第21話 暗い未来と始まるライブ



全六組のバンドが見守る中、ステージに上がった『yoseatume』

勿論、今日開催されるバンドで一番の目玉はソータ率いる『rush blue』である。スタッフ演者そのほとんどが彼らの演奏を期待し目的としていた。が、しかし一部の人間はそれと同じくらいに注目する人間がいた。


「……あれが『バネ男』か。結局あいさつできなかったな」


ステージを眺め『rush blue』のドラム担当、コースケが言った。


「控室いなかったもんね。メンバーにきいてもわからないって言ってたし。ま、よほど顔バレしたくないんだろうね……あのパーカー。暑いでしょうに」


そう言ってあっはっは、と笑うのはコースケと同じバンドメンバー、ベース担当、メイ。そしてその横でしゃがみこむキーボード担当、チヒロがにこやかに笑う。


「でも、本当に来たんだね。生歌、なんまら楽しみだぁ……ソータくんとどっちが上手いのかなぁーあ」


「あ?んなもん俺の方が上手いに決まってんだろ」


「えー、でもソータくん『バネ男』くんの生歌聴いたことないでしょう」


「ねえよ。でも俺の方が上だ。根拠もある」


「……根拠?」


メイは首を傾げた。


「まず……確かに『バネ男』は上手い。正直、配信でのクオリティはプロにも勝るとも劣らないレベルだろうよ」


「!?、えええ、ソータくんが他のボーカル褒めてる……なんかキモイね。あはっ」


「うるせえ、最後まで聞け。奴は確かに上手い……だが結局勝つのは俺だ」


「なして?」


「理由は三つ。一つ、俺は声量とその迫力で奴に勝っていること。確かに俺は表現力や音域の広さ、安定感でわずかに負けてはいる……が、あいつバンドでライブしたことないんだろ?初めてのライブ、客が入って騒がしいハコの中、更に爆音の演奏。あの圧の中、未経験の初心者がまともに歌えるとは思えねえ。一曲目で音の波に埋もれて終わる。その点、俺の歌声は埋もれない」


「……まあ、んだねぇ。スタジオで生配信するのとライブ会場で歌うのは全く環境が違うもんねぇ。二つ目は?」


「二つ目は、ここが俺たちのホームとも呼べるハコで客も『rush blue』の大半がファンだってことだな。アウェーとまではいかねえだろうけど、あいつらにとっては普通にやりにくいだろーよ。しかも次が俺らの番だし、プレッシャーのかかり方が違う」


「……三つめは?」


「三つめは簡単だ。単純にバンドの総合力。あいつらはバンド名どおり寄せ集め。『バネ男』を除けば上手い奴なんて秋乃 深宙くらいだ」


「なるほどねぇ。けどまって、最後のやつバンドの力でしょうそれは」


「いや、まあそれも含め俺の力だからな。このバンド作ったのは俺だし」


「なんかずるくない?」


「ずるくねえよ。俺は俺の歌が活かせられるようにこのバンドを作り上げた。だからそれ含め俺の実力だ」


「……おい、曲が始まるぞ」


コースケが言った瞬間、一曲目がスタート。前奏が終わり『バネ男』の歌が入った。


「なんだ、これ」


ソータの失望にも似た声色。自分が負けるはずはないと思っていたが、まさかこれほどの実力差があるとは夢にも思わなかったのだろう。

マイクのスイッチが入っているのかも疑うような声量、リズムのずれ、喉が開いていないのか聞き取りずらい活舌。


「……所詮はただの配信者か。画面の向こうで承認欲求を満たして喜んでいる、ありふれた虚像……過大評価しすぎたな」


お世辞にも上手いとは言えない歌唱力に、客席からは失笑とどよめきが起こる。その場の誰もが期待外れという思いでステージを眺めていた。

それは普段、配信での歌にも遠く及ばないクオリティ。音も頻繁に外し、狼狽えているさまに幻滅する人間も多かった。


「むぅう、『バネ男』くんって……思ってたのと違うぅ!なまら下手なんだがぁ!」


その歌声は三曲目に入るころには演奏にかき消されてしまった。


「まーまー、初めてのリハならこんなもんでしょー」


そう言って微笑んだメイを鼻で笑ったソータ。自分が一番のボーカルだと彼は意識を新たに壇上へ向かった。





「うお……おお、なんだこれ客入りすっげ」


開演一時間前、ライブステージ前はもう既に人であふれていた。このライブの主催である若山わかやま 雄一ゆういち(34)はその光景に驚く。今までに見たことのない満員のハコ。ここまで活気に満ちた自分のライブハウスを目の当たりにしたのは初めてで、まだスタートしてもいないのに熱気にあふれる会場に気分が高揚していた。

ドリンクの売り子をしているバンド仲間が慌ただしく客の応対をしている。彼らもまさかこんなに早い段階で忙しくなるとは思ってはいなかっただろう。


(やっぱりあれか……メジャーデビュー直前の『rush blue』が楽しみで集まってる感じか、客は……)


その時会場の後方でひときわ大きな声が上がった。何かと思えば今日の配信用のカメラを設置してるスタッフ達だった。


「どうかしたのか?」


「あ、ユウイチさん!見てくださいよこれ!!」


「ん?まだ配信開始してないだろ?」


「そうなんです!開始してないのに、待機人数が20000超えてるんすよ!!」


「え……?なんじゃこりゃあ!?バグったか!?」


「わかんないっすけど、でも客の入りもすげえし……きょうもしかしてなんかあるんすか?」


「普通にあれだろ『rush blue』の……しかし今日はすっげえな、マジで」


……いや、でも当然っちゃあ当然か。思い返せば『rush blue』奴らは人気バンドになるべくしてなった。


(俺はこいつら『rush blue』が結成されてからずっと見てきた)


何度もこの会場でライブを行い、その成長を目の当たりにしてきた。奴らの力は俺が一番知っている。

癖の強いメンバーが揃い、昔から衝突することも少なくなかった。ソーマの我の強さから解散の危機も幾度となく経験している。だが、それでも崩れなかったのは外ならぬソーマのボーカルとしての実力、そしてその根幹にある揺るがない『自信』だ。


あいつは自分こそ最高のボーカルだと信じて疑わない。その『自信』こそ歌に力強さと説得力を与え、その気持ちこそが人を引き付ける魅力となる。


(だからこそこうして最高の腕のあるメンバーが集まってきたんだろうからな)


ドラム、土門どもん 耕助こうすけ『コースケ』(24)男、身長181。その鍛え上げられた強靭な体躯から生み出される繊細でパワフルなドラムは、聴く人間の心を強制的に高揚させていく力がある。


キーボード、歌仙かせん 千尋ちひろ『チヒロ』(20)女、身長161。その高い演奏スキルは勿論、体を弾ませるように演奏するその姿は全身で想いを伝え、音だけは無く視覚で客を楽しませバンドに花を添える。


ベース、雪代ゆきしろ 芽衣子めいこ『メイ』(17)女、身長164。地を這うような重低音を意のまま操る天才ベーシスト。その演奏に派手さは無いが、バンド全体のクオリティ維持に大きく貢献し守っているまさに影の盾役者。


そしてこのバンド一の実力者、最強のギターボーカル、宮野みやの 蒼太そうた『ソータ』(19)男、身長173。どれだけ激しい演奏にも負けないライブ慣れした歌声、全身をつかった感情表現のパフォーマンス、そして圧倒的カリスマ性。ギターのスキルはイマイチだが、圧倒的なその歌唱力がそれをカバーしきっている。


そうだ、『rush blue』は何を隠そう、この化物を活かす為にネットを使って各地から集結した実力者集団。


(……まあ、ソーマは我が強すぎて素行の悪さが目立つのが正直心配だが、そろそろ大人しくなるだろう。なにしろメジャーデビューが決まってんだからな)


異様な盛り上がりを見せる会場内。事前に行われたリハでの仕上がり。今夜は『rush blue』にとってとんでもないライブになるだろう。勿論、観客や画面の向こうのリスナーにとっても。


ま、思う存分暴れてくれや……最強のロックバンド様。紛れもなく、今日はお前らがこのハコの王様だ。





「……落ち着いたか、春」


控室の隅、膝を抱える僕の元に時貞さんが来る。


「スミマセン、ちょっと……緊張しちゃって」


「まあな、そりゃあ緊張するぜ。ステージに立ったのも初めてだろう、お前。皆そうだぜ」


「……皆」


「むしろ悪いな」


「え?」


「初めてのライブがこんなでけえハコになっちまって。緊張して当たり前だ」


優しく微笑む時貞さん。慰めてくれることに嬉しさはある。けどそれ以上に惨めな気持ちになってしまう。僕には……歌しかなかったのに、失敗した。あれがリハだったとはいえ、あの調子なら本番も同じ結果になることは明白だろう。


(……逃げたい)


上手くやれる可能性は、無い。


またあのステージに立てば喉が委縮し、頭の中が真っ白になる。


そうなればまた音程を外して、歌詞も飛ぶ。


……簡単に考えすぎていた。歌なら上手くいくだろう。そういう漠然とした甘い考えで調子に乗って引き受けて痛い目を見る。


惨めだ。


息が苦しい。


……早く今日が終わってほしい。


「――春くん……あのさ」





――ライブ開始、十分前。


「ソータ」


「……社長」


俺、ソータの肩を叩いた彼女はたちばな 鳳翔ほうしょうといい『rush blue』の所属しているレーベルの社長である。派手な金髪に赤いドレスで着飾った彼女は電子タバコをふかしこういった。


「さっきのリハ、凄く良かったじゃん」


「ありがとうございます」


「やっぱ私の目に狂いは無かったよ。結成当時から目をかけてやってて正解だわ。しっかり暴れてきな」


「とーぜんっす。デビュー前ライブ、必ず成功させます」


「それはそうでしょ。成功して当たり前のライブなんだから。っていうかあんたがこのハコに恩があるっていって無理やり入れたライブなんだからさ、万に一つも失敗なんてできないよ?」


「……っす」


「しっかり他のバンドに格の違いを見せてやること。わかった?」


「わかりました」


冷たい視線が俺を射抜く。社長のいう通り、このライブ出演はマネージャーの制止を聞かずに俺が勝手に受けた案件だ。こうして怒るのも当然だろうし、なんならこれで済んでいるだけで幸運ってもんだろう。


まあ、それだけ俺たちが期待されているってことだろうけど。


「ところで、あんたが目をつけているって言ってた秋乃 深宙。あの子のギターすごくいいね。ウチに欲しいなぁ、あれは」


「……!」


「でもさぁ、あの子って秋乃グループの娘でしょ。自分らの会社があるのにうちのレーベルに来てくれるかしらね」


ふとコースケが調べた情報を思い出す。


秋乃 深宙。大企業秋乃グループの令嬢でありタレント。モデル四人で組むバンド『re:season』に所属しており担当は勿論ギター。

二人兄妹で兄がおり、自社で結成したバンドで世界的に活躍している。関係は不仲。

秋乃グループは主に音楽関係の事業を多く営んでおり、モデルやアイドルなども手掛ける。そのせいか、秋乃 深宙の所属するバンドはどちらかというとアイドル色が強く、辞めたがっているという情報がある。


「大丈夫っすよ。来ます、ウチに」


「へえ、自信あるのね。ソータ」


「秋乃 深宙はいま所属してるバンドグループのレベルの低さに不満を抱いています。だから俺らのバンドが凄いってことを目の当たりにすればあいつは来るはず」


「……そう、成る程ね。でもじゃあ尚更失敗できないわね」


「失敗なんてしないっすよ。その為にこのライブにねじ込んでやったんですから」


そうだ、これはその為の対バン。『rush blue』はライブで実力を最も発揮するバンド。俺たちの生の演奏を聴けば、会場の盛り上がりを目の当たりにすれば秋乃 深宙も必ず理解するはず。このバンドこそが自分の輝ける最高の居場所なんだと。

……そうだ、ただの人気取りのアイドルグループでもお遊びの寄せ集めバンドでもない。お前が一番実力の発揮できる環境を俺らが与えてやる。だから気づけ、早く。これはお前と俺にとっての最後のチャンスなんだ。


「……ところでソータくん『バネ男』ってYooTuber知ってる?」


「まあ、知ってますけど」


「チャンネル登録者もそこそこいるみたいだから気になってるんだけど、どのバンドで出てるの?さっきのリハいた?」


「一応、俺らの前にやってましたよ。黒いパーカーのボーカル」


「え、あの子?全然声出てなかったわね……ライブ慣れしてないのかな。にしても酷かったけど。あれかぁ……うーん」


「あいつがどうかしたんすか?」


「数字そこそこあるしウチのバンドで使おうかと思ってたんだけど」


「え、スカウトっすか?」


「うん。まあ、でもあれならいらないかな。育てるのも手間だしね、生歌があれだと。配信は凄く光るものあったんだけどね……まあ、よくあることだね。画面越しならいろいろとやれちゃうし」


「……まぁ、そっすね」


「それじゃ、私は後ろで見てるから。しっかりやってきな」


「はい」


――この世界は偽物ばかりだ。修正しまくった歌唱動画でもてはやされるやつ、容姿のよさだけで歌唱力も無いのに売れたやつ、SNS人気だけで売上をだす下手な歌い手。

ネット上ではああいうバネ男のような過大評価をされた勘違いが溢れている。そしてそれに騙され盲目的に崇めている奴らも……だから目を覚まさせてやる。


秋乃 深宙。本物をみせてやる。バネ男のような偽物ではない本物の歌を。



――ライブ、スタート。

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