第33話 打つ雨音に見る心
夏樹の家、『華魅鮨』へと到着した。ふうむ、しかし……こないだ打ち上げで来たときは夜で暗くてあんまり見えてなかったけど、相変わらず綺麗にされてるよな。もう何十年とやってるはずなのに。石畳の道を沿うように植えられている木々は綺麗に整えられていて、店の看板と木造りの扉は一つの汚れもない。……やっぱり、二人にとって……いや、三人にとって大切な店なんだよな。
「お?おおお?」
突然の声が上がり二人がびくりと体を震わせた。その声の発生源は僕でも秋乃でもなく、ちょうどタイミングよく店の裏口から顔を出した時貞さんだった。目を丸くしている時貞さん。きっと僕らも同じ表情になっているだろう。
グレーのスウェット姿の時貞さん。にこにこと微笑みながら歩いてくる。
「おうおう、どーしたお前ら!学校帰りなのか?」
「あ、黒瀬さん、こんにちは!」
「こんちは」
制服のまま着た二人を時貞さんはまじまじと眺める。やがて一つ頷き笑う。しかしどこか憂うような眼差しに僕は首を傾げた。
「……ど、どうかしたんですか?」
「ん?ああ、いや……ちょっと懐かしくてな」
「懐かしい?」
「ああ、まあな。……それよりお前ら、夏樹に会いに来たのか?」
僕の後ろ、一歩引いたとこにいた秋乃が頷く。
「うん、ちょっと夏樹ちゃんとお話したいことがあって」
「あー、そうか。けど今バイト行っちまってるんだよな。もうそろそろ帰ってくるとは思うんだが」
そう言って時貞さんはじょりっと髭を撫で、腕を組んだ。
「そろそろ帰ってくる?」
「今日夏樹ちゃんの学校お休みなんですか?」
「ん?あー、いや……そういうわけじゃねえんだがよ」
その時、鼻先を水滴が掠めた。やがて石畳に無数の黒い斑点が付き始め、雨が降り出したのだと気が付く。
「雨か。お前ら、濡れたら風邪ひく。家に入って雨宿りでもしていきな」
時貞さんの好意に甘え僕らは家へと上がらせてもらった。玄関を入り長いフローリングの突き当りを左に曲がると戸が開いている部屋があった。そこは結構な広さで、茶の間として使われている座敷っぽく、長方形のテーブルに茶菓子や湯呑が置いてある。
「ま、適当に座ってくれ」
「あ、はい」「うん」
部屋を入った突き当りに冷蔵庫があり、その中から時貞さんはペットボトルの緑茶を取り出した。それをグラスにあけ僕らへと差し出す。ふと、ざーっという雨音の激しさに気づく。そとをみれば大量の雨粒が砂利や池を打っていた。
この庭園で夏樹と追いかけっこして走り回っていたのを微かに覚えている。あいつ足速いから僕はすぐ捕まったけど。
(……懐かしいな)
「お前ら、もしかして夏樹に話ってあれか?ドラムに誘おうって話か?」
「えっと、うん……まあそんな感じだよ。あたしたちバンド組もうと思ってて。まだ春くんと二人だけで、だから」
「そうか。確かにお前らが組んだらすげえバンドになりそうだな」
そういって嬉しそうににやりと口角を上げた。しかし、
「……まあ、でもうちのドラマーを雇うのはちょっと難易度が高いかもな」
時貞さんが目を細め外を眺めた。窓の外、どんどんと雨は勢いを増す。
「……バイトが忙しいからですか?」
「まあ、そんなとこかね。……あいつ、『華魅鮨』を支えるためにがむしゃらに稼いでやがるんだよ。秋乃ちゃんにはいったかもしれんが、もうこの店は例の流行り病から客足が遠のいた。あいつがいくら稼ごうが畳むことには変わりないのに……それを学校にも行かずに」
「学校に行ってない?夏樹がですか……なんで」
「数年前。事故でウチの嫁……清子が事故で死んじまってな。夏樹はそれが自分のせいだと思ったんだろう。あいつはきっと清子の代わりにせめてバイトで稼でこの店を少しでも支えようとしてるんだ。だから高校にもいかずにずっとバイトしてるんだよ」
僕は胸の奥が締め付けられるような感覚になる。彼女のその覚悟の重さと、おそらく認めたくはなかったであろう娘の決断を受け入れた父親の心痛を想像すると、息苦しくなる。
時貞さんは表情を歪ませ俯く。
「せめて高校くらいは出ておけって言ったんだが、あいつも俺に似て頑固でな。何度か説得を試みたが、結局は行かなかった。学校行ってる時間と学費が勿体ないとか言ってな」
「それほど、この店は経済的に……」
「まあな。でも、たぶん夏樹がバイトに明け暮れてる本当の理由はそこじゃないと思う。根っこは……本当の問題は別のとこだ」
「別の?」
☆
――滝のような雨。振られる前に帰りたかったが、仕方ない。バイトが終わりコンビニの雑誌コーナーから外を眺める。
「あっちゃー黒瀬さんタイミング悪かったね。ま、止むまで店で雨宿りでもしてきなさい」
「はい……ありがとうございます」
雨の音を聞くとあの日を思い出してしまう。俺を迎えに来て事故で死んだ、母さんのことを。
――
小学一年生。暗いライブハウスでステージを眺める。隣には俺の手を握る笑顔の母さん。
「ほら、始まるよ、夏樹!」「!」
ドン、という爆発したかのようなドラム音。スネアが大きく鈍い音で吠えた。パッとそのプレイヤーである親父に降り注ぐサーチライト。それを皮切りにギター、ベース、ボーカル、キーボードと次々音が合流し、ひとつの曲を形成した。
会場は声援で埋め尽くされ、俺と母さんも音の波に飲み込まれた。
体中に受ける圧倒的な音の振動。ライブでしか味わえない、この音を全身で味わうような体感。ばくばくとなる心臓音すらも飲み込んで、バンドは全てを曲の一部と変えてしまう。
「お父さん凄いね、夏樹!」「うん!」
下から見上げる母さんの顔は笑顔だった。いや、母さんだけじゃない。周囲を見渡せば他の人たちも皆笑顔だった。
俺はその光景が忘れられない。世界で一番の好きな場所。親父たちが作り上げたこの場所は夏の熱気よりも暑く、皆の笑顔は太陽のように眩しい。
「……お母さん」
「うん?」
「夏樹もお父さんみたいになりたい!」
「お父さんみたいに?ドラムしたいの?」
「したい!」
「ふふっ、じゃあ今度お父さんに聞いてみよっか」
「今度じゃやだ!きょう帰ったらきいて!」
「そんなにやりたいの?いいよ、聞いてみよっか」
曲が終わりギターソロにより次の曲へイントロが展開される。親父は足でスネアを鳴らしながら棒付きの飴を取り出した。包み紙を開き口に放り入れる。そしてドラムスティックを持ち直し勢いよく宙に放り投げキャッチ。そのままドラムを叩き曲がスタートした。
「か、かっけー」
「ね、かっけーね。お父さん」
高いドラムの技術。派手なパフォーマンス。どちらも兼ね備えた親父はバンドメンバーの中でも人気だった。見た目には熊のような筋肉質で大柄の男だったが、まっすぐな性格と優しさで男女ともにファンが多くいた。
かくいう母さんもそんなファンの一人だったらしい。ライブのたびに来て応援していた母さんは親父に一目ぼれされ付き合う事に。そして結婚した。
後々聞いた話だと、親父のプロポーズの言葉は『清子さんの笑顔をずっと見ていたい。俺の生きる理由になってください』だったらしい。
その返答に母さんは『私の笑顔は時貞さんがつくってくれたものなんです。だからあなたは私の生きる理由。こちらこそよろしくお願いします』だったという。
あの親父がそんなセリフを言ったなんてにわかには信じられないが、この時の母さんの笑顔を思い出せばそうなんだろうなと思わざる得なかった。親父は人を笑顔にするドラマーで、そんな親父が俺の誇りでもあった。
「夏樹もなれるかな。お父さんみたいな、ドラマーに」
「なる!ぜったいなる!」
「じゃあ頑張らないとね。それで、夏樹もお父さんみたいに――」
拍手が沸き起こる。全てのセットリストが消化され雨のように降り注ぐ手を叩く音と歓声。それから俺はドラムデビューをする。貯金していたお年玉とかを使い小さな子供用ドラムをすぐに買ってもらった。親父に一つ一つ基礎を教えてもらい、一日中座って遊んでいた。
そして形からも入ろうとして父さんの真似をしまくった。一人称が名前呼びから「俺」に変え、男っぽい格好をするようにもなった。
まあ、母さんはいつも揃えた前髪にポニーテールで、そこに小さな向日葵をあしらった簪を差すような可愛らしい趣向の人で、どんどん男っぽくなる俺を見て少し苦笑いしていたけど。
そんな風に一人遊びをしているとそんなある日、仲間ができた。親父がたまに連れて行ってくれていた音楽スタジオ。俺はそこで一人の少年と出会う。同い年、小学三年生。名前は佐藤 春。気弱で人見知り。背も俺より小さく、話しかけてもびくびくして逃げ惑う。
(……こいつは友達にはなれねえな。まあ、別にいいけど)
「夏樹、ドラム叩くか!」
「!、ああ!」
その日初めて俺にちゃんとしたドラムを叩かせてくれた。大好きでずっと練習していた曲を親父の携帯で流し、ドラムを叩く。
「おおー凄いねえ、夏樹ちゃん」
「まだ小学生なのに、上手だ」
「ほんまやなぁ。めっちゃうまいやん」
「がっはっは、だろ!夏樹は俺に似て才能があるからなぁ!!」
(……親父が褒めてくれた!やった!)
その場にいる皆は驚き口々に褒めてくれた。けど一番嬉しかったのは親父がそれで喜んで笑顔になってくれているのがすごく嬉しかった。しかし――。
「いやあ、ウチの夏樹は天才!やっぱ夏樹しか勝たんなあ!?」
ちらちらと横にいる男に視線を向ける親父。その男はさっき俺から逃げ惑っていた佐藤 春の父親。佐藤 歩だった。歩さんは親父のバンドのギターであり、互いに切磋琢磨するライバルのような存在だった。
(親父がマウントとってる……まあ、でもそりゃそうだ。俺があんなうじうじした軟弱な奴に負けるわけないしな!もっと俺を自慢しろ親父!)
「親父、まだ練習してもいい?」
「おう、いいぜ!」
あの時、俺は自分の凄さをその場にいるすべての人間に見つけたかった。だから一つ目の曲からは難易度が多少落ちるが、春の知っているであろう曲を選んだ。携帯で曲を再生しイントロのピアノが流れ出す。
「――春」
その時、歩さんが春の名を呼んだ。
「お前、この曲歌えるよな?」
「……えぇ」
「歌ったら今度カラオケ歌い放題連れてってやる」
「やります」
(やるんかい!てかなんで敬語?)
そういわれた春は小さく頷いた。それを確認すると歩さんがマイクを渡す。俺は思っていた。せっかくの練習時間、下手な歌をつけられるなんてたまったもんじゃねえと。が、しかし――
「――ただ一人の、夢をー……」
ほんの、ワンフレーズ。
たったそれだけで空気が変わり、場を支配した。ここにいる大人のボーカルと比べればまだまだ。でも惹きつけられる何かが……まばゆく光る何かが、あの少年にはあった。小さい体ながらにも大きなドラムの音に消されない声量と安定している音程が春の凄まじい練習量を想わせる。
それは周囲の反応からも明らかで、俺の時のような賛辞はなかった。ただただ言葉はでず、驚きの表情が張り付いていた。勿論俺の親父にも。
(……こんな奴が……しかも同い年で……マジかよ)
俺も春の歌声に聴き入ってしまいドラムを打つことを忘れてしまう。しかし、それほどにあいつの歌は衝撃的だった。
「――お、お前、すげえな」
親父たちの練習が再開され俺と春は見学者に戻った。そしてあまりの驚きと感動につい春に話しかけてしまった。瞬時にまた避けられるか無視されてしまうと思い、一人気まずくなった……が、しかし。
「そっちこそ、すごかった!ドラムかっけー!!っておもった!!」
春の顔を見ると、そこには向日葵のような笑顔が咲いていた。
「……っ、そ、そう?」
「僕はさ、楽器全然できないからさ。めっちゃ凄いって思ったよ!凄い練習したんでしょ」
「いや、まあ、うん……てかお前のがすげえよ。みんな驚いてたじゃん」
「えへへ、ありがとう。でもまだまだだから……」
「まだまだ?」
「うん、まだぜんぜん下手だからさ。もっと練習して上手くならないとなんだ」
「……」
マジかよと思った。あれだけ上手くて人を引き付ける歌声なのに、驕りが全くないことにびっくりした。それと同時にちょっと上手く叩けるくらいで調子に乗っていた自分が恥ずかしくなる。
「いや……俺の方が」
「ん?」
「俺の方がまだまだだし!いっぱい練習してあっという間にお前よりうまくなるし!」
「!?」
ポカーンとしている春。やがて小さく頷いてこういった。
「いやいや、僕のが練習するから無理だよ」
「な、なんだと!!」
「なにがさ!!」
「上等だ!必ずお前よりも上手くなってやる!!」
「ふふん!こっちこそ!!」
こうして俺と春はライバルになった。スタジオで会った時、お互いの家に言った時その練習の成果を見せあった。春との出会いは俺に変化を与えた。自分より頑張っている奴が、しかも同じ世代で存在している。あいつには負けたくないという気持ち。負けん気は、春がいなければ芽生えることは無く、ドラマーとしてのスキルをあれほど膨大に努力をし得ることはなかっただろう。
「ねえ夏樹」
「うん?」
「いつか、僕のバンドのドラムになってよ」
「は?なんだ急に」
「だって夏樹はドラムすごく上手いじゃん。だからさ」
「なにがだからなんだよ……理由になってなくねえか」
「あはは。じゃあ決まりで」
「いやおい、勝手に決めんな!」
「だめなの?」
「まあ、あれだよな。そのいつかになって、お前の歌でやってもいいって思えたらじゃないと……わかんないよな」
ただの照れ隠しだった。ぶっちゃけ普通にOKだった。むしろ俺の方が一緒にやりたいとまで思っていた。あの時まで、俺はそう思っていた。
「そっか。じゃあこれでドラム確保っと」
「えぇ……話きいてたか?」
「聞いてたよ。だから、僕の歌が良ければドラムしてくれるんだよね」
「いや、そうだけど」
「夏樹の方こそ覚えておいてね」
「あ?」
「僕の歌が良かったら、その時はバンドのドラマーになるって」
そうして時は過ぎ俺と春は中学生になる。そのころには互いの親の事情で春と会う機会もめっきり減った。こっちは鮨屋『華魅鮨』がテレビやSNSで紹介されたりとで忙しくなってバンドをする時間もなくなり、春の方はというと妹の百合が病気の関係でバンドどころではなくなったと母さんからの話で聞いた。
春とはそれ以降会って話すこともなかった。連絡先を聞いておけばよかったと思ったが、その時の俺は携帯も持ってなかったし、なにより中学で仲間ができたのもあって疎遠になってしまった。ただ、一度だけ……仲間に誘われ初めバンドに入らないかと誘われた時、俺は春を訪ねて家に行ったことがある。どうしてもあの『バンドのドラムになってよ』という約束が頭を過ってしまう。たとえ昔の気まぐれな約束だとしても、あれは嬉しかったしできるなら春とバンドがしたい……そう思った。
だけど、向かった先で目にしたのは妹に寄り添い歩くあいつの姿だった。辛そうな百合の表情とそれを案じる春。バンドの誘いなんてできなかった。
どこかぽっかり空いた胸の穴。それを埋めるようにドラムへとのめり込む。学校から帰っては直ぐにスタジオか仲間の家へ行き遅くまで練習やゲームをする毎日。今思えばやけになっていたのかもしれない。人生の大きな最終目標が消えてしまったかのような。そんな喪失感。……だがこの時の俺はまだ知らなかった。その自分勝手な行いのツケをさらなる喪失で支払う事になるとは。
――夕暮れから、ぽつらぽつらと落ち始めた雨。俺は気にせず友達とスタジオへ行くと言い残し家を出た。その帰り。雨はザーッという大ぶりに変わってしまい傘を持ってきていないことに気が付いた。
『今、練習終わった。けど雨すごいから帰るの遅くなる』そう母さんへメールを打った。すると『今から迎えに行く。待ってて』と返事がきた。それが間違いだった。その十数分後、聞こえた救急車のサイレン。嫌な予感に襲われた俺はスタジオを出てそこへと向かった。
「――かあ、さん……」
血に濡れた母さんの横たわる姿。病院へ運ばれたが意識を取り戻すことはなくその二日後に母さんは帰らぬ人になった。
――
「ま、そんなわけでよ。夏樹のやつはおそらく清子や俺への償いをしているんだと思う。お前のせいなんかじゃねえって言っても聞きやしねえんだよ。まああの状況だ、自分を責める気持ちはわかるが……困ったもんだ。もう三年もたつのに夏樹の奴はずっとあの場所に縛られてる」
夏樹の過去。そして今。全てを時貞さんに聞き僕はあの表情の理由を知った。
……自責の念か。不思議だな。昔から夏樹は僕と似ている奴だなって思ってた。音楽への熱意も、努力の量も。まるで兄弟のように似ているなって、そんな風に思っていた……けどまさかこんな境遇まで似てしまうなんて。
「あの、黒瀬さん」
「ん?」
「あたしたちに、こんな話しちゃってよかったの……?夏樹ちゃん嫌がるんじゃ」
「まあ、嫌だろうな」
「えぇえ……」
「けどそろそろ解放されてもいい頃だと思うんだよ。十分だろ、償いは。解放してやってほしいんだ……あいつを。例えそこに痛みを伴ったとしても」
「あたしたちが?」
「ああ。俺には無理だった。だから二人とも頼んだぜ。そういや秋乃ちゃんは俺に借りがあったよな?」
にやりと悪そうに笑う時貞さん。秋乃は笑顔をひきつらせた。
「そ、それはそうだけど……でも、難しすぎるでしょ」
「確かにちょっとやそっとじゃ無理だろうな。でもお前ら、バンドに夏樹が欲しいんだろ?」
「「!」」
「これがクリアできなきゃあいつにドラムをやらせるなんて不可能だぜ?」
時貞さんが僕を見る。その眼差しは真剣そのものだった。
「……情けないことだが、正直俺にはもうどうしていいかわからねえ。頑固な奴がここまで厄介だとはな……全く」
「ふふっ」
「どうしたの?春くん」
「いや、昔僕の父さんが言ってたセリフと被ったから」
「え?ああ、そうだったかな」
「そうだったよ。一度決めたことは譲らなかった。だからセットリスト決めるときとかすごい時間かかったんだよね。お互い譲らないから」
「あー、んなこともあったな。って、よくよく思い出したら歩の奴だって相当頑固だったぞ。それこそ俺が折れちまうくらいには」
「……確かに、そうだったね。父さんはものすごく頑固だった」
音楽の為に身を捧げてしまうような人だ。普通じゃない、異常なほどの信念。いや、執念か。
でもその血は僕の中にも確かに流れている。父親譲りの狂気的で歪な執念。それは使いようで強い力になる。
「時貞さん」
「おん?」
「だから、大丈夫だよ。僕は……そう、父さんの子だからさ」
「……!」
――……夏樹の頑固な意思と想いを、僕が折る。
その時、玄関先で戸の開く音がし、
「ただいまー」
夏樹の声が聞こえた――。
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