第14話 告白する勇気



――ぎくぅ!!


「もしかして彼女と友達なの?」


え、友達……だけど。どう答える?友達だと答えた場合、僕はどうなるんだ?例えば、ここでそうだと答えて、もしそれが色んな奴に知れ渡った場合。「紹介してよ」とか「連絡先教えてよ」とか「遊びに誘ってよ」とか言われたりする可能性が……いや、考えすぎかもしれないがそうなった時非常に面倒だ。


(ここは万一を考えて安全策を……赤の他人と言っておいた方がいいか)


ジッとこちらを見つめる高橋 春斗。返答を待っているのだろう。僕は首を横に振ろうとした……その時、ふと昨日の光景が過った。


――僕なんかを「友達」だと言ってくれた秋乃。ここで否定すれば確かに様々な危険を回避できるのかもしれない。でも、それをすることで何かを失ってしまうきがする。

卑屈で根暗で陰キャな上愛想も悪く容姿も何もかもが悪い、こんな僕でも友達になりたいと言ってくれたのに……保身のために嘘をまた重ねるのか、僕は。


――それは……ちょっと寂しい。


僕はどこか不安な気持ちを抱えながらも肯定した。高橋の『秋乃 深宙と友達なのか』という質問に対して、頷きそうだと答える。


「ああ、やっぱり……そうなのか」


――……え、やっぱり?


「あの笑顔は君に向けての物だったんだね。初めて見たよ、秋乃さんのあんな顔」


首をかしげる僕。初めて見る顔とは……秋乃はどんな顔してた?普通に笑顔だった気がするけど。そんな珍しい表情してたか?


「俺は……その、実はさ……その」


その?なんだ?急に黙り込む高橋。視線がせわしなくあちこちに跳び落ち着きがない。若干心配になってきた頃、深く息を吐いて遠くを見定めた。そして、


「……ここだけの話、秋乃さんの事が好きなんだよね」


衝撃的なことを言い放った。マジで!?とぎょっとする僕。


「な、なんだよその顔は。……意外だったかな?あ、このことは二人だけの秘密にしてくれよ」


恥ずかしそうに動揺する高橋。普段みせない意外な表情に思わず、ニヤリと笑ってしまう僕。


「な、なんだ、その顔……怖いな」


横に首を振って今度は優しく笑って見せる。大丈夫だよという意味を込めて。


「し、信じるからね!?フリとかじゃないからね!?」


必死な顔をする高橋。疑心暗鬼になってるな。やばい、ちょっと面白い。自分で打ち明けといてテンパってる。高橋って完璧人間だと思ってたけど、こういう抜けたところもあるんだな。


「でも……ありがとう。こんな話をしたのは君が初めてだよ。もしよかったら、また話してほしい……良いかな?」


え?僕が初めて……そんなわけ。いや、まてよ?でも確かに普段女子に囲まれてて男子と会話してるのを見たことないな。佐々木とか数人男子もいるけれど、基本女子がまとわりついてるしな。あんまりこういう話もできないのか?ひょっとすると高橋界隈も色々気を遣ったりして大変なのかもしれないな……。

ていうか、あれだよな。冷静に考えて、僕にこんな話をしたのは、やっぱり秋乃を紹介してほしいからなんだよな……結局、面倒ごとを引いてしまったかもしれん。


今更拒否するのも気が引けるので頷き了承する。とはいえ、僕の一存で秋乃と引き合わせることはできないからな。秋乃の連絡先を聞かれても簡単には教えられない。


「そういえば、佐藤君は好きな子いないの?」


……え。


「その反応はいるってことかな?」


まさか自分にそんな質問が来るとは思ってなかった。てっきり連絡先教えてよとか一緒に遊ばせてとか来ると思ってたんだが……違った。まさか僕の話になるとは。

思わず真顔で高橋の方を見ていたのが、好きな子がいると図星をつかれた奴の表情に見えたのだろう。……いや、普通にいないんだけど。


「……もしかして浜辺さん、とか?」


僕の真顔が歪んだ。は?なんで茜……?謎の候補を出され僕は首を横に振った。


「え、違う?……そっか、そうなんだ……」


なんだ?よくわからんな。なんで残念そうなんだ?意味の分からない問答を不思議に思っているとホイッスルが鳴った。


「すげえええ!!」


「また田中かよ!!」


「ほとんど田中の得点じゃん!」


「つうか田中、ダンクはやばすぎだろ……」


え!?ダンクしたの!?高橋との会話に集中しててみてなかったんだが!?バケモンかよ田中!!

僕と高橋がぎょっとした顔でコート内を見ていると、例のごとく田中は僕へ向けて親指を立ててウィンクをしていた。かっこいいかよ!やだ惚れちゃう!



放課後。今日も今日とて授業が全て終了。ほとんどの生徒が教室からいなくなり、人目がなくなったタイミングで僕は屋上へと向かった。


扉を開けるとぬるい風が頬を撫でた。陽がわずかに傾き黄金色にベンチが滲む。ウチの学校は屋上が解放されている。背の高い落下防止用のフェンスが二重で設置されており、安全性が担保されているからだろう。

左右に少し長めのベンチが二つ設置されていて、小さな花壇がある。綺麗に咲き誇るカラフルなチューリップは音楽の雨宮先生が趣味で植えているらしい。


(……そういや、先生最近なにも言ってこなくなったな。前は顔合わせるたびにウチの部活に入れって勧誘してきてたのに)


「あ、春くん!」


「うおっ!?」


「あははは、驚きすぎだよ」


頭上から唐突に秋乃の声。慌ててそちらを見やると真上から彼女が見下ろしていた。僕が入ってきた扉のその上の方に登っていた秋乃。こいついつも驚かせてくるな……もしかしてわざとか?すげー笑ってるし。


「いきなり上から声かけられたら誰でも驚くだろ。っていうか、なんでそんなとこにいるんだよ」


「え、隠れてたんだよ。だってさっき春くんに叱られちゃったし。目立たないようにしてたんだけども?」


「あ、なるほど……」


「まあ、また春くんのびっくり面白顔が見られるかなって期待したのもあるけど」


「いや驚かせる気あったんかい!だと思ったわ!」


「でもほんの八割くらいだよ」


「十分だわ!!」


にこにこと笑う秋乃。そんなに僕を驚かせることが楽しいのか……しかしこのままやられっぱなしも癪だな。今度やり返してやるか?……いや、まて。それよか早く要件を済ませねば。あまり放課後は人が来ないこの屋上だが、もし誰かがきて僕と秋乃が二人きりで会っている所を見られでもしたら面倒だ。

急いで秋乃のいる場所にあがる。錆びついた鉄はしごに手をかけ、学校の一番高い場所へ。そして二人身を隠すように並んで転がった。上ってみて気が付いたけど、ここなら誰か来てもすぐわかるし死角にもなってなかなか良い。


「それで、秋乃。話ってのはバンドのことか?」


「そそそ。DMでも言ったけど今日から練習行くでしょ?その打ち合わせだよ」


「えーと、練習場所は秋乃の家の近くの音楽スタジオでだったよな。そこで打ち合わせじゃダメなのか?」


「何言ってるのさ。せっかくスタジオ借りてるのに時間もったいないじゃん」


「そりゃそうか……にしても他に場所は」


「あたしはさ、別に教室とか廊下とかどこでもいいんだよ。目立つからって嫌がってるの春くんじゃん。ここが嫌なら自分で探してよ」


「す、すみません」


つんと拗ねたような顔になる秋乃。そりゃそうなるか。わがまま言っておいて代案出さないんじゃムカつきもする。


「ん?てか、じゃあ僕の家は?」


「いやそんなに時間いる話じゃないし、お邪魔するほどじゃないし。あたしもすぐ帰って練習の準備したいし」


「そ、そうか。短時間で済むなら、続きをどうぞ」


「はーい」


――ガチャリ。


「「え?」」


扉の開く音。二人の生徒がそこから現れた。僕と秋乃は顔を見合わせより息をひそめ縮こまる。


(だ、誰だ……?)


屋上へと上がってきたのは二人の男女。女子の方は知らない顔だったが、男子は僕のよく知る顔だった。名前を高橋 春斗。校内一のイケメンだ。二人がきょろきょろあたりを見回す。


「なんか今人の声しなかった?」


「……気のせいじゃないかな」


僕と秋乃は手で口を塞ぎ顔を見合わせ、頷く。このまま息を潜め場をやり過ごそう……そういう意味だろう。

……いや、てかあぶねー。ここ上っておいてマジで良かった。二人きりでいるのを目撃されたら何を噂されるかわからないぞ。秋乃との関係を知っている高橋はともかく、もう一人の女子には見られたくない。

高橋と一緒に現れた女子は結構派手な身なりをしていて、スカートの短い茶髪で長髪の子。誰かはわからないが、少なくともウチのクラスの女子ではないな。彼女はきょろきょろと辺りを警戒する。一方高橋は特に気にする様子もなく、複雑そうな表情で俯いていた。……なんか、機嫌悪い?


「それで、なにかな……僕に用って」


「あ……えっと、その」


促す高橋。対して女子生徒の方はどこか様子がおかしい。両手を合わせ口元を覆い隠し、上目遣いで高橋をちらりちらりと視線を泳がしている。もじもじと落ち着きがなく、しきりに髪を撫でていた。


――……いや、まてよ!?これってもしや!!


ふと気が付く。隣にいる秋乃はもう察しているようで、食い入るように二人の様子を見入っていた。集中しているのか、眉間にしわを寄せ目を細め、口がわずかに開いている。顔が赤いのはおそらく彼女もこれからこの場で何が行われるのかを察したからに違いない。その何かとは……多分、告白だろう。


(うわー、初めてみるわ……告白なんてぶっちゃけ僕には縁のないことだからなぁ。なんだろう、こっちまで緊張してくる……)


その時女子が意を決したように口を開いた。ぎゅっとスカートの裾を握りしめ、息を吸い込む。おそらくあの俯き具合では高橋の顔はまともに見ることはできていないだろう。


「あの、春斗くん……す、好きです。私と、お付き合いしてくださいぃ……」


けど、言った。はっきりと想いを言葉にして伝えた。


観ているだけの僕が緊張で震えている。吐き気を催すほどの緊張感のなか、その行為がなかなかできる事ではないことを疑似的に体感する。


(……勇気あるな、あの子)


――が、しかし。おそらく、この告白は失敗なのだろう。高橋の顔をみれていない彼女にはわからないだろうが、彼のその表情がそれに応えるのは難しいことを示していた。


「……ごめん、僕は……今、いろいろと忙しくて。そういうのに時間を割けないんだ、だからごめん」


今の答えに嘘は無い。高橋くんは配信活動の他に学校でもバンド活動をしているしな。忙しいのは本当なんだろう。でも、告白を断った本当の理由は好きな子がいるからだろうけど。


「……時間なくてもいい、から!……たまにデートしてくれるだけでも、夜に少し通話してくれるだけでも、いい……だからっ」


「……それも正直難しいよ。ごめん」


必死に食い下がる様から伝わってくる。本当に高橋の事が好きで好きでたまらないんだろう。だが高橋に好きな人がいる以上、彼女の恋が実ることはない。……悲しくて、苦しい。

恋愛小説、映画、漫画、ドラマ……想像を働かせて読み取るよりも、この実感の方が何倍も悲しくて苦しい。

そしてそれはおそらく高橋にとっても。だからこそあの表情だったんだろう。こういう展開を予想して、その結末も見通していたに違いない。


「……わかった、もういい……ごめんね、迷惑かけて」


「……ごめん……」


女子が出口へと小走りで駆けていく。それを苦い表情で見届ける高橋が一人残った。彼女が立ち去った後もその場に立ち尽くしている。

その時、ちょいちょいとシャツの袖を秋乃がつまんできた。ジッと目を見つめる。おそらく『このことは見なかったことにしよう』という意味のアイコンタクトだろう。僕は同意し頷いた。

というか口外する相手もいないけど。そうして高橋の方へ視線を戻す。


「「「……」」」


そこでふと気が付く。


――あれ……なんか、高橋と目があってるような。

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