第20話 ライブ前の暗雲
――ライブ当日、開演約一時間前――
「……結構、広いな……会場」
一人歩き回るライブ会場。会場設営のスタッフの方々に不審な目でたびたび見られるが、会釈しやりすごす。不審者としてつまみ出されないのは首から下げた関係者である『yoseatume』のバンド名入りネームをぶら下げているからだろう。
ぶらぶらとお散歩しながらステージでリハを行っているバンドを眺めつつ、行ったり来たりを繰り返す。ちなみに秋乃や他のバンドメンバーは控室で待機中だ。各々イメトレしたり曲を聴いたりしてライブの為の集中を高めている。本当なら僕もそうしたい。ぎりぎりまで曲を聴いてイメージしていたい……けど、無理だった。
今日出演するバンドメンバーの全員が一堂に会すあの控室。そんなとこに居れば例えお手伝いとしてい会わせている僕でも挨拶くらいはしなくてはいけなくなるだろう。コミュ障の僕にそんなことできると思うか?絶対無理。なので自分らのリハの順番が来るまでこうしてお散歩してるってわけだ。
(……このバンドの次が僕らだったな。そろそろ戻るか)
控室への通路へ入った時、一人のバンドマンが壁に背を預け立っているのが見えた。青髪に白いメッシュが入ったツンツンの髪型の男。背も高くてガタイも良い。そんで衣装もすっげえ派手……てか、この人あれじゃん『rush blue』のギターボーカル。確か名前はソータだったか。てか、機嫌悪いんか?眉間にしわ寄せてるし。
(……怖え……目逸らしとこ……)
顔を伏せ前を通り過ぎようと歩みを早めた。しかしその時。
「おい、お前!待て、とまれ!」
「……!?」
肩を掴まれ引っ張られた。ソータの力が強かったのかそれとも僕がひ弱過ぎたのかはわからないが、突然の事に僕は体制を崩し床に手をついてしまう。
「ぷっ、お前なにこけてんだよ。ちょっと引っ張っただけで……くく、はっは」
めっちゃ笑われてる……恥ずかしくて顔上げられないんだが。
まるで土下座してるような構図。こんなとこ誰にも見られたくはない。けど……。
「いつまで這いつくばってんだよ。さっさと立てって。俺のイメージ悪くなんだろーが」
「……っ……」
「いやいや、んなビビんなって。ちょっと聞きてえことがあるだけだから。つうかお使い?」
「……?」
「そのネームプレート、あれだろお前『yoseatume』ってバンドのスタッフかなんかだろ?こんなとこふらふらしてんだからメンバーじゃねえだろうし」
早くこの場を去りたい。ここは素直に従っておく。ライブ前にもめごとなんて起こせない。皆に迷惑が掛かる……。こくこくと僕は頷いた。
「だよなぁ!じゃあよ、秋乃 深宙がどこいったか知ってるよな?どこ行ったんだよあいつ。控室にずっといねえんだけど、どこ行ってんだ?」
こいつ、秋乃の……知り合いだったのか。てか秋乃が控室にいない?そうなのか?僕はてっきり月島さんや時貞さんと一緒に控室で待機してるものだと……どこにいったんだ?
とりあえずソータの僕に対する要件を済ませ解放してもらおう。知らないという意味で首を横に振った。
「はあ?てめえのことの奴だろ、それくらい把握しとけ。つうか連絡しろよ、使えねえ奴だな……」
ソータは舌打ちをして僕の手首を掴み睨む。怒気を帯びた人の目はどうしてこんなに恐怖を覚えるんだろう。鋭いその視線に体が震え、心が恐怖に支配される。
「何してるんですか!ソータさん!」
「あ?」
聞きなれた声。彼女は僕とソータの間に割って入り、彼を睨んだ。
「お、いんじゃん。秋乃 深宙。どこほっつき歩いてたんだよお前」
「……春くん、大丈夫?」
「おいおい、俺を無視して根暗くんの心配かよ。なんもしてねえって。大袈裟だなぁ。つうか俺はお前に話があるんだよ。だからその根暗くんに連絡とってもらおうとだな……」
「……話って、なんですか」
「前に言ってた件だよ。その為にこのライブの枠もわざわざひとつあけてやったんだから」
「その件ならちゃんとお断りしたはずですけど」
「俺は親切心で言ってんだぜ?そんなバンドでギター弾いてても万に一つも芽なんかでねえ。だったら俺らのバンド入ってギターした方が良いってよ。お前のギターは一級品……だがそのまま適当なことしてたらいずれ腐るぜ」
……つまり、こいつは秋乃を引き抜きたいのか?いや、まあ確かにこいつらの『rush blue』に入れば秋乃はたちまち脚光を浴びれるようにもなるだろう。
実際、ギターやベース、楽器だけでYooTubeやSNSで人気を得るのは僕ら歌い手よりも難しい。現実的な話をすれば一人でやっているよりもこうした人気のバンドに加入したほうが将来性があるのは事実……バンドが好きなら尚更。
「それにお前、自分のバンド無いだろ?なら別にいいじゃねえかよ。『yoseatume』も寄せ集めだろ。今日限りって話じゃねえか。終わったらウチに来いよ。『rush blue』はもうすぐメジャーになるバンドだぜ?お前の容姿と腕なら大丈……」
「ごめんなさい。あたしは『rush blue』には入りません。……あたしにはあたしの、自分の考えがあるので」
「考え?」
「……はい。あの、そろそろリハなんで。そこ通してもらえますか」
「ちっ、てめえ」
……なんなんだ、こいつ。今日初めて会ったけど、rush blueのボーカルってこんなヤバい奴だったのか。めっちゃ秋乃のこと睨んでるんだけど……。
「あ!ちょっと!ソータそんなとこでなにしてんのさ!」
「……メイ」
向かいの方から一人の女性が歩いてきた。三つ編みを両サイドで丸く纏めた髪型。とろんとした眠そうなたれ目。ソータと似たような趣向の衣装を着用する彼女も、たしかrush blueのベーシストだ。
「んお、秋乃ちゃんじゃん。あ、もしかしてまたこいつに絡まれた?ったく、ホントにあんたは」
「ああ?お前も秋乃 深宙をメンバーにしたいって言ってたじゃねえかよ!だからこうして俺が交渉してやってんだろーが!」
……交渉?あれが?高圧的な物言いと態度。あんなの、ただの脅しだったじゃないか。
掴まれた手首の痛みを思い出し体が強張る。……くそ、脳裏からあの光景が消えない。
「交渉ってあんたね、時と場合考えなさいよ。もうライブが始まるってのに、いい迷惑でしょう。っていうか、こないだの会議で秋乃ちゃんの勧誘はコースケがやることになってたでしょ。勝手なことしないでよ」
「んなのうのうとやってられっかよ。俺らは今大事な時期だぞ。ちんたらやってて秋乃 深宙がどっかのバンドに行っちまったらどーすんだよ」
「でも無理に勧誘したって絶対にOKなんてしてくれないでしょーが。そこの二人の様子見たらわかるよ。あんあたがどういう風に交渉したか……ホントにごめんね、二人とも。こいつにはちゃんとお灸据えとくから」
「ああ!?てめえ、何言って」
ぺこりと頭を下げるメイ。しかし彼女とは対照的に敵意をむき出しにしているソータ。
「ソータ何してる。早く来い」
不意に僕らの後ろから声がした。振り向くと長身の男性と小柄な女性が立っていた。二人ともその衣装を見る限りソータとメイと同じバンドの人間だとすぐにわかった。
「あー、ほらソータがもたもたしてるから来ちゃったじゃ~ん」
「……」
睨みあうソータと長身の男。彼の名はコースケ。スキンヘッドが特徴の男で、さっきメイが名前を出していた奴だ。担当楽器はドラム。パワフルで安定感のあるテクニックがあることで有名。rush blueの大黒柱。ソータもコースケに一目置いているのか急に大人しくなったな……。
コースケはやがてソータから視線をはずすとこちらへ顔を向けた。
「秋乃、悪かったな。お互い時間の無い中だ、謝罪は改めて後で」
「いえ、結構です。……いこ、春くん」
秋乃が僕の手をひき歩き出した。恐怖心がまだ残っていて足取りがおぼつかない。それに気が付いているのだろう、僕は秋乃に引きずられるような形で歩く……まるで犬のようだな。
すれ違いざま、ソータの視線を感じる。
「――ふっ、なっさけねえなぁ」
彼は小さな声で確かにそういった。
☆
「お、戻ってきたな」
控室の前の廊下。そこにステージへ移動しようとしていた時貞さんと月島さんがいた。
「ごめん、遅くなっちゃって……」
「無事、佐藤君も連れてこられたんだね」
「あ、えっと、まあ……はい」
「ん?春、お前ちょっと顔色悪くねえか?どうした、会場の熱気にやられたか」
「いや、大丈夫……少し歩き疲れて」
……ものすごく、息苦しい。さっきのこともそうだけど、こうして心配させていることも。
「月島さんと黒瀬さん、先に行ってて。あたしと春くん着替えていくから」
「……おう、わかった。はやくしろよ」「じゃ、またあとでね」
「うん」
控室へ入り秋乃と二人きりになった。あれほどたくさんの演者であふれていたこの部屋に人がいなくなっているのは、おそらく今回一番の目玉のバンドである『rush blue』のリハを観に行っているんだろう。
「……秋乃、悪い」
「なにが?」
「気を遣わせて」
僕とここに残ったのは、一人にすればまたさっきのように絡まれるかもしれないと心配したから。その証拠に秋乃はもうすでにリハの準備を終えていて着替える必要もなく、ただ鞄を探るふりをしている。
「なにも気なんか遣ってないよ。っていうかごめん、あたしのことで嫌な思いさせたよね」
「……誘われてるって本当なのか」
「本当だよ。でもお断りしたんだけどね、すっごくしつこくてさ。正直困ってるんだ」
「けど、あのバンドは大きくなるだろ……勿体なくないか」
「勿体ない?」
「……メジャーデビュー、するんだろ。あのバンドに入ればギタリストとして成功できる可能性は高くなるだろ」
知名度はこの世界において一つの強力な武器となる。メジャーデビューともなれば多くの人に認知されるようになるだろう。やつらは実力派バンドだ。デビューすればあっという間に大人気バンドになる。
「まあ、かもね。でもあたしは勿体ないとは思わないかな」
「どうして?」
「まず性格的にボーカルと合わない。あたし好きでもない人とバンドしたくないし。たぶん我慢してもそのうち楽しくなくなっちゃうから」
「でも夢は叶うんじゃないか」
きょとんとする秋乃。
「あたし、春くんに夢言ったっけ」
「あれだけバンドすることに固執してるんだ。だいたい予想はつく。バンドで成功してプロになりたいんだろ。……だったら、嫌なメンバーがいても多少の我慢はしないと、難しいだろ」
「……はあー」
あきれ返ったかのような表情。すごいデカいため息を吐かれた。
「そんなんじゃないよ、あたしの夢」
「え、違うのか……」
「ぜーんぜん違いますけど。っていうかなに、もしかして春くんはあのバンドに入ってほしいの?」
「……いや、別に」
「合わない人と組むくらいならあたしは音楽やめるよ。ギター嫌いになりたくないし」
秋乃は困ったような表情で僕に言った。
「さ、もう時間ないよ。あたし達の次リハするの『rush blue』なんだから。嫌味言われたくないし。準備済ませて」
「……悪い」
バンドでそろえた黒いTシャツをリュックから取り出し着替える。下はそのままでいいから、あとはいつも配信で被っているマスクをつけるだけだ。と、そこで気が付く。
「……あ」
「?、どうしたの」
「……マスク、持ってくるの忘れた」
「え!?」
☆
リハ直前。観客席で僕らの前のバンドがリハを終えるのを待っていた。
「春、大丈夫か?仕方ねえとはいえ、そのパーカーは暑いだろ」
「大丈夫」
リュックのどこかに入ってないかと隅々まで探してはみたものの、結局マスクは見つからなかった。なので苦肉の策ではあるが、ライブ後に着替えるのに持ってきていた黒いパーカーを代用。フードを被って顔を隠していた。
「佐藤君、倒れないように水飲んで」
「月島さん……ありがとうございます」
周囲からの視線が痛い。ひそひそと嘲笑うような声が聞こえてくる。そりゃくそ暑いのにこんな着こんでたら変な奴に見えるだろう。フードで顔を覆っているのも怪しさに拍車をかけている。……いや、けどあのマスク被ってたらこの比じゃないか。
(……駄目だ、思考がネガティブになってる。何とかしないと……このままじゃまずい)
「それじゃあ、次。『yoseatume』さん準備よろしくお願いします!」
スタッフに呼ばれステージ上へ。フードの隙間から覗く客席。
(……人が多い……)
体の奥からせり上がってくる恐怖心。緊張感が思考を鈍らせる。客席にいる『rush blue』の面々。ソータの顔が視界に入り、心が更にぐんと重くなる。
「……いくよ?」
秋乃が僕に言った。
楽器隊の準備が終わり、僕が合図を出すだけになっていた。
僕は頷き曲がスタート。その直後に感じた。
――喉が、開かない……。
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