第15話 特別な人と例外の記憶
あれ?……まって、なんかこっち見てるような。目が合っているような気がしないでもないでもないような……。注意深く彼の視線の先を追う。いや見てるわ!完全にこっち見てる!!やべえ!!
怪訝な表情を浮かべる高橋。告白シーンを影から盗み見ていたこと、秋乃と隠れていたこと、何もかもが気まずすぎる。
「え、えっと……佐藤君?と、秋乃さん……?」
高橋の表情が一気に曇る。というか困惑しているのだろう。と、とにかく弁解を……なにから話せばいい?まずは、どこから?パニックになる僕。どうしていいか答えを出せずにいる僕を差し置き、隣の秋乃が立ち上がりこういった。
「ごめんね!タイミング悪かったんだ!急にあんな展開になるなんて思わなかったの。みちゃってごめんなさい!」
「あ、そうか……なるほど」
いいね!ストレートで分かりやすい!さすが秋乃さん頼れるな。僕なんかよりも遥かに。よし、これで告白シーンを黙って見ていたことの謝罪はすんだ。なんか雰囲気的に許してくれたような感じだし。
(けど、それよりも)
……多分、彼の気になっているのはどちらかというとそっちじゃなくって僕と秋乃がこの場所でなぜ二人きりでいたのかということだろう。状況的に変な誤解をしてしまいかねない……いや、待て。僕だから別にそんな心配する必要もないか。
とりあえず話をするべく秋乃と僕は上から降り、高橋の元へ。
「えっと……佐藤くんと秋乃さんはどうしてあんなところに?」
二人に対する質問ではあったが、どちらかというとこれは僕に対しての投げかけなのだろう。こっちめっちゃみてくるし。いや単純に秋乃が好きだから意識してしまって顔を見られないのかもしれんが。……これ、誤解されてるのか?どのみち聞かれたことには答えないとだめだろう。いや、まあ冷静に考えてあんな人目につかない場所で寝っ転がっているのは妙だしな……えーと……ペン、ペン……って、やべえ!秋乃と会うだけの予定だったから筆談用のノートもペンもねえ!!
「え、どうしたの春くん……めっちゃ挙動不審なんだけど」
高橋どころか秋乃も怪訝な顔になった。
どこかに字を書けるものが無いかと、ものすごい勢いで制服中のポケットを漁り捜索しまくっている僕。しかしそんなことを知る由もない二人には、急に僕が奇行に及んでいるように見えたのだろう。やべえテンパるんだが……高橋がより一層ぎょっとしてるし。
「春くん?下の名前で呼んでるんだ……」
あ、そっちか!!ぎょっとしたのはそっちか!!……そういやそうか、下の名前呼びって親しく見えちゃうか。なんて説明しよう。そんな感じで二重苦状態で混乱していると、
「あ、うん。ずっと前から春くんって呼んでるんだ、あたし」
「へえ……そうなんだ」
いや昨日からだろが!!なんだその嘘!?駄目だ早く何とかしないと……!そう思い僕は秋乃に助けを求める。ペンが欲しい。かけるものがあれば弁解が可能なのだ。ジェスチャーでなにか書ける物を持っていないかと秋乃に聞いてみよう。
僕は手のひらにペンで何かを書く動きをして見せ、次に『それを持っていたら貸してくれ』という意味で手を差し出す。
「?」
不思議そうに小首を傾げる秋乃。しかしすぐに理解してくれたようで、彼女はハッとした顔になる。よし、伝わった!!彼女は差し出していた僕の手のひらに人差し指でこう書いた「ど」「う」「し」「た」「の」「?」
――いや、伝わってなかった!!!
でもそうか、確かにどちらかというと、これで会話しようっていう風に理解できるよな。しかしこれはチャンス!秋乃の手を掴み僕も彼女の手のひらに文字を書く。
「な」「に」「か」「か」「け」「る」「も」「の」と……ん?顔を赤くする秋乃。なんだ?
「ふふっ、ふ……ご、ごめん、くすぐったくてわかんなかった」
なんだそれ!!早く言ってよ!!やばい、これじゃあ突然イチャイチャし始めたバカップルみたいにみえるだろーが!!いや、僕となんかじゃ見えないだろうけど……高橋が気まずそうに苦笑いを浮かべている。
「えっと……佐藤君、秋乃さん。あの、目の前でイチャつくのは、ちょっとやめてほしいんだけど」
「「は!?イチャついてないが!!?」」
「「あ」」
僕と秋乃は真っ赤な顔を見合わせた。
☆
――ツッコミを入れてしまい、今まで隠し通していた声を発してしまった。時が止まる。高橋は驚いた表情でこちらを見ていた。
「初めて佐藤君の声きいたな。意外と高いんだね、声」
「え、ああ……うん」
一瞬覚悟したが『バネ男』だとは気が付かれてなさそうで胸をなでおろした。まあ、普通に考えればネットの匿名ボーカルに声が似ているからと言って、たった一言でバレるのかといえばどうなんだろうという気持ちもある。そもそも『バネ男』がそこまで有名なのかは微妙だし、僕くらいの歌い手はいくらでもいる。だから、同じ歌い手をしているとはいえ高橋くんは僕の事を知らないのかもしれない。この反応だし。もし知っていたら今ので『バネ男』に似ているとか言われてるはずだからな。であれば、まあ少しの会話くらいなら……大丈夫だろう。
そんなことを考えていると秋乃が気を遣ってくれたのかフォローするような感じで割って入った。
「えっと……ああ、そう!どうして二人でここにいたかって話だったよね?実はね、あたしたちバンドしてて。その打ち合わせをしてたんだ」
「バンドの打ち合わせ?あんなところで?」
「うん、そう。あんまり人目に付くとこじゃ話ずらくってねぇ」
「なるほど……そうだったのか。えっと、じゃあ……変な話、二人とも付き合ったりとかって」
「「ないないない!!」」
同時に両手を振る僕と秋乃。同じ気持ちのせいか完全に動きがシンクロしてやがる。よほどその誤解が嫌だったのかすげえ顔赤くなってるし。
しかし、それをみても未だ怪訝な表情を浮かべている高橋。違うってはっきりと答えたのに……いくら状況的に怪しくたって僕と秋乃が付き合っているなんてことなんてあり得ない。あるはずがない。彼女と僕じゃぜんぜん釣り合わない。
だがしかし、どうやら秋乃がしっかり答えたことで高橋の疑念は晴れたらしく、視線を戻すといつもの柔らかい笑みを浮かべていた。
「ライブ……でもそうか、確かに秋乃さんギター上手いしね」
「え、なんで知ってるの?」
「だって秋乃さんYooTubeとウィックトックでギターの演奏動画のアップしてるでしょ?」
「わわ、あたしのチャンネル見てくれてるの!?」
「うん、いつもみてるよ。同い年なのに凄いなぁって、思ってて」
「わあー、嬉しいなぁ!ホントに!?」
「う、うん……実は君のファンで」
「えー!マジでマジで?すっごく嬉しいんだけどっ」
……なかなかいい雰囲気だな。カップルというならこっちの方がそれっぽいしお似合いってやつだ。美男美女の二人の談笑。高橋は憧れの秋乃と喋れて楽しそうで、見ていてなんとも微笑ましく思える。さっきまで修羅場ってたとは思えない光景だな……しかし案外これがきっかけで二人付き合っちゃったりしてな。はっはっは……てか僕邪魔じゃね?
「ライブってどこでやるの?もしよかったら、俺も観にいきたいんだけど」
「マジで!?チケットまだはけてないし来てくれるのめっちゃ嬉しいよ!!場所は駅前のライブスタジオでやるんだけどね、他にもたくさんバンドが出るからすっごく楽しいと思うよ!!」
「そうなんだ、それは楽しみ。あの、もしよければ秋乃さんの連絡先教えてほしいんだけど……だ、だめかな?」
「え?」
「あ、えっと、連絡先知ってた方が便利かなって。ほら、秋乃さん目立つの嫌だってさっき言ってたから……ほら、チケットの受け渡しとか!タイミング合わせてって思って」
――僕は面食らってしまう。いつも余裕たっぷりのイケメンが好きな女子の連絡先を聞くために一生懸命で、いっぱいいっぱいになっている姿に。どこか初々しい雰囲気すらある。高橋は女子慣れしていると思っていたから内心驚いた。こういう連絡先をきくって行為はお手のモンだと思ってたのに……もしかして、相手が秋乃で意中の人だからか?こっちまで緊張が伝播してくるな。さっきの告白した女子を見ている時のようにドキドキする。まあ、さっきとは違って相手はあの高橋だ。連絡先の交換は成功するだろうけど……。
「ちょっとね、それは……難しいかも」
秋乃はそう言って苦笑いを浮かべた。自分の心臓が大きく跳ねたのが分かった。僕が断られたわけでもないのに、なぜか背筋が凍ったような感覚になった。高橋の顔が見られない。
「一応ね、あたし所属している事務所があるのね。それで事務所の決まりで連絡先とか交換しちゃダメってことになってるから。ごめん」
「あ、そ、そうか……いや、こっちこそ急にごめん」
申し訳なさそうに手を合わせ謝る秋乃。だが事務所のルールというのなら仕方ないだろう……って、あれ?そこでふと疑問が浮かんだ。僕は?
「確かに、事務所に入っていればそういう決まりもあるよね。はは」
一気にいい感じの空気が吹き飛んでしまった。ちょっと居づらいんですけど……空気が重い。しょんぼりした高橋の空気感が痛々しい。
「あ、そう。チケットの話だったよね?高橋くんって春くんと同じクラスだったよね?春くんに渡しておくから買ってあげて」
「僕!?」
「え、そうだけど?……昨日あたしが言ったこと覚えてる?春くんにもチケットの販売ノルマがあるって。これで一枚捌けるんだよ?買ってもらわなくていいの?」
「そ、それは……そうだけど、でも」
「他に買ってくれそうな人がいるんなら別にいいけどさぁ。春くんにそんなお友達、いるのかな?」
「……っ」
い、いませぇん!!いや、でも高橋は無理だろ……そんなに親しくないし。秋乃からならともかく僕からなんて……。
前門の虎後門の狼といったところか。僕は秋乃からの圧と高橋の圧に潰されそうになっていた。しかし、
「佐藤君」
「……は、はい」
「よければ、俺にチケット買わせてくれないかな」
思わぬ救いの手が差し伸べられた。思わず高橋を二度見する僕。
「……ぼ、僕からでも……いいの?」
「勿論。佐藤君もノルマ大変そうだし。協力させてくれないかな」
え、何この人めっちゃいい奴なんだが。やだ惚れちゃう。イケメンでいつも女子に囲まれ、陽キャでいけ好かない奴だと思っていたが、普通に良い奴じゃん。今までの嫌なイメージが払拭されていく。
「ところでノルマってことは佐藤君もバンドメンバーなのかい?なにかするのかな?楽器?」
「あ、春くんはね、ボー――むぐ!?」
僕は間一髪秋乃の口を塞いだ。目を見開き信じられないモノを見るような眼差しでこちらを見てくる秋乃。手を外そうともがく彼女に、僕は小さく「それは秘密だ……!」と耳打ちをした。すると秋乃はびくっと震え、わずかにうなずいた。伝わったようで何より、僕はほっと胸をなでおろす。さすがに僕がボーカルって情報はヤバい……だって当日僕はあくまで『バネ男』として出るんだから。そうなればもう間違いなくバレるし、『バネ男』をしていようがいまいが後々面倒なことになりかねない。
「……ぼ、僕はスタッフ的な……?お手伝いで」
「そ、そうなんだ」
突然女子の口を塞ぐという奇行。高橋が引いているような気がするが仕方ない。大人しく口を塞がれたままの秋乃。当然口で呼吸ができないので鼻で呼吸をしているわけだが、鼻息がこそばゆい。
「あの、そろそろ手を放してあげたら?」
高橋に言われ確かにと思いつつ秋乃を解放する。手の平に残った生々しい感触と湿気に妙な背徳感を覚え申し訳ない気持ちに襲われる。恥ずかしそうに毛先を整える秋乃に、どうしていいかわからず僕はただただ罪悪感に駆られていた。……変態かよ、僕は。
「……そういえば、秋乃さん。今更だけど、自己紹介させてもらっていいかな」
持ち前の爽やかな感じで高橋が不穏な空気を割った。唐突な自己紹介というワード。そういえばまだだったな。
「――え、高橋 春斗くんでしょ?同中だった。二年生の時はクラスも同じだったよね?」
同中って同じ中学校だったってことだよな。実は知り合いだったのか、この二人。てかまてよ、おかしくないか……久しぶりでもなく、自己紹介って。そう思い高橋を見ると、妙なことに高橋は驚いたような表情になっていた。
「……覚えててくれたんだ……」
「もちろん。クラスメイトだったし、忘れないよ」
「そ、そっか。それは嬉しいな」
小首を傾げる秋乃。まあ、これだけイケメンだったら誰の記憶にも残っているだろうし。
ふと高橋の表情が明るくなっているのに気が付く。秋乃に覚えてもらえててよほど嬉しかったのか、抑えられないといった感じの笑みがこぼれだしていた。なんだか甘酸っぱい気持ちになるな。
「えっと、うん……それじゃあ僕はこの辺で。打ち合わせの邪魔してごめん。佐藤君チケットよろしくね」
「あ……う、うん」
手を振り扉を開ける高橋くん。彼の背を見送りつつ、申し訳ない思いが沸いてくるのを感じていた。さっき割といい雰囲気だったのを思い返すと、むしろ僕の方が邪魔だったような気がして。
……っと、そうだ。秋乃に口を塞いだこと謝らないと。
「わ、悪い。焦って……口塞いじゃって。苦しかったよな」
「……や、別に。大丈夫」
……そっけなくないな。やっぱり怒ってるのか。いや急に女子の口を手で塞ぐとか普通に嫌だろうし、そりゃ怒るか。どうしよう。
「あの、ホントにごめん」
「大丈夫だってば。ちょっと驚いただけだし」
「そ、そう?」
「うん、そう」
そう、なのか。いや、けど……そのよそよそしい態度が気になる。指先で触れる唇に、ふいにその柔らかさが過り頬に熱を帯びる。だめだだめだ、あの事故はもう思い出すな。
「っていうか……こっちこそごめんね。春くんがボーカルって言っちゃってたら、高橋くんがライブ観に来て歌声を聴いたらバレちゃうよね」
「あ、いや……まあ」
「それと、勝手にライブに招待しちゃったことも。ごめん。考え無しだった」
「……いや、気にしなくて大丈夫。当日はいつものマスクするからさ。っていうか、高橋くんのあの感じだと、そもそも『バネ男』っていう歌い手自体知らないかもしれないし」
「うーん、まあ……そっか。でも、これからはちゃんと気を付けないとね。あたしもバレないように気を付ける」
「うん。そうしてくれると助かるよ」
でも、もしも僕が『バネ男』だと正体がバレたとしても……あの感じなら秘密にしてくれるんじゃないかって気がする。はっきりとした根拠はないけど、根が良い奴そうだったし。
というか、最悪こっちも高橋の秘密を暴露するっていう手もあるしな。そういう意味でも安心だ……いやまあ暴露する相手もいないんだけど。
「そういや秋乃の事務所って連絡先交換するのに許可いるんだな」
「あ、さっきの?そうなんだよね、一応マネージャーさんに聞いてからって決まりになってるんだ」
「なるほど。じゃあ僕は一応歌い手だから許可がおりたってわけ感じなのか」
「え、違うよ?だいたい、春くんのことはマネージャーさんに言ってないもん」
「言ってないの!?」
「うん。春くんはあたしの特別だから」
夕陽に照らされる秋乃の微笑み。まるで恋愛映画のワンシーンのような光景に僕は思わず釘付けになる。
僕を特別だという彼女。それはあくまで『バネ男』と『ファン』その間柄の意味合いにおける『特別』なのだろう。それ以外には何もない。モデルをこなし人気者の陽キャである秋乃、たいしてコミュ障であり根暗陰キャな僕。それに至る可能性は宝くじの一等を引き当てるよりも低いだろう。
……けど、そうとはわかっていてもこの無意味で空虚な高鳴りは静まらない。やはり僕も一男子だということだろう。惨めで悲しい性だ。
(でも、それはこんな僕ですら話しやすくある彼女の人柄にも原因がある……)
ふと、地下室での記憶が蘇る。秋乃のギターに父さんの姿が重なり、昔の記憶を思い出した。それは全てではなく、断片的に僅かなものだったが……けれど、そこに秋乃の姿があった気がする。
「秋乃」
「ん?なに?」
「もしかして、昔……僕たちは、どこかで会ったことあるのか?」
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