第37話 誘い


「秋乃ちゃんがいるのは知ってたけどさー、まさか君もウチの学校だったとは驚きだよ。こないだはありがとね!ライブ!いやあ、めっちゃ盛り上がったよねー君のボーカルヤバかったし!」


その瞬間ゾワット背筋が凍る。さっきの耳元で声を囁かれた時とは全くの別物、悪寒。やっぱり僕が『バネ男』だということに気づいていた。いや、話しぶり的にだとは思ったけど、驚いた時に発した声でバレたのか?


――いや、それよりも、だ。この場所でその話はまずい!誰かに聞かれでもしたら……。


「ん?おーい、どうしたんだい?時間停止しちゃって……あ、もしかしてこれって秘密な感じだったり?」


マイクを持つジェスチャーをするメイさん。僕は全力で頷いた。


「うわー、ごめんごめん!そっかそっか、りょーかい!わかったよ!本当にごめんね」


彼女は手を合わせしょんぼりする。あれ、意外と話が通じる?ソータのバンドメンバーだからあいつみたいな感じの人だと勝手に思っていた。けど、そんなこともないのか?


「ねねね、今日さ放課後ちょっと時間あるかい?あ、名前なんていうの?」


『佐藤春です』


「おー春君ね、おkおk!じゃあ春っちかな!」


は、春っち?


「あ、これダメ?まあまあ、これくらい許してくれよう~!私のが先輩だしさ!」


いや、名前は別にいいんだけど……っていうか先輩、じゃあ三年生か。返事をノートに書こうとする。が、しかし。


「春っちはすごい可愛らしいお顔だったんだねえ。いやいやマジでファンになっちゃいそうだよ、お姉さん。あはは……あ、そうそうウチのメンバ―に君の大ファンがいてさ!サインを、ってごめんごめん!!この話は駄目なんだったね!すまねえ~」


すっげえ喋るな!?この人!ノートで返事をしようとするがテンポが速くて書けないし返せない。次から次へと話を展開していく話題に、筆談では対応できないことを理解する。

それを察知したのかメイさんが、


「あ、ごめんごめん、返事できないよね!とりあえず連絡先教えてー!後でちゃんとお話ししよーぜぃ♪」


携帯をポケットから取り出すメイさん。拒否るのもあれなのでこちらもそれに応じる。どうでもいいけどすげえ人懐っこいんだなこの人。

ロインを交換するとメイさんはにんまりと微笑み「あんがとねい」と僕の肩を叩く。


「そんじゃまた後で!」


ひらひらと手を振って廊下をぴょんぴょんスキップで駆けてく。廊下を走ったらだめだと言っていたのはどこのだれだったのだろう。思わずクスっと笑ってしまう僕。なんとなく憎めない人だな、と思いつつ教室に入り席に着く。するとそのタイミングでロインにメッセージがきた。


『ちょw春っちが廊下走ったの注意しといて走っちゃったよw』


僕の心の声が届いたのだろうか。その文面と『ごめんよ』と呟く黒猫のディフォルメスタンプが押されていた。


(……あー、なるほど)


僕はその時確信した。この人絶対モテる、と。顔も可愛いし話してて面白いしなんとなく猫っぽいし愛嬌があるし人懐っこいし胸も……あ、いやこれはいいか。

しかし……校内一位の秋乃が目立っているからかあんまり他の女子生徒は目立たない傾向にあるけど、秋葉しかり上級生にもああいったメイさんみたいな可愛い人結構いるんだよなこの学校。


再び携帯が震えメイさんからメッセージが届く。


『放課後時間あるかな?ちょっと話したい事あるんだけど』


話したい事……?彼女が僕に話したいことって何がある?あのライブで対バンしたくらいで特に関りも……。


その時ふと思い出す。彼女が『rush blue』のメンバーであり、そのボーカルであったソータ

が秋乃を手に入れたがっていたことに。


(……もしかして、それか)


そういえばライブ会場でソータともめた時、駆け付けたメイさんがソータとの会話で言っていた。『――会議で秋乃ちゃんの勧誘はコースケがやることになってたでしょ』と。

ノートを拾って持ってきてくれたのは偶然だったのかもしれないけど、相手が僕だとわかって取り入ろうとした……。


(メイさんは僕がソータに威圧されている所しかみてないし、言いくるめれそうだと思っていても不思議はない……)


だから多分、彼女がこんな風に接してくるのは秋乃の勧誘が目的……そして、それならあの態度も腑に落ちる。仲良くなって提案を断りづらい状況に持っていく作戦か。でも、そうだとしたら――


『わかりました。時間は大丈夫です』


と僕は返信した。今日も歌ってみたの配信をする予定だったが、中止を決意。面倒ごとは早めに終わらせるに越したことはない。


『やった!んじゃ春っちの教室に迎えにいくね』


やめてそれは駄目!先輩が教室まで迎えに来るとかめっちゃ目立っちゃう。


『ちょっとそれは止めてほしいです』


『お迎え嫌なの?』


『嫌ですね。恥ずかしいんで』


『はっきり言われた!!』


目玉の飛び出した黒猫スタンプが押された。


『言わないと解らないと思ったんで』


こちらも親指を立てた白猫(?)スタンプを押し返す。妹に勝手に買わされたグロ猫スタンプである。


『ちょ言い方wwwてかそのどろどろの猫もなんなんww』


ウケてる!?っていうか猫ってわかるのかすげえ!!驚愕する僕、そして『どう見ても猫じゃん!そんなのもわからんのお兄ちゃん?はぁ』となぜか見下してきた妹のあのときの表情が蘇った。


『おk、それじゃあ軽音部の部室にきてよ』


『軽音部に?』


『一応私も部員だからさ。部室で話そうよ』


軽音部だったのか。あれ、っていうかこの人メジャーデビューする(もうした?)ひとじゃなかったっけ?まさか部活もやってるのか?

そんな疑問を浮かべながらも、僕はOKと吹き出しで喋るグロ猫スタンプを押した。


夏樹のこと、バンドのこと、そして今のこの秋乃勧誘問題。色々と考えなければいけないことが重なり、っていうか軽音部に行っても大丈夫なの?軽音部だから高橋たちもいるよ?ということに、この時の僕は気付いていなかった。





たどり着いた部室。中から聞こえてくる談笑で気が付く。あれ、そういえば高橋とか軽音部に所属してたよな?と。取っ手に手をかけたままぴたり固まる僕。


「なーにしてんの?春っち」


「……あ」


見ればメイさんがいた。そしてその隣には秋乃の姿も。


「秋乃……」


目をぱちくりする秋乃。彼女は不思議そうな顔で「春っち……?」と呟いて小首を傾げた。するとメイさんが、


「あー!そうそう、彼の落とし物を私が拾って届けてね。そこで知り合ったのさ。いやあまさかウチの学校にこんな大物がいるとは思わなかったから驚いたよ~」


その言葉に僕の正体が割れていることに気が付く秋乃。


「……どうして春くんのこと知ってるんですか?」


「んー、だってライブ会場で会ったでしょう?」


「でも春くんはメイさんには名乗ってなかったですよね?もしかしてソータさんが……?」


「ああ、うん。そうそう、ライブ前に絡んでた雑用係みたいなのがボーカルだったってあいつが言ってたから」


にこっと微笑むメイさん。やっぱりそうか、と僕は確信する。この場に秋乃を連れてきている状況からわかる通り、メイさんの話っていうのは秋乃を渡せという交渉だ。僕は心を落ち着けるため息を深く吸ってはいた。そして、


「メイさん……秋乃なら渡しませんよ」


はっきりとそう告げた。




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