第16話 忍び寄る期待と不安と親父さん


秋乃が眉をひそめた。なんとなく観察されているような気分になる。


「僕は……実は、昔の記憶があまりないんだ。多分、父さんが死んだことによるショックが原因なんだろうけど」


こんなこと急に言われても困ると思う。けど、口下手で要領を得ない僕だ……正直に全て話してしまった方がちゃんと伝わるだろう。打ち明けられた秋乃も笑顔でこそないが、聞いてくれている。


「それで……昨日、秋乃がギターを弾いてくれただろ。あの時、昔のことを少し思い出したんだ。父さんとのこと、一緒にカラオケしたり歌の練習につきあってもらったこと……」


「うん」


「……その記憶の中に、秋乃がいたような気がする。もしかして、父さんの知り合いだったのか?」


思い出せた記憶は断片的で朧げ。なんとなく、いたような気がするだけ。気のせいの可能性は十分あるし、なにこいつ急にキモイなと思われても仕方ない質問なんだが……でも、これが心のどこかで大切な事なんじゃないかと感じている。だから勘違いだとしても、聞いておかないと。


(……けど、昔会ったことがあるなら、この話しやすさにも納得がいく。どうしてか異様に、すんなりと秋乃と会話ができた理由……それは、一度前に話したことがあるから、か?)


「それだけ?」


「え?」


「思い出したのって、それだけなのかなって」


「……ああ、うん。あれから思い出そうと頑張ってみたけど、無理だった」


「そっか。うん……そうだよね、仕方ないか」


「?、なにか知ってるのか?」


「んーん。こっちの話だよ。大丈夫」


いや、絶対僕関係あるだろう。怪しすぎる。


「で、どうなんだ?僕は昔秋乃と会ったことがあるのか?」


「それは教えないよ」


「え!?なんで……?」


「あたしがいう事じゃないもん。それに……それは、春くんが自分で思い出さなきゃダメなことだから」


僕が思い出さないといけない?どういう……。


「って、あー!もう時間無くなっちゃったじゃん!ってなわけで、手短に済ませるからね」


「え……ああ」


もうこれ以上は答えません、そういうかのように秋乃は打ち合わせに入った。……なんか、なんとなくだけど、機嫌を損ねてしまったような気がする。聞いちゃいけないことだったのか、これ。

でも、秋乃の口ぶりからなんとなく分かった。僕と秋乃は昔会ったことがあるということと、父さんの知り合いだということ。まあ、十中八九音楽関係なんだろうけど……。


そういえば、秋乃のあの時のギター……父さんの弾き方にすごく似てたな。


(……もしかして、教え子とか?)


「――あのー……春くん。ぼーっとしてるけど、話きいてますかぁ?」


「あ、はい。すみません」


そうして打ち合わせを素早く終え、足早に秋乃は帰っていった。去り際のぷっくり膨らませた頬。どうみても不機嫌アピールだったな。気のせいじゃなかったか。

……だが、本気で怒っていたわけじゃなさそうだし、大丈夫だろう。多分。まあ、時間が解決するさ。多分、知らんけど。大丈夫だよな?

若干不安になりながら、僕は教室にリュックを置いてあったのでそれを取りに戻る。


「……ん?」


その道中、女子の集団を見つけた。僕のクラスの教室から一番近いトイレ。その前にたむろっていた六人くらいの女子生徒たち。その中の一人が泣いていて、これはもしや虐めでは?と一瞬勘繰ったがどうやらそうじゃないみたいだった。あの泣いている子はさっき高橋に振られた女子で、おそらくはみんなで振られてしまった彼女を慰めている最中なんだろう。


「でも許せないよね」


……ん?


「がんばって告白したのにさ」


「確かに!たくさんスパチャもギフトも送ってたのにね!」


「そーそー、頑張ってたよ」


「わたし今度春斗君に言ってあげる!どれだけゆっこが一生懸命だったのかってさ!」


「そうだよ、本気だってわかってくれればさ」


「え……ううん、いいんだ。応援したのは私が好きでしたことだから」


「えー、甘いってばぁ」


「そーだよーこっちは少ないバイト代から頑張って出してんのに!」


……なんだろう、あんまり聞きたくない会話を聞いてしまったな。そうか、こうしてファンがアンチに変わってしまうわけか……。全てのファン皆がそうじゃないとは思うけど、熱心に応援する人の一部にはこうしたタイプも多い。思い通りにならないと叩く、悪口をいう。金を使ってやっているんだからという気持ちも少なからずわかるが……でも、やっぱりこういう厄介なのはできるだけこうむりたくない。

まあでも、高橋君の告白への対応は間違ってはなかったと僕は思う。仮に告白をOKしていたとしても、それはそれで今度はそれを妬む奴だって現れるだろうし。


――ま、振られたあの子を慰める為に言ってるだけの可能性もあるだろうけどな。内心どう思っているんだかな。


……しかし、モテる男は辛いな。高橋 春斗。





学校から家へと帰宅。妹、百合の体調を確認。急いで飯の作り置きをし約束の場所へ出かける。おとなしくしてるから気にしないで練習してきて、と出かける間際に百合に言われた。

……初めてかもしれない、こうして夜に百合を置いて出かけるのは。まあ本人が留守番すると言っていたからな。具合悪くなったらちゃんと連絡いれるとも言っていたし。大丈夫だろう。


秋乃との待ち合わせ場所である、公園へ到着。中央にある大きなタコのような独特のすべり台が特徴の公園。端っこの方には花壇もあって種類はわからないけど様々な色の花々が伸びていた。入口横にある鉄棒。久しぶりに見たそれはずいぶん低くなっていて、妙な気持ちになった。懐かしいような、どこか哀しいような……父さんに練習を付き合ってもらっていた。逆上がりのできない僕に根気強く付き合ってくれていたな。仕事で疲れていたはずなのに。


――嫌な顔ひとつせずに。あの頃なんて、曲だって沢山作りたかったはずなのに……。


奥へ行くと二つ並びのブランコに座る少女が一人。手をひらひら振っている。いうまでもなく秋乃だ。……ベンチもあるのに、ブランコ。ひょっとして好きなのか?


「やほ」


「悪い、もしかして待たせたか?」


僕は隣のブランコへ腰かける。こんなに小さかったか?と座り心地を懐かしむ。


「ぜーんぜん。今出てきたとこだよ」


「そっか、よかった」


微笑む秋乃。良かったもう拗ねてないみたいで……ホントに。


「ていうか迎えに行ったのに、あたし」


「いや、流石に僕の家は遠いだろ。中間地点にあるこの公園がちょうどいい」


「ふーん。別にいいのに……」


キィ、と彼女はブランコを揺らす。


(まあ、ホントは直接スタジオ来いよって話なんだが)


……僕はコミュ障である。何をいまさらと思うだろう。しかし、それこそが秋乃から受けた依頼においての最も大きな障害であり解決困難な問題点。

そう、僕一人だとおそらく恐怖心でスタジオには入れないのだ。例え秋乃がスタジオの中にいるとわかっていても、おそらく僕の事だ……多分、入口前で数時間うろうろして入れずに迷惑をかけてしまうだろう。だからこそ、こうして秋乃と待ち合わせて一緒に行ってもらうことにしたのだ。情けないって?うん、知ってる。でも逃げてしまうよりはマシだろう。


腰をあげ秋乃はブランコから立ち上がった。


「さって、そろそろ行こっか」


「あ、うん……」


僕の前に立つ彼女。背負ったギターケースが目を引く。


「それ、ギターだよな?白いケースカッコイイな」


「ん?あ、これ?えへへ、良いでしょ~!これね、実はあたしがYooTubeで稼いだお金で買ったんだ。モデルとかじゃなくって、音楽で……ギターで稼いだお金でね!」


「音楽で……そっか」


「うんうん。だからさ、めーっちゃ思い入れあるんだよね」


「……自分で稼いだ金で買ったものってなんか特別だよな。僕も初めて買った自分用のマイクはまだとってあるし」


「ね!そうだよね!って、え?まだとってあるって……それはもう使ってないの?」


「ああ。なんの知識もなくただ安いからって買ったやつだったから。音が悪くて」


「ああー、そっか!あるあるだよねぇ。楽器じゃないけど、あたしも安いからって買っちゃって後悔する事よくあるよー、化粧品とかさ。まあ、楽器みたいに高くはないからまだいいんだけどねぇ、えへへ」


なんかちょっと違うきがするが……まあ、秋乃が楽しそうだしいいか。けど、なんだろう……ただの雑談。ただの他愛のない会話。だけど、秋乃と話していると明るい気持ちになってくる。多分、こういうところが多くの人の心を惹きつけるんだろう。カリスマ性ってやつなのかな……僕が欲しくて、けど手に入れられないモノ。


「あ、みえた。あそこだよ春くん」


「……お」


いくつも並ぶ商業ビル。その中の白色の外壁のビルを秋乃は指さした。


「あのビルの地下一階にスタジオがあるんだよ」


「なるほど。こんなとこにスタジオがあるなんて知らなかった」


「まあ、あんま目立つような場所じゃないしね。地下だし。でもバンドやってる人たちには有名だよ。利用料安いしね」


ビル入口、脇の方にある案内板を見る。確かに地下一階に『音楽スタジオ【ムーンライト】』という店が入っている。って、あれ?今日休業日になってない?


「秋乃。今日ムーンライトお休みだぞ」


ガラス扉の向こうに見えている木製プレート。そこに書かれている『closed』の文字と眠る猫のイラストを指さす。


「え!マジで!?ヤバいじゃん!!」


「いや、なんで知らないんだよ」


「あははは、なーんちゃって。うっそー。そうだよ、今日は休業日。知ってる」


「は?どゆこと!?」


「ただの冗談ってことだよ、春くん。えへへ」


「……帰ろっかな」


「へ……!?わわわ!ごめんごめん!!許してぇ!!」


「ただの冗談返しだよ、深宙くん」


「ぐっ、あぅ……そ、そっか。ごめん」


カウンター効いたな。くくく。


「んん、えっとね、実はここのオーナーさんがあたしたちのバンド『yoseatume』のリーダーなんだ。名前は月島つきしま 夜一よるいちさん。担当はベースだよ」


「あ、そうなのか……てか、バンド名ヨセアツメなんだ」


「うん、寄せ集めだからね」


「ストレートだな」


「え、やだった?」


「や、別に。ちょっと気になっただけ」


「そっか。……ちなみにね、月島さんスタジオ代をタダにしてくれてるんだよ。凄くない?」


「え、嘘!?まじかよ!」


「まじまじ!やったね!」


顔を見合わせ喜んでいると、ふと背後に人の気配を感じた。


「やあ、こんばんは秋乃ちゃん」


「あ、月島さん!こんばんはぁー!いやぁ、噂をすればだねぇ」


――二重の細い目。明るく染まった茶髪。つば付きの黒い帽子、いくつものピアスとブラウンの革ジャン。オシャレなバンドマンって感じだな。

身長も170後半はありそう。スタイル良いし……モテそうだな。


「?、俺の噂をしてたのかい?……あ、そちらはもしかして例の」


「はい!この子がボーカルに誘ったあたしの同級生で……」


そこで言いとどまる秋乃。周囲をきょろきょろ見回し小さな声で続けた。


「あの『バネ男』さんです!」


「おお、この子が彼!?まじかぁ!!すごいなぁ!!」


「あ、でも事前にいった通りこれは秘密、他言無用ですからね」


「もちろん!よろしくお願いします。俺、月島 夜一と言います。歳は28で、ここのオーナーで店長してます」


「あ、え、えっとはい、佐藤 春です……よろしくお願いします」


「ふふ、春くん緊張してますねぇ」


そう言って、つんつんと腕を小突く秋乃。


「……そ、そりゃ緊張するだろ……初対面なんだし」


「ま、それはそうだね。でもね、大丈夫だよ安心して。月島さんって見た目が派手でちょっと怖そうだけど、ビビりでヘタレなとこあるし」


え、そうなん?


「え?ちょ、ちょっと深宙ちゃん?」


「こないだもね、練習してたら部屋に蜘蛛が出てきてさ。すっごい悲鳴だったんだから」


「ちょ、ちょっと!やめて、バネ男さんの前で!俺のイメージが!!」


「いやあ、女の子みたいに叫んで逃げ惑ってて……ふふっ」


「も、もうやめてくれー!!」


いやすげえいちゃつくじゃんこの二人。仲いいなぁ……てかこの感じ、もしかして秋乃ってこの人の事好きなのか……?

まあわからんでもないけど。年上が好みだったりするのかな秋乃。というかこの雰囲気……すでに付き合ってたり?……だとしたらさすがに高橋に勝ち目ないかもな。


(楽しそうだな……二人とも。まあ、不愛想な奴と会話するより楽しいか)


ていうか、なんだろう……帰りたくなってきたかも。僕の場違い感が凄いというか、居ていい雰囲気じゃないというか。なんかちょっと、苦しくなってきた。

このオシャレな二人と一緒にいる事自体がきつく感じる。いや、まあバンドに参加するといった以上逃げはしないけど……少し気が重い。


「春くん?どうしたの?」


「佐藤君……?」


黙り込む僕を心配したのか二人が声を掛けてくる。


「あ、いや……別に」


「暑くて具合悪くなっちゃった?お水、飲む?」


顔を覗き込む秋乃。僕は反射的にのけ反る。


「え、なんで逃げるの!?」


「や、顔近い……」


「え?あ、そ、そっかごめん。……えっと、体調悪いの?」


「大丈夫、緊張してるだけで」


「そっか。うん、そうだよね。春くんはずっとそうだったもんね。ごめん、ゆっくりでいいからね……」


微笑む秋乃。ちょっと恥ずかしいんだけど。さっき月島さんがヘタレなところがあると秋乃はいじっていたけど、ヘタレ具合なら僕の圧勝だな。どこで張り合ってんだって感じだが。


「佐藤君、ごめんなさい。君が緊張しやすいって事前に深宙ちゃんから聞いていたんだけど……」


「い、いえ、大丈夫です……僕の方こそ上手く話せなくてすみません」


「ううん。でも俺ね、君と会えるのを楽しみにしてたんですよ」


「僕と?」


「はい、俺バネ男さんのめっちゃファンなんで。その声質に一目惚れして……ん?いや一耳惚れかな?ははは。まあ、そんな感じなんで仲良くしてくれたらすごく嬉しいです」


(……僕の、ファン……?)


「いやぁ~ま、あたしの方がファン歴長いけどね!」


ドやっとした表情の秋乃が会話に割り込む。


「……なんで対抗するんだよ」


「古参アピールだよ。あたしが一番、誰にも負けないくらい好きだからね。どやあ!」


「どやあ!じゃねえよ、どやあ!じゃ」


「えへへ」


「ふっふふ……」


漏れるような笑い声に気が付く。見れば月島さんが口に手を当て笑っていた。


「……?」「どうしたの?月島さん」


「いや、二人とも仲いいなって思ってね。もしかして、二人は付き合ってたりするのかい?」


「「ないないない!!」」


両手をぶんぶん振り否定する僕と秋乃。なわけねーでしょ!さすがに恥ずかしかったのか秋乃も顔を赤らめ焦っている。……って、あれ?まてよ。ってことは秋乃が月島さんと付き合ってはいないってことか。そうか……よかったな、高橋。


「へ、変なこと言わないでよ月島さん!」


「あはは、ごめんごめん。でも相性よさそうだよね、二人とも」


「はぁ……!?」


「まてまて、秋乃。もう流れは持っていかれてるぞ。勝ち目ない」


「……くっ、ぐう」


苦虫を嚙み潰したような顔の秋乃。っていうかむきになりすぎじゃね?僕も一瞬動揺してしまったが、すぐにからかわれてると理解できた。多分、これは月島さんのさっきの仕返しだろう。


……そういえば。


ふと屋上での記憶が蘇る。あの時も同じようなことを高橋に言われて動揺していた。頬を赤らめ、視線は泳ぎ、落ち着きなくて鼻息も荒かったような。

ここから推察するに、秋乃って……もしかして。


意外と恋愛的な事に耐性が無い……のか?


……けど、そう考えるといろいろ腑に落ちるな。高橋にも教えてやろうかな。


「……あの、佐藤君」


「あ、え……はい?」


「そういえば、バネ男って名前……本当に男の子だったんですね」


「……あ……まあ、はい……」


「一部では女性の可能性があるとかって噂されてたんですけど、すごいな。実際にこうして生の声を聞いてみると、感動します。ホントに良い声をしている」


「あ、ありがとう、ございます……」


「あ、春くん照れてる」


「う、うるせぇ」


「えっへへぇ」


どーんと僕へ軽く体当たりをかまし笑う秋乃。あぶねえな、おい。


「……あ、そうだ。もしよかったら、あとでサイン貰ってもいいですか?スタジオに飾りたいんですけど」


「え…‥いいですけど……ぼ、僕なんかの……?」


「はい!いやあ、あの歌い手『バネ男』さんのサインをウチに飾れるなんて!夢のようです!!」


割と大きな声で『バネ男』と呼ばれドキリとしてしまう。しかし秋乃も同じことを思ったようで、


「ちょ、ちょっと月島さん声が大きい……!」


ぴょんと僕と月島さんの間に割って入ってきた。注意を受けた月島さんは軽く焦り頭を下げる。


「ああっ、ごめん!……そ、そうだ、とりあえず中にはいろうか!」


「……つ、月島さん」


「はい?」


「えっと、その……僕、の方が年下なので敬語じゃなくても……」


「そうですか?」


「は、はい、お、落ち着かないので」


「ふむ、なるほど。……うん、わかった。じゃあ佐藤君も俺にタメ口で」


「え!?そ、それはちょっと……むずかしい、です」


「あはは、ごめんごめん冗談。まあ同じバンドメンバー仲良くしましょ」


「は、はい……!」


「あ、そーだ……それと」


「?」


「チャンネル登録者、30万人突破おめでとう!」


彼はそう顔を近づけて小声で囁いた。


「あ、ありがとう……ございます」


にこりと微笑み離れる月島さん。


雰囲気なのかな?……この優しそうな彼の人柄のせいか、短い会話の中でも少し距離が縮んできたような……気がする。これならバンドでの必要最低限の会話くらいはできそうかも。


ビル横の下へ通じる階段を再び下る。ワインレッドのガラス扉と脇に置かれた木製のポスト、上の方に木製の看板で『ムーンライト』と書かれている。月島さんが扉をあけ、「さあどうぞ」と僕と秋乃を中へ招く。


入ってすぐに受付カウンター。その向かいにちょっとした待合室があり、自販機とテレビが置いてある。全体的にちょっと狭い印象。カウンターの横に通路があり、おそらく演奏できる場所につうじているのだろう。


すたすたと進んでいく秋乃に習い後をついていく。


「あ、ここお手洗いだから」


「あ、うん。ありがと」


通路途中にあったトイレを紹介され頷く。通路を過ぎ広い場所へ出る。そこもまたさっきのような待合室で椅子がいくつか置いてあり自販機が二つ設置されている。小さめの四角いテーブルが二つあり音楽雑誌と『禁煙』と書かれたアクリルスタンドが設置されていた。

だからと言って喫煙者お断りって訳でもなく、左手の方に喫煙スペースがある。


突き当りに二つ、左手に一つ扉があり、おそらくはそこが練習できる防音部屋なのだろう。


「どう?春くんこういうとこ初めてなんだよね?結構イイ感じでしょ?」


「……うん、良いね」


スタジオは初めて来る……はずなのに、なぜか既視感がある。


「お!!おうおうおう!!」


後ろから唐突に大きな声がして僕と秋乃は振り返る。するとそこには白髪交じりの男性がいた。


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