第13話 ピンチ、あがる心拍数
「いやぁ、すげえな」
――学校、昼休み。田中が牛乳を飲みながらぼやく。視線の先には高橋 春斗と女子の群れ。もはやこのクラスではいつもの日常的な光景になっているが確かに改めて冷静に見ると凄い。なぜならあの一角だけハーレム系の漫画と化していて、とても同じ教室だとは思えないような雰囲気が流れている。勿論、佐々木のような取り巻きの男子はいるのだが、それにしても男女比がおかしい……いや、まって。よくよく見たらうちのクラスの女子じゃない奴いる!そりゃ男女比おかしいわ。気にしてなかったから気が付かんかった。恐るべし高橋人気。
「なあ、あいつのYooTubeライブって人どんくらい来るかしってるか?春」
どのくらい……気にしたことなかったな。高橋の配信ではどのくらいの人が集まるんだろうか。そういえば僕、自分とこの同接しか知らないな。他の配信者の同接ってどのくらいなんだろうか。
……うーむ、高橋 春斗は人気のYouTuberだしな。登録者30万(昨日帰って確認したら達成してた)の僕が平均2,3万くらいだから……いや、わかんないな。
(僕の同接から考えると、高橋の登録者数で数千とか?けど、あれだけ人気があればそんなもんじゃないだろうし……リアルであんなんなるくらいだぞ。数千なワケがない)
首を横に振り僕は田中にわからないと伝える。すると彼は三本指を立てにやりと笑った。3?……もしかして、3万人ってことか?やばいなそれ。たしか秋葉から聞いた話、高橋の登録者数って3万人くらいだったはず。であれば登録者のほぼ全員が観に来てくれてるってことか。マジか……やばいなそれ。
「昨日たまたま観たんだが、だいたい3000人くらい観に集まってたぜ。ヤバいよな」
……3000人。
『3万人かと思った』
「はあ!?ばっかお前、そんなん登録者何十万人とか上澄みの配信者くらいしか集まらねえ数字だぞ!!3000人でもかなりすげえ方なの!!」
いや、そうか……。まあ冷静に考えたらそうだな。確かに。わかってないなぁとあきれ返る田中。
「いや、春さぁ。想像してみって。3000人ってこの学校の生徒数がだいたい300人。3000って言ったら10倍だぞ!?その人数がみんな春斗の配信を観に来てるんだぞ?ヤバすぎだろ」
『確かに』
そう考えるとそうだな……身震いする人数だ。3万とか想像したら普通に怖くなってきた。考えるだけで歌えなくなりそう。配信開始時に秒で膝から崩れ落ちて終了、放送事故エンドです。ありがとうございました。
「……あー、ほーんと羨ましいなぁ」
深くため息を吐いて机に突っ伏す田中。
『何が?』
「俺にもさぁ、あんな風なイケメンな顔があれば。それか歌が上手かったりしたらああいう風に女子からモテたりしたのにさぁ。マジで羨ましい」
確かにその気持ちは同じ男子としてわかる。あれだけモテたら学業に追われる学生生活も楽しく思えるのかもしれない。文化祭、体育祭、修学旅行、様々なイベントごとでそれはそれは甘酸っぱくも切ない恋仲なんかも生まれたりしてな。
しかし僕は思う。田中なら高橋とまではいかなくても、普通に恋愛とかできるんじゃないか?と。顔はイケメンとまではいかなくても整っているし、なによりスポーツが異様にできる。そういう男子って普通にモテるんじゃないのか?
(多分こいつに足りないのは自信だけなんじゃないのか……いや、人の事いえないけど)
『そう?僕は田中もかっこいいと思うけど。野球上手いし』
「え!?」
いつもお世話になってるからな。せてもの気持ちでここは試しに褒めてみることにした。少しでも自信がついて何かに結びつけばいいなと、そういう気持ちで。僕のノートの一文を目の当たりにした田中は驚いたあと、すぐにだらしない顔になった。
「いやいやぁ~、お前なに急にほめてんだよ。え~ちょ、やめろよな。お前、マジさぁ……ったく。へへ」
……やっといてあれだけど、ちょろすぎるだろ。てか男に褒められたくらいで頬を赤らめてデレるな。やめろ、気持ちワルイ。おい、やめろ肩を組もうとするな。
田中の腕を払いのけていると、僕が本気で嫌がっていると思ったのかすぐに自分の椅子へと座りなおした。
「……でもさ。思うんだよなどうしても。ああいう表舞台で輝いている人間を見ると羨ましいなって」
人は自分にないモノに価値を見出す。自分にないから欲し、手に入らないものほどより欲しくなる。僕もかつてそうだった。あのYouTuberのように自分で作曲ができれば、作詞ができればと何度思った事だろう。でもできないものはできない。こういうのは如何にそこに早く気が付いて見切りをつけるかが重要なのだ。
(田中の野球の才能だってそうだろう。他の誰かからみれば羨ましくなるはずだ。少なくとも運動のできない僕には羨ましい才能の一つではある……結局、人っていうのは自分のもつモノの価値に気が付いていないだけなんだよな)
……田中も十分輝いてると思うけどな。少なくとも顔を隠してこそこそ活動している僕よりは間違いなく。
「……はぁ、彼女ほしい」
切ない表情でボソッと漏らす田中。うん、知ってた。結局彼女が欲しいだけなの知ってた。
もの欲しそうに春斗の方を見ている田中を尻目に僕は次の授業の準備を始める。
えーと、数学だったよな。教科書、教科書……っと。
ふと、廊下のざわめきが耳に届く。女子の黄色い声が反響し、次に男子のざわめきが近づいてくる。妙に思い廊下を眺めているとその原因がすぐにわかった。廊下側の開けっ放しの扉、その向こうで一人の少女がひょっこりと顔出した。
「――うおぁ!?秋乃 深宙ちゃん!?」
がたん!と驚きのあまり座っていた椅子から転げ落ちそうになる田中。いや、そこまで驚くか!?
「うわぁ、秋乃じゃん……」「めっちゃ可愛い」「なんで?」「今までウチのクラスに来たことねえのに」「え、え、なんで秋乃 深宙が……!?」「美人やなぁ」「誰みてんの?」
一人の生徒が顔を覗かせただけで凄まじい注目度。改めて秋乃 深宙という存在を僕は実感する。男子、女子ともに憧れる高値の花。さすがは同年代で人気のカリスマモデルと言ったところか、こう見るとやはり他の生徒とは雰囲気が違うように感じる。
ふと周囲を見れば田中を含めた周囲の男子が「ぐはぁ」とうめきながら地べたに崩れ落ちていく。さながら撃たれて倒れていくゲームのゾンビのように……なんともノリのいい連中である。でも床汚いぞ。
(……ていうか秋乃がなんでウチの教室に……?)
僕が不思議に思いつつ様子を伺っていると、秋乃がにんまり笑った。気のせいでなければ僕を見ている気がするが……しかし、この状況で話しかけられるわけもなく、僕は固まっていた。
やがて秋乃の近くにいた教室の女子が話しかける。
「あ、あの、秋乃さん。誰かにようですか……よかったら呼びます?」
「え?あ、ううん。大丈夫、ありがとう」
そういうと秋乃はこちらに手をひらひらと振りその場を後にした。……何だったんだ、今のは。
さっきのは一体どういう意味だったのか。気になった僕は秋乃へDMを送る。ちなみに連絡先は昨日秋乃を家まで送った時に教えてもらった。
『なにかあったのか?』
質素な一文。しかし余計なことをつらつら書くと変な風に捉えられてキモがられてしまう可能性があるのでこれくらいがちょうどいいだろう。これくらいが友達の距離。多分。
――数秒後、返事がきた。
『ううん。移動教室でね、ちょうど春くんのクラスの前通りかかったからちょっと顔みとこうって思ってさ』
――いや恋人かよ!!なんだそれ!!やめろよ、そういうの。男子はそういうのすぐ勘違いしちゃうんだからねっ。
冗談は置いといて僕もガチで年頃の男の子なのでからかうのは勘弁してほしい。無駄にドキドキしちゃうでしょうが。つうか、目立つから学校では絡まないでくれって昨日言いといたのにな……これはもっとちゃんと念を押しとかないとまずいか。
そんなことを考えていると床に倒れていた奴らが次々に起き上がってきた。さながら墓の中から復活するゾンビのような……田中もむくりと起き上がり、制服の汚れを払った。全員恍惚の表情を浮かべて満足そうなのが謎だが。
「いやぁ、まさか秋乃さんのご尊顔を拝めるとは。今日が人生で一番ラッキーなまであるぜ……ああ、くっそ可愛かったなぁ!結婚してー」
いや廊下ですれ違った時とかガン見してるでしょうが田中くんさぁ。口を開くたびに適当いうな、こいつは。
「んお、そういや次体育だったよな。そろそろ移動しとこーぜ」
僕は頷き席を立つ。たしか今日の体育は男女に分かれてのバスケットボールだったはず。野球に限らず球技の得意な田中は授業を受けるというよりも遊べるという感覚なのだろう、うきうきとしているのがわかる。たいして僕はというと体を動かすのが嫌なタイプなので座学よりも気分が乗らない。
「ほら何してんだよ春、いくぞー」
田中はジャージの入ったナップザックをしょい込み振り返る。こくこくと頷く僕。いつも思う……よくこんな無口で不愛想な奴にかかわる気になるなと。会話も基本筆談だし前髪異様に長いし、陰気だし。普通は関わろうとは思わない人種だろう。なのに田中は普通に接してくる。不思議なやつだ。
(人見知りであることと、配信者バレを防止するのに僕のこの近寄りがたい雰囲気は好都合だった……だから最初は田中を鬱陶しい奴に思っていた)
けど、ふとこうも思う。田中がいなかったら僕はとっくに佐々木や花園あたりにいじめられてたんじゃないか、と。僕なんかに近づいた理由にそういう思いがあったかはわからないし、聞いたこともないけど、いずれにせよ僕は田中という友達に助けられていることは確かだった。
更衣室でジャージに着替え体育館へと集合する2年C組の面々。コートを二分割にして男女別れ別々の先生が担当につく。男子を担当する先生は剛里先生と言い通称ゴリと呼ばれている。ちなみに運動神経も良くガタイも厳ついく顔もゴリラっぽい。けどそんな風にいわれているのゴリ先生だが、その反面、意外と映画を見て涙を流すという繊細な一面もあったりする。いやゴリラじゃん。
暑い日には自腹でスポドリ買ってくれたり、アイス買ってくれたりと良い先生である。
「さて、それじゃあ今日は前の授業で言ったとおり三人一組チームのミニゲームをするぞ。まずはチームAとBの試合だ。ビブスつけろー。先生が審判するから、得点は……そうだなとりあえずチームCの高橋 春斗と佐藤 春。10点先取で頼む」
「はい!」「!?」
え、ぼぼ、僕!?と内心めっちゃ焦る僕と爽やかに返事する高橋 春斗。さすがイケメン。返事一つとってもイケメンである。僕とは正反対の位置にいる人間。こんな奴とセットで並べられるとかかなりの罰ゲームだろ。
「えっと、佐藤君よろしく」
にこりと微笑む高橋。僕は慌ててこくこく頷いた。僕らが得点板についたのを確認した先生が試合スタートのホイッスルを鳴らす。しかし試合開始直後、再び笛が鳴りコートが沸いた。
「どおおおおおよ!!」
「すげええ」
「マジか!!」
試合開始、ボールを持った田中が長距離3ポイントを決めていた。いやバケモンかよ。田中が僕に親指を立ててくる。いやかっこいいかよ。僕は田中のチームAの得点を3点にした。
「す、凄いね田中君。はは」
高橋が笑った。イケメンやなぁ。つうか若干引いてるじゃん。あのイケメン高橋を引かせる運動神経……すげえな田中。お前ある意味勝ってるぞ。
「そういえば、佐藤君は田中君と仲が良いよね」
うんうん、と頷いて僕は肯定する。ノートが無いからな。
「野球も上手いし、バスケも上手い。いや、運動全般ができるのかな?あれだけできるのならすごく楽しいんだろうな。走り回っているだけでもめっちゃ笑ってるし……才能がある人は羨ましいな」
才能のある人が羨ましい?その一言に僕は少し驚く。歌が上手く、顔も良く、女子の人気もあり、運動だって田中程ではないが普通の人よりできる。つまり、この高橋ってやつは平均スペックはそこらの奴らを上回る人間だ。
羨まれることはあっても、他人を羨むような人種には思えなかった。
(……こんな、なんでも持っているような人間でも誰かを羨ましいなんて思うのか)
その何気ない一言で、なんとなく距離感が近く感じてしまった。田中をちょろいと評したくせに案外僕も似たようなもんだな。
「佐藤君もなにか得意なことってある?なんとなく絵とか上手そうなイメージなんだけど」
む、めっちゃ喋りかけてくるんだが……べつに嫌じゃないけど、緊張する。高橋から陽キャオーラ出てるせいか、僕が陰の者だからなのか、その両方のせいなのかわからないが視線を合わせるどころかまともに顔が見れない。って、普通の人とも目合わせられなかったわ。
まてまて、情けない自分を鑑みると気持ちがどんどん沈んでいくのでやめよう。ネガティブダメ、絶対。
しかし……絵、かぁ。上手けりゃそれで稼ぐ手もあったんだが。残念ながら得意ではない。小学校の頃に美術で描いた絵を秋葉の奴に馬鹿にされて以来まったく描いたこともないから当然と言えば当然なんだが。そういや秋葉は絵心あったよな。中学の時に部活で賞とかとったりしてたし……いやまて、今は秋葉は関係ない。テンパってるな僕。
つーかあれだ、あんまり考え込んでいたら無視されてると思っちゃうだろ。返事しないと。と、そこでふと気が付く。
……ノート持ってないから返事できない。ど、どうしよう。
圧倒的ピンチ。ヤバすぎる。クラスカーストの頂点である高橋の問いかけを無視する形になっているこの状況。おそらく、あとでこのことを仲間内で話題にされて何かしらの報復を受けるに違いない……佐々木あたりに。やべえ、どうするか。内心ガクブルってると、
「……あ、そっか。佐藤君は喋らない人なんだよね。ごめん」
僕が困っていることに気が付いたのか申し訳なさそうに高橋はそういった。僕は慌てて首を横に振る。
「ごめんね、答えやすいようにするよ。なるべく、「はい」か「いいえ」の二択で答えられるように……それでどうかな?」
僕は「はい」の意味を込め頷いた。
「うん、ありがとう。ごめんね、面倒かけて」
……いや、むしろこっちがごめんなんだよね。
あんまり話したことないから知らなかったけど、こんなめんどくさい感じの僕にも気を遣ってくれて……結構良い奴なのかもしれない。てかこの段階でもう良い奴確定か。少なくとも僕よりは確実に良い奴。あ、ネガっちゃった。
「……ところで、一つ聞いていいかな?」
頷く僕。そんな改まって一体なんだろう。
「お昼休みさ、僕らの教室に秋乃 深宙さんが来ただろ?あの時彼女、君の事見ていなかったかい?」
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