第35話 昔と今と
そんなこんなで思った以上にしっかり色々と考えていた夏樹にボコボコにされてしまった僕と秋乃は時貞さんの計らいで夕飯をいただくことに。メニューはおそらくカレーだろう。さっき夏樹と話してた時にスパイスのいい香りが漂っていた。
時貞さんの作るカレーは絶品で小学生時代初めて食べた時その美味さに驚いたのを覚えている。実は久しぶりに食べられることがめちゃくちゃ嬉しい。
(……今日は母さんが休みで百合と一緒に居るはずだしな。あっちの心配はしなくてもいいだろう)
そうして始まった黒瀬家での食事。ホカホカの白米にかかるとろとろのカレー。人参とジャガイモ、豚肉がごろごろしている。大き目にカットされている人参ジャガイモは一見食べにくそうに思えるが、下処理がされていて驚くほど柔らかい。スプーンをあて軽く力をいれるとほろり崩れてしまうほど。豚肉もまたしっかり下味が付けられていてこれまた味わい深い。
(美味しい……けど、やっぱり味は少し違うかな)
最後に食べた小学生時代。あれから時は過ぎ僕はもう高校生で、かなりの時間が流れた。カレーの味が変化するのは当然なのかもしれない。まあ、僕の方が変化しているからなのかもしれないが。
部屋を見渡しあの頃を思い出す。昔は酒を仰いで豪快に笑う時貞さんと隣でにこにこと微笑んでいた奥さんの清子さん。父さんに連れてきてもらって夏樹と並んでカレーを食べた。人参が苦手な夏樹の為に柔らかく食べやすくしてたんだよな、清子さん……まあ、それでも夏樹は僕のカレーに人参移してきたけど。
夏樹の皿をみると綺麗に平らげられていることに気づく。今ではもうちゃんと人参も食べられるようになった夏樹。人も成長して変化する……何もかも、あの頃のままじゃないんだよな。
ふと横の秋乃をみると、にんまりにこにことカレーを頬張っていた。
「ご機嫌だな秋乃。どうした」
「や、さっきカレーの匂いしてたからさ、夏樹ちゃん家カレーかぁいいなぁ、食べたいなぁって思ってたからさ。えへへ」
そういってもぐもぐ食べる秋乃。幸せそうな表情だ。
(ってか、僕だけじゃなくてお前も食べたいって思ってたのかよ)
「いや、秋乃……お前、割と図太いな」
夏樹はジト目で秋乃を睨む。というより引いているのかもしれない。図々しい奴だと思われているのかもな。……あぶね。
「でも食べたがってたのはあたしだけじゃないけどね」
秋乃がなにやら意味深なことを呟いた。
「あ?どういうことだ?」
「春くんも食べたいって言ってた」
「な、秋乃、お前なにいって……そんなわけ」
「え、さっき小さな声で言ってたよ?」
「マジで!?声に出てた!?」
「嘘だよ?」
「「!?」」
こ、こいつ……ハメられた!?可愛らしく小首を傾げ上目遣いで見てくる秋乃。やめろ、それ!そういうの!
「お、お前ら……俺と話ながらずっとウチのカレーを狙ってやがったのか……!!」
驚愕の表情でこちらを見る夏樹。まるで推理ドラマで犯人を突き止めたかのような反応だった。
「「……ごめん、美味しそうだったから」」
「なんだこいつら!?ぜんぜん羞恥心の欠片もないけど!!つうかいちいちシンクロすんな!!マジでなんなんだよ、こいつら!!」
「くっ、くく……はっはっは!!おもしれえなお前ら!!あっはっは」
爆笑する時貞さん。夏樹は我に返ったように自分の食器を片付け始めた。立ち上がり髪をかきあげる。ふいに香る夏樹の香水。小さな時とは変わって長くなった髪、女性らしく変化した体つき。あの頃の少年の欠片もなく綺麗になってしまった彼女に、思わず見惚れ目で追ってしまう。
「……おい、じろじろ見てんじゃねえよ」
「え!?」
「……やらしい」
秋乃のガチトーンの一言が心に刺さった。細められた軽蔑の目。見ていたことが事実なので誤魔化せないのとその羞恥心も相まって傷が深まる。
「春くん、やらしいね」
二回も言った!?その言葉を聞いた夏樹がサッと体を隠しジト目で睨む。まってやばい誤解されてる。誤魔化すとかじゃなく、これはさすがに否定しなければこれからの事に影響する。
「まてまてまて、ちがうちがう」
「おい、なに焦ってんだよ、春」
「いいんだよ、ごめんね……そうだよね、春くんも男の子だしね。酷いこと言ってごめんね」
「まて、その優しい目をやめろ。違うって言ってんだろーが」
またしても時貞さんがにやにやと笑っている。秋乃と夏樹のその物言いに誤解はされてないことが分かったが、今度は二人が僕をおもちゃにし始めていることに気が付き危機感を覚える。絶対からかってるだろこれ。
「いや違う違う。ほら、夏樹って昔ショートカットだったろ、髪。長くなったなって。伸ばしてるのか?」
「ああ……まあ、な」
夏樹はふいっとそっぽを向く。その言い方といい僕は妙な違和感を覚える。
「夏樹ちゃんって昔はそんなに男の子っぽかったの?」
「あー、まあ間違われることは結構あったかもな」
「自分のこと俺って言ってるしな。間違ってもしかたないよね」
「あー……それはそうだったか。まあそれ考えると確かにな」
夏樹はくすぐったいように身じろいだ。この話題自体が嫌なのかもしれない。そう思った矢先、
「ほれ」
携帯をこちらにみせる時貞さん。そこには小学生時代の僕と夏樹が映っていた。写っている夏樹は髪が短く、なんなら僕の方が長い。唇を尖らせた彼女の視線が僕に方へ来ているが、僕は気が付いていないのかカメラの方に向いてあほ面を晒していた。
「きゃああああああ!可愛いーーーー!!」
「「!?」」
ガタっと身を乗り出す秋乃と、びっくりして体を震わせた僕と夏樹。一瞬むっとした表情になった夏樹だったが秋乃の勢いが凄まじく、あっけに取られてしまう。
「こ、これあとで送ってよ!黒瀬さん!」
「おお、いいぜ」
「は!?おい待て親父!なに勝手な」
さすがにそれは嫌だったらしく、身を乗り出して時貞さんの携帯を奪おうと手を伸ばす。テーブルがガタガタと揺れる。
「おい、カレーひっくり返すぞ。落ち着けよ夏樹」
「なんで春はそんな冷静なんだよ逆に!」
「え、別に秋乃にわたったからと言って困るもんでもなくないか?」
「困る……まぁ、それもそうか?いや、でも……」
夏樹が何をそんなに焦っているのかわからないが、僕は別に不都合なことは思い当たらない。秋乃の手に渡ったからと言って特に困ることもないし。
「いやあ、いいものもらったぁー♪さっそく帰ったらこのツーショでアクスタ作って部屋に飾ろうっと」
「「いやいやいや、まてまてまてまて」」
シンクロする二人。ってか今なんつった?アクスタ作るって……アクリルスタンドってやつ?僕と夏樹のアクリルスタンドを作って部屋に飾るってこと?マジで意味が解らないんだが!
「いやまて秋乃、春は良いとして俺は関係ないだろ止めろよ」
――いや良くねーよ!と突っ込む前に秋乃がその問いに答えた。
「え、関係あるでしょ」
にまにまと笑う秋乃。もう既に部屋に飾っているイメージでもしているのだろうか。なにが楽しいねん!
「や、バンドは組まないってさっき言ったろーが」
「それがどうしたの?」
「……いや、どうって」
「バンド仲間じゃなくたって友達でしょ?」
「!」
「だから飾るんだ。大切な友達とその思い出をさ」
そういって「えへへ」と微笑む秋乃。夏樹は困ったような顔で俯いた。友達という言葉が効いたのか彼女はそのまま大人しくなる。そんなところも僕と似てるなと思いつつ僕は我に返った。
「いや待て、いい話みたいにしてるけど、アクスタにするとか意味わかんないんだが!せめて僕だけは止めてくれませんか、秋乃様!」
「まあまあ、落ち着きたまえよ春くん」
こいつ……!?夏樹に言ったのと同じようなセリフを!!
そんなこんなで賑やかな食事会は終わり、僕らは帰宅することに。夏樹もまたバイトに行くらしく出かける準備をするといい部屋へ戻っていった。この時間からまたバイトとか、マジで大変だなあいつ。玄関先、靴を履いていると時貞さんが僕らに聞く。
「んで、どうなんだ。夏樹の奴を口説けそうか?」
静かな声のトーン。それに対し秋乃は答えた。
「んー、かなり難しそうだね。実力がわからないバンドには入れないって言われちゃったし」
「あー、まあ、あいつの言いそうな事だな。……ま、ひとつ頼むわ。あんなに笑ってる夏樹は久しぶりに見た。だから頼む」
ポンと乗せられた手は重く、その想いが託されたことを感じた。
「任せて、時貞さん。夏樹の事は僕らに」
にやりと笑う時貞さん。その時、背後でくすくすという秋乃の笑い声が聞こえた。
「まあ、春くんの任せろは信用ないけどね。ライブでビビッて委縮しちゃってたし」
「……あ、すみません」
「はっはっは!ちげえねえ!!」
爆笑する時貞さん。さっきまでの思いつめたような顔が秋乃のおかげで消え去った。
「あーそうそう、忘れるとこだった。お前らにひとついいもんやるよ」
「いいもん?」
その時、夏樹の部屋の戸が開く音がした。
「……っと、夏樹が来るな。ま、あとで秋乃ちゃんに連絡するわ」
「!、うんわかった」
「あん?まだいたのか、お前ら」
「なにそれひどくない!?」
「や、また雨降ってくるみたいだから」
「え、マジで?早く帰んないと。それじゃ時貞さん夏樹またね!秋乃いくぞ」
「またねー」
時貞さんと夏樹がひらひらと片手を振り見送ってくれる。星の見えない曇り空。僕と秋乃は人通りの少ない道を行く。
「……うーん。こうみるとさ、『華魅鮨』って立地的にも集客に向いてないのかな」
周囲を見渡し秋乃が言った。
「まあ、そうだな。駅から遠いし、付近には他の店も民家もない。客足は自然と遠のく」
「でもなんであの場所にお店立てたんだろう。飲食店なら普通は街中とかじゃない?どうしてあそこなんだろう」
「まあ、あれは周囲に緑がある落ち着いた場所で食事を楽しめるようにって感じのコンセプトで作ったらしいからな」
「あー、なるほど。だから街路樹とか多いんだここ」
「ちなみに寿司屋を始めたのは時貞さんの親父さんなんだよ。それからずっとあの手この手で店を守り続けてたんだが……やっぱり時代の波ってのには逆らえないのかもな」
「不景気だものねえ。それに緑が多いとはいっても、どんどん開発が進んでて少なくなりつつもあるしね」
「だな。ここで『華魅鮨』の経済状況が万一改善されたとしても、終わりは見えてる」
「でも、諦めてないんでしょ?」
「!」
前に回り込み顔を覗く秋乃。微笑む彼女に僕は頷いた。
「友達は助けるもの、だしな」
秋乃は頷いて頬を緩ませた。
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