よくあっちゃダメなんだけど。はは」



――



ほんの些細な他人との違い。好きなが誰かと違うとか、好きな曲が流行りのものじゃない、たったそれだけ。けど、そんなことがきっかけで人は人を貶め排除しようとする。

まあ、他にも理由はあったのかもしれないけど、言ってくれないからわからないし。私はエスパーじゃないから。


中学一年、入学式から築き上げた友人関係は夏ごろには他人に戻った。何をきいても口をきいてくれない。話題のドラマをみて会話に混ざろうとしても、透明人間のように反応されなかった。なんど謝って理由を聞いても反応すらしてくれなくて、先生も見て見ぬふり。


苦しかった。けど、それ以上に寂しかった。許してほしかった。辛くて辛くて、朝が起きられなくなって秋が冬へ変わるころには学校へも行けなくなっていた。


そんな時、部屋の隅に置いてあった白いベースが目に入ったんだ。お姉ちゃんがやっていて中学生になってから真似して始めたベース。無視され始めた頃から全くひかなくなったけど、それがなぜかその時目を惹いた。


「……そういえば、ずっと弾いてない」


他の事を考えたくなかったっていうのもあった。ずっとずっと起きている内は延々とベースを弾いていた。そして流行りの曲を調べてコピーして、音質は悪かったけどネットにアップして、ちょっとしたコメントやイイネでそこに居場所を見つけ嬉しくなった。流行りの曲をやっていたのはいつか、もしかしたら学校に戻れる時が来たら、これを披露すればまた仲良くしてもらえるかもしれないと思っていたから。そんな妄想を糧にもくもくとベースの腕を上げていた。


『めちゃくちゃ上手いですね。良かったら俺とバンド組んでくれませんか』


それがソータから来た初めてのコメントだった。動画の概要欄ページにPwitterとかSNSのURLをのせていたけどたぶん見てなかったんだろうね。直接コメントに書いて勧誘してきて、今思えば考える前にすぐ行動に移しちゃうところがソータらしくって笑っちゃう。


けど、その当時の私は凄く嬉しかった。学校では要らないものとされていた私の事を必要としてくれているようで、たったそれだけのコメントなのに暗かった世界がぱあって明るくなって見えたんだ。


『バンドとかできないです。すみません』


でもお断りしたんだよね。まだどこの誰かもわかってなかったし、急で怖かったのもあるから。けど、


『わかりました、ごめんなさい。でも、俺の歌聴いてから判断してもらってもいいですか』


そこから音声通話アプリでソータの歌を聴いたんだよね。初めて聴いたあいつの歌は酷かったよ。歌ってみた動画で歌の上手い人ばかりを見漁ってて、耳が肥えてたっていうのもあるけど、結構音外してたりして正直聴くに堪えなくてね。


『ごめんなさい、難しいです……』


『わかりました。……けど、今度、もう一度チャンスください』


あと一回ならまあいいか。そう思ってそれを了承した。けど、それは一回にはとどまらなかった。終わるたびにもう一回だけ、が続いて……もう何度きいたか数えるのも面倒になるほどだった。でもあれが良くも悪くもあいつの武器だったんだなって思ったよ。ピッチやリズムのずれが少しずつ修正され、だんだんと上手くなっていく歌。練習の成果か音域も広がって声量も変わっていった。そして何より、他にも上手いベースの人はいくらでもいるのにずっと私に何度も何度も来てくれたことで……『私が』必要だっていう想いが伝わってきたんだ。


あの諦めない心が、ソータの一番の武器だった。


その後、ソータは会いに来てくれてね。その時にはもうバンドに加入するっていっえたんだけど、あいつまじめでね。ちゃんと生歌を聴いたうえでバンドに入るかを正式に考えてくれってわざわざ遠くからきてくれた。


「……凄いね、ソータ。最初会った時めっちゃ下手くそだったのに」


「いやおい、言い方……」


「え、あ……ごめん。もう歌うのやめればってくらいダメダメで音外しててヤバかったのに」


「酷くなった!?」


「足りないと思って」


「なにが!?そこから更に追い詰めてくるパターン初めて聞いたわ!」


「や、だって、最初に上手くなりたいから厳しく言ってくれってソータがいってたからさ」


「あー……ああ、いやまあ言ったけれども。容赦ねえな」


この時の私はこんなやり取りができるくらいに、ソータや他のメンバーとも仲は深まっていた。繋いでくれたのはソータで、私はそうしてまた友達ができたんだ。

その時ソータはまだ15でね、バンド活動に力入れる為にって高校行ってなかったんだよ。バイトしまくりで空いた時間にボイトレ行ってカラオケ行って必死に頑張ってた。まあ、だから短期間であんだけ歌が上手くなったんだろうけど……。


ソータは自分が才能ない事わかってたんだろうね。でも、だからこそ死ぬ気で、全身全霊で音楽に打ち込んだんだ。そしてそれが実を結びメジャーデビューまで漕ぎつけた。あいつの歌って、本気で頑張って生きてきた命の熱が感じられる……そういうところがライブでのアクションや煽りにあらわれて、それが人を惹きつけるんだよ。


まあ、この間のライブは春っちを意識してグダグダになっちゃったけどね。……あいつを意識させるなんてほんと凄いよ、春っち。



「――お前はこのバンドの心臓だ。もっと堂々と、自信をもって振るまえ」


ある日、ウチのドラマーである土門 耕助がバンドの練習後にソータへ言った。


「自信……」


「そうだ。俺たちはお前だからこうしてこの地へ集った。お前というボーカルを担ぐために」


「……精一杯はやる。努力は惜しまない」


「お前、もしかして引け目を感じているのか?」


「まあ、な。皆を集めてバンドに誘っておいて……こういうのもあれだけど、こんな上手い奴らの中で俺が歌っていて大丈夫なのかって思うんだよ。この街には、俺より遥かに歌が上手いボーカルがたくさんいる……なのに俺なんかが皆の才能を使っていいのかって、最近思うんだ」


「いいんだよ」


「え?」


「だって俺たちはお前だからバンドになったんだから。お前の言う通り上手い奴は他にもたくさんいる。けど、俺たちを動かした熱は、遠くからこの街に来てまでバンドを組みたいって思える気持ちにしたのは、お前じゃなきゃできなかった。お前だから、お前の熱い想いがあったからこそ、歌になって俺たちを繋げたんだよ……他の奴にはできない。だから自信持てよ」


「……俺だから」


「そうだ。弱気で慎重なお前もいいけど、これから俺たちが目指す場所にたどり着くにはそのままじゃ難しい。強気で、ポジティブで、時には傲慢に強引に皆を引っ張っていく……そんなボーカルにお前はなれ。フォローは俺達がするから」


そうして自信を持つようになったソータはどんどん積極的に対バンやイベントに参加して、気が付けば多くのレーベルからスカウトされるまでに成長したんだ。


――でもそんな時。


とある日、街で偶然出会った当時のクラスメイト。私のことを見て見ぬふりしていたクラスの人たちとばったり出くわした。


「……おっ、悲劇のヒロインじゃん」


最初は私に言われているのかわからなかった。でもその中の男子一人が近づいてきて、真ん前に立ってこういった。


「なあなあ、お前知ってるの?俺らお前のせいでかなーりひどい目に合ったんだけどー?」


「……え、いや、でも……」


「お前が学校来なくなったのは、いじめがあったんじゃねえのかって詰められてよぉ。お前の親が学校とやりあってこっちまでとばっちりくったわ」


それを皮切りにぞろぞろと集まってくる。そしてみんなが口々に言った。


「あんなことで来なくなるとかさーホント無いわ」「あんなのさ冗談なのに」「ほんと空気読めって」「先生も言ってたぜ?こんな面倒なことおこすんじゃねえって」「いやそれな!マジでそう!」


止める人もいなくて言いたい放題。どう反論してもおそらく聞く耳は持たないだろう。そう思った私はこの時間が早く終わるのを待っていた。感情を殺して悔しさと悲しさを抑えて。

でも、いくら我慢しようとしても思い出してしまう。仲良くしていた頃の記憶、ベースが上手くなってまた仲良くなれるかもしれないと描いた未来を。


――ポタリ、涙がアスファルトに落ちた。


「はあ?なに、お前泣いてんの?」「いやいやいや!泣きてえのはこっちなんすわ」「……はーあ、これだから」


あふれ出てくる涙。流せば流すほどどんどん自分が惨めに思えてくる。だけど堪えられず、拭ってもきりがないくらい流れ出る。脚が震えてて走って逃げる事すらできず、それが止むのを待っていた。けど、


「――どした、メイ」


……ふと声がした。それはソータの声だった。けれど居るはずがない。別に待ち合わせしているわけでもなかったし、今日はバイトだって言ってた。

不思議に思い視線を上げる。するとそこには、コンビニの制服を着たソータが立っていた。


「……そ、ソータ……」


「お、やっぱりメイか」


周囲に睨みを利かせるソータ。十人くらいいた元クラスメイトを押しのけ私の元へ来る。


「メイ、大丈夫か?」


「……ご、ごめん、大丈夫。仕事中なのに、心配させて」


「お前が謝る必要ねえだろ。さっきちょっと聞こえたけど、こいつらあれだろ昔の」


「おい、コンビニ店員」


「なんだよ、クソガキ」


びくっと体を震わせる元クラスメイト。ソータの放つ威圧的な雰囲気に気おされしているみたいだった。数では圧倒的に負けている。十人対二人。もし逆上して襲われでもしたら一方的にやられて終わるだろう。けれどソータは全く引かない。


「おまえ、あのコンビニの店員だろ……関係ねえんだからさっさと戻って社畜しとけよ!」「そ、そーよ……クレームいれるわよ!」「お前、ネットに晒してやるぞ?」「顔出しで晒してやるからなぁ!社会的に死ね!」


優勢を取り戻そうとするかのように、再び言葉による攻撃を始めた。ソータもまた怒りのレベルが一つ上がったかのようにドスの効いた声で、


「はぁ?」


と一言放って再び空気を凍らせた。


「ほんと酷いもんだな最近のクソガキは。集団で寄ってたかって、人を泣かせておいてさも自分らが正義だなんてツラしやがる……晒したいなら好きに晒せばいい。だが一つ教えといてやる」


「は、はあ……?」


「こいつは、このメイってやつは俺のバンドのベーシストだ」


ぽかんとする彼彼女ら。そして私も同様に何を言っているのか、どうしてそれを言ったのかわからなくて思わず惚けてしまう。


「え、ベーシストって?バンド?」「楽器できるのかあいつ」「まじかよ」「で?関係なくない?」「でもちょっとカッコイイかも」「いやいや話そらされんなって」


ソータは周囲を気にせず大声でこういった。


「俺達、『rush blue』はこれからビッグなバンドになる!!いじめだの無視だのくだらないことに時間を使ってのうのうと生きてきたお前らクソガキがどうあがいたってたどり着けない場所に俺たちは行くんだよ!!せいぜい今からイイ感じに吠えずらをかく練習でもしておけよクソガキども!!まあ吠えられてもそんときゃ俺たちからすりゃお前らは空気みたいに見えないだろうけどなぁーーー!!!」


ソータは通行人がドンびくほどの啖呵を切った。


「……えっと、じゃあとりあえずお店にクレーム入れてアンタに吠えずらかかせるわ。クビかもね」


そう言って元クラスメイトがにたにたと笑う。しかし、


「いいぜ、別に。それで仲間を護れるならな」


「いや、守れないでしょ……このあとあんたネットに晒すし。頭の悪いバンドマンが――」


――スッとソータは胸ポケットから携帯を取り出す。


「なに?……警察に通報?意味ないよ?」


「や、さっきから録画しててさ」


ソータがそういうと彼らの顔色が曇った。


「ちゃんとお前らがいじめを自白したとこも入ってるぜ?動画だから顔もちゃんと映ってるし」


「……お前……脅してるの」


「は?俺はただ録画してるって言っただけだぜ?」


「でもまあ、このご時世だ。これがもしネット上に上がったら大変なことになる奴もいるかもしれない。いじめで学校に行けなくなった奴を相手に追い打ちをかけているクソガキの姿が映った映像なんて、ガソリンより激しく大きく燃えるんじゃねえか?……あ、これ独り言な」


それが想像できたのか彼らは一瞬にして青ざめる。


「……ご、ごめんなさい」


一人の女子が震える声で言った。


「ば、ばか!何謝ってんだよ!ハッタリかもしれねえんだぞ」「で、でも、ほんとだったらヤバいよ……!」


その女子は仲の良かったかつての友達だった。


「ごめんなさい、助けて……私、謝るから」


ぎゅっとスカートの裾を握りしめ泣き出す。その姿に心が苦しくなる。昔の仲良くて優しかった彼女を思い出してしまい、私は、


「……私、は……許――」


「いいや、許さねえ」


ソータが私の言葉を遮った。より一層怒りを、激情を昂らせ睨みつける。


「俺は俺の仲間を傷つけたお前らを一生許さねえ。例えこいつが許したとしても、だ。俺は絶対に認めねえ。人に消えない痛みを残しといて、いざ自分の番が回ってきそうになったら涙流してそれで終わりだぁ?どこまで舐め腐った奴らだよ!!だからクソガキって言われてんだよお前らは!!」


ソータが言い切るころには皆心が折れたのか謝罪の言葉を口にしていた。さっきの子のように涙をながす人、虚ろな目で俯いている人、どうしていいかわからなくなってうろうろしだす人。誰もかれもが動揺して事の重大さを認識しているように見えた。


「ほら帰れよクソガキ共」


「……え」「帰る……?」「あの、ど、動画……は」「消して、くれないんですか」


「消さねえよ。俺はお前らを許してない。これからお前らもずっと過去に怯えて生きていくんだ。いつそれが表に出るかわからない恐怖をかかえながら……メイが苦しんだように、お前らも一生苦しめ」



――



「と、まあそんな感じでね、ソータは私を救ってくれたの。根っこは優しい人なんだよあいつも」


そうか……今の話を聞いてわかった。確かにソータと僕は似ているのかもしれない。あの高圧的な態度は弱い自分を隠すためのもの。自分を強く見せて、大切なモノを護れるようにそういう自分を半ば演じていたのか。


顎に手を当て考え込んでいる秋乃。彼女にも思うところがあるのだろう。と、その時、なにかに気が付いたかのようにハッとした表情になった。


「……ちなみに、それってコンビニのバイトはどうなったの?」


え、そこ?いや確かに僕も気になってたけども。


「ああ、うん。勿論クビになったよ」


クビになってたー!


「でもさ、ホントに嬉しかったんだぁ私。バイトクビになるってわかってても、助けに来てくれたの。集団の中に割って入るのも勇気いっただろうしさ」


「……仲間だから……」


「そうだね。そういう人だからっていうのもあるんだろうね。私たちがソータについていくのは」


――夏樹の顔が過る。一緒にバンドを組みたいという気持ちは、あいつが上手いドラマーだから……それだけじゃない。僕はあいつだから一緒にやりたいんだ。

メイさんたちがソータを選んだように、夏樹の気持ちを変えて見せる。


「そういえばさ、聞いたよ。春っちと秋乃ちゃんバンドやるんだって?メンバーはどうすんの?他もこないだのメンバー?」


おそらくソータから聞いたのだろう。秋乃の事を僕のバンドのギタリストだとソータに言ったライブ終わりのやりとりを。その時、秋乃がハッとした顔をして手をあげた。


「そうそう!あのねメイさん、あたしたちベース探してるんだ!誰かやれそうな人いないですか?」


「ほっほぅ。ベースかぁ……ふぅむ。まあ弾ける友達はいるっちゃいるけど。ほら、今ベース弾いてるトラちゃんとか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る