第31話 心中


「でもさ、なんであの状態から歌えるようになったんだ?」


夏樹が聞いてくる。確かにもっともな疑問だ。秋乃は信じていたからと答えたが、それは答えになってない。


「あれは秋乃のおかげだよ」


「秋乃の?」


「あの土壇場で強制的に曲を始めてくれたから。歌わざる得ない状況だったっていう……だから、それで結果的に上手くいった感じ……かな」


「……ふぅん、そうか」


納得いってないような感じの夏樹。そりゃそうだ。僕の昔を知っている彼女ならそう思うだろう。ああいう場面で逃げられないからやってやるみたいなこと僕は絶対にしなかったから。


「まあ、人は成長するってことか。なるほどな。けど、じゃああれだな、今日のライブのMVPは秋乃ってことか」


その言葉を聞いた秋乃は慌てて手を振り否定する。


「あたしじゃないよ!春くんが歌ってくれなかったら終わってたし。そ、それに、黒瀬さんと月島さんもだよ。突発的な演奏にも対応できた二人のアドリブ力があったから上手くいったんだし……じゃなかったら演奏は崩壊してたからね」


「「いやあ」」


月島さんと時貞さんが褒められてなんかへらへらしてる。秋乃にビビっていた面影は欠片すらなく、喜んでいた。練習の時からも思ってたけど結構ちょろくないかこの二人。


「ま、なかなか楽しかったぜ。ああいうハプニングもライブの醍醐味っちゅうやつだからなぁ、はっはっは」


「そうですね。結果的にとても楽しいライブになった。俺たちはいいバンドだったよ」


その言葉に改めて終わりを実感する。このバンドはあのライブに出るためだけのバンド。目的を果たした今、もう解散が決定しているということに。


「そういえば、このバンドってどうして結成されたんですか」


ふとわいた疑問を口にする。


「んー、そうだね。始まりはね、ウチのスタジオで練習しに来ていた秋乃ちゃんがバンドしませんかって色んなお客さんに声かけてたのがそうかな」


「あっ」


「え……あ、ごめん。もしかしてこれ秘密だった?」


「う、ううん。ダイジョウブ」


そわそわし始めた秋乃。僕はその様子に、あ、大丈夫じゃなさそう……と感じた。妙に視線が泳いでる。こういうわかりやすいところも男子が好きそうだなぁと思った。


「くくく、秋乃ちゃんが手あたり次第にいるバンドマンを口説いてたんだよな。そんで見かねた月島がベースやろうか、ってなったんだっけ?」


「そうそう、すごい熱意だったよね。それでふと黒瀬さんにドラムできるなっておもってさ。お誘いの連絡したら夏樹ちゃんが電話にでてOKされたんだよね。それで佐藤君以外のメンバーが集まったってわけさ」


「まったくよ、夏樹のやろう勝手にOKだしやがって!俺は引退した身だってーのに」


そう言って時貞さんは口をとがらせる。いや可愛いかよ。たいして言われた夏樹はというとにやにやしながら、


「けど面白かったろ?こうして春にも再会できたんだし、むしろ感謝してもらいたいとこだぜ」


と言い放って茶をすすった。


「このやろう生意気に……ありがとなあああ!!」


とーん、と握った鮨を夏樹の前に置く時貞さん。いやマジでこの親子面白いな。


「けどさ、深宙ちゃん。そういえばなんで今日のライブにそんなに出たがってたんだい?何かあったの?」


「特に何があったってわけじゃなくて、開催の日にちが近くて出られそうなのが今日のだったってだけだよ。なんだか無性にステージでギターが弾きたくなっちゃってさ」


明らかな嘘をつく秋乃に僕は居心地が悪くなる。そんな理由でわざわざ嫌っているであろうソーマ達との対バンに出ようとは思わないだろう。ステージでギターを弾きたいだけなら自分が所属しているガールズバンドでのイベントもあるだろうし。


(……たぶん、僕のことが発端だろうな……)


そんなことを知る由もない時貞さんが、秋乃の言葉に共感した。


「あー、まあわからんこともないな。俺も引退した身だが、あのステージで演奏した時の高揚感をときたま思い出してライブしてえって気持ちになることはあったなぁ」


ついさっき終えたばかりのライブ。なのにどこかはるか前の出来事を懐かしむような瞳と優しい声色に哀愁を感じる。


「……親父、まだバンド続ければいいじゃねえか」


「ばーか、店があんだろう。もうこれ以上は遊んでられねえよ。ケジメもつけないとだしな」


「……」


夏樹の表情が曇る。寂しのか悲しいのか、いずれにしろ暗い感情の片鱗が見えたその表情。時貞さんからでたケジメという言葉、それが何を指すものなのか僕にはわからない。けれど、夏樹の暗い表情から話題を変えたほうがいいいことを察知し僕は夏樹に話をふった。


「そういえば夏樹はバンド組んでるのか?さっき何かの曲練習してたろ」


「あれは、ただ癖になってるだけで、別に……俺は……バンドはしてない」


……どうやら話題のチョイスを失敗したらしい。戸惑ったように言い淀む夏樹。地雷踏んだ臭いんだが。でも、さっきエアフットペダルを指摘した時は普通だったのに。なぜだろう。

困惑しているとそれを察したように時貞さんが、「夏樹、せっかくだし春と連絡先交換しろよ」と促した。


「え」


……その反応、もしかして嫌なのか。夏樹の反応に若干傷ついていると隣の秋乃が「あ、あたしも交換したい!」と携帯を取り出した。彼女の勢いに押される夏樹。同年代の女子だからというのもあるのだろうか、秋乃とのやり取りでさっきまでの夏樹を纏う不穏な空気がかき消されもう笑いあっていた。ちなみに僕も流れで教えてもらえて少しホッとした……え、僕これ嫌われてないよね。


――そうしてこの打ち上げは終わり、僕と秋乃は月島さんの車で家へと送り届けられた。


家へ帰ると待っていた母さんと妹が迎えてくれた。どうやらライブ配信をみていたらしくテンションがものすごく高かった。僕の性格を知っている二人は歌いだすまで「ちゃんと歌えるのか?」という緊張でいっぱいだったらしい。


(……情けない姿を見せちゃったな)


だがしかし、家族にバンドでのライブを観てもらえたのは少なからず喜ばしいことではある。場所は違うかもしれないけれど、父さんと同じあのステージで、バンドで歌をうたえた。ある意味晴れ舞台ってやつだ。それを見せられて、あんな嬉しそうな顔をしてもらえてよかった。……マスクを忘れて百合に怒られもしたけど。


「……さて、と」


そうして家族が寝静まった頃、僕は地下室へと降りる。ライブでの経験をしっかり自分の力へと変える為に。

暗い海の底、扉へ到達しそれを開く感覚……あの時の歌い方ができるよう。あれさえモノに出来れば僕は……。


無意識に強く握られている携帯に僕はふと気が付く。


「その前に……起きてるかな」


僕は携帯を点灯させロインを開く。そして彼女へとコールする。二つ音が鳴った後、声量の控えめな声が聞こえた。


『あ、春くん。さっきはお疲れ』


柔らかな声で労いの言葉を述べる秋乃。


「ああ、お疲れ様。遅くに悪い」


『ううん、大丈夫。そろそろ連絡くるかなって思ってたよ』


「そうか。なら僕が聞きたいことにも……察しがついてる?」


『うん、今回のライブ。あの時の話だよね。……ごめん、あたしは……そう、狙って春くんのトラウマを抉った』


ライブであのシチュエーション。あれは明確に僕の逃げ癖を知ったうえであえてあのタイミングで曲をスタートしていた。彼女のいう通り、僕のトラウマを抉るのが目的だというのなら、僕のあのうろたえた姿に秋乃が全く動揺していなかったのにも説明が付く。


(……ライブ後に僕がこれをはっきりさせなかったのは、打ち上げが控えていたし時間もなかったから。なにより僕と秋乃の今後の関係に影響する話だ……邪魔の入らない形で聞きたかった)


「いや、謝らなくていいよ。というか……ありがとう、秋乃。……あの時の、父さんが死んでしまった時の気持ちを明確に思い出せたから、二曲目の『cry』は想いが乗った。深く重い感情が、説得力のある想いが。……だから、今までにないほど人の心を揺らす歌がうたえた」


――詞と心がリンクして、まるでそのものになったかのような感覚。初めて理解した……あれが人の心を動かす歌い方。そして……僕の最も欲した……惹きつける、カリスマ性。


秋乃のやったことは確かに悪かったのかもしれない。でも、ああでもしなければ僕がトラウマを克服し父さんを思い出すこともなかったかもしれない……だからあれでいい。得たリターンは、手にしたこの武器は十分すぎる程の成果だ。


『……歩さんが言ってたんだよ。『春は感受性は高いけどそれを表現する術に乏しい』って。あたしも思ってた。確かに春くんの歌唱力は同年代では他に類を見ない程、下手すればプロの歌手にも勝るくらい……でもまだ先がある。まだまだ上手くなれる……そう感じていたんだ。だからあたしは歩さんとの約束を……最期の願いを叶えた』


「願い?」


『その歌を物語を深く表現するには、その物語の主人公の気持ちを知り、想いを汲み取らなければならない。だから歩さんの死を使った。あの時の想いを蘇らせ、『cry』の主人公の大切な人を失った時の気持ちを春くんとリンクさせた……その感覚を教えてあげてほしいっていうのが歩さんの願いで、あたしが交わした約束』


「……自分の『死』を使う……そうか」


『ごめん、やっぱりショックだよね……約束だからって、人の死を利用するなんて……あたし、人としてどうかしてる』


どうかしている、か。確かに……けれど、


「いや、どうかしてるのは父さんだろ。教え子になんてことさせてるんだよ、まったく」


『……ごめん……』


気落ちした秋乃の声色がより一層深く暗い色に落ちた。


『……会場で言ってた、バンドを組むって話なんだけどさ。あれ、春くんが嫌だったらなかったことにしてくれていいから』


「え?」


『だって、あたし……酷いことしたし。幻滅したでしょ』


「いや、してないけど」


『うそ』


「ほんとだけど」


『……でも、あたし……お父さんのこと利用したから』


「それは別にいいよ。っていうか父さんの願いでもあったんだろ」


『……けど、あたしの意思でもあったよ』


まあ、そうだろうな。だがもうそんなことはどうでもいい。


「別にいい。それで僕は僕の望んだものが手に入った。むしろありがたく思ってるよ……っていうかさっきも同じこと言ったんだけど」


『……』


黙り込む秋乃。まあ、気持ちはわかる。誰かの死を利用するなんて常識的にも倫理的にも忌避される行為だからな。僕が秋乃の立場で、その行為を許すと言われたとしても自己嫌悪に囚われるだろう。


(……しかし、本当に……なんて事を頼んでるんだ、父さんは……)


そう考えると秋乃は今日にいたるこれまでも、かなり辛い思いをしていたんじゃないか。僕と接していた時間、彼女はずっとそれに囚われ罪の意識に苛まれていたのかもしれない。たった一人でこの呪いのような約束を抱え耐え続けてきた。表には出さず、笑顔を浮かべ続けて。


――それって結構……いや、かなりキツイことだよな。


「秋乃」


『……はい』


「僕は本当に平気だよ。思いだしたからわかる、父さんはそういう事を普通にやる人だった……音楽に対しての執着は異常で、だからこうなったのも僕としては不思議じゃなかったよ。……秋乃がそうして気に病む必要はない」


『……春くんは……全部、思い出してるの……?』


「ああ、うん。全部思い出してるよ」


『……なら、じゃあ……あたしなら、あんな約束しなかったら……止められたかもしれないのに……それは』


「それでも秋乃のせいじゃないよ。その約束も冗談みたいな感じで言ったんだろ、父さん。普通は本当に自分の命を使うだなんて思わない」


『……』


人の命は重い。あんな頭のおかしい父さんだったけど、優しかったし褒めてくれたし、父親らしいこともたくさんしてくれた。寂しさや後悔、悲しみもある……けど、それは決して秋乃が背負うべきものではない。背負うのは僕一人、死に追いやってしまった僕だけでいい。


「秋乃はどうしてそんな辛い目に合ってまで約束を守ったんだ?」


『……それは……』


「約束を反故にすることも出来たはずだろ。そんなこと忘れて普通に生活してても良かったはずだ……例え父さんの願いだとして、これを実行するにはかなりの覚悟と恐怖があったんじゃないか?」


……おそらく、秋乃にも何か理由があるはずだ。それがもう果たされているのか、これから行う事なのかはわからない。でも、こうして辛い思いをしてまで僕の記憶を掘り起こしたには訳があるはず。


「僕は、さ……お礼がしたいんだ」


『……え』


息が声帯に擦れたような声。


「秋乃は、形はどうあれ僕に大切な夢を思い出させてくれたから。確かに苦しい記憶で、辛い思いもした。けど、この夢を思い出せたのは秋乃のおかげだからさ。ありがとう」


『……夢……?』


「昔父さんと一緒に最強のバンドを作るって夢。僕が歌をうたっている本当の理由。それを思い出せた……だから、秋乃の事を憎んでも恨んでもなくって、ただただ感謝している」


最強のバンド、その定義はわからないけど。でも、命をなげうってまで僕の歌声を望んでいたのなら、僕はそれに応える必要がある。例えこの人生をかけることになったとしても。


「秋乃は?」


『……あたし…‥?』


「なにかあるんじゃないのか?」


『あたしは……』


なにかを言いかけ口をつぐむ。


「だからさ、もし僕のできることがあれば手伝わせてほしいんだ。そのお礼がしたい」


『お礼』


「……何もないなら、それはそれで……あ、そうだ。昼食でも作ろうか?」


『昼食……?』


「学校に弁当作っていってやろうか?それとも秋乃チャンネルにでも出て盛り上げる?」


『っ、ふふ……なにそれ』


僕の唐突な謎の提案に、秋乃はこらえきれず笑いをこぼす。


「なんでもいいよ。お礼させてくれ」


黙り込む秋乃。彼女の微かな呼吸音が聞こえる。そして、


『……バンドが……したい』


小さく、けれど確かに彼女は言った。


『もし、許されるのなら、春くんの作るバンドに入れてほしい』


懇願するように彼女から出た言葉。


「うん、わかった。一緒にバンドしよう」


『……ありがとう。あたし、頑張るから……』


静かなその声から強い意志、決意と覚悟が伝わってきた。それは罪悪感なのかもしれない。または後悔からくる自責の念か……それとも、彼女自信の目的にたいするものか。いずれにせよ人の心が読めない以上、その正確なところはわからない。けど、ただ一つ僕と彼女の必要とするものは一致していた。だから……バンドを組む。




――そう、僕はこの日、最強の武器を手にしたんだ。




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