第9話 リクエスト


素顔を隠すためにデスクに置いてある覆面(妹の手作り)を被り、配信開始のアイコンを押す。隣にはコメント確認用にもう一台PCを起動させてあり、事前に流していた待機用BGM(著作権フリー)が止むとともに文字が高速で流れ、まるで滝のようになっている。


『きたー』

『きたか!!』

『バネ男』

『なにうたうんだろ』

『ばんわー』

『きたああああああ』

『相変わらず変なマスクしてんなw』

『それなw』

『はじまった!』

『あのマスク猫らしいよ』

『グロイ猫だな』

『夏花火うたって』

『いつもながらすげえ接続数だなー』

『まってたぜええええ!!!』


同時接続数1.2万。だいたいいつもこのくらいからスタートしてピークで約3万。ちなみに彼らが言うこの猫の被り物は妹が配信用に作ってくれたもので、歌いやすく口の部分が空いている。


見た目的なことを言うと、目が異様にデカかったり瞳孔があっちこっちいって焦点が合ってなかったり、口の部分が空いているのにその上部分に無理やり猫の口をかいていたりと、コメ欄で言われているように中々前衛的な黒猫のデザインだ。


妹曰くいくつか作った中でもこれが一番の最高傑作で愛嬌がある猫ちゃんらしい。僕の感想としてはおおむねリスナーの九割が書き込んでいるものと同じ(生き物として怖い、グロイ、他)だが、実際このマスクのおかげで画面にインパクトが生まれて軽くバズったので感謝している。


(……じゃ、一発かましますか)


一曲目をスタート。イントロが流れ出しさらにコメントのスピードが速まる。


『おおおおおおお』

『歌い雨』

『初っから歌い雨!!』

『やったああああ』

『これ好き』

『テンション上がってきた!!!』


『歌い雨』は先月映画化された有名漫画の主題歌。今のりに乗っている人気コンテンツであり、多くの人が知っている曲だ。僕は選曲するとき、必ずこうした流行の曲を数曲入れる。

後でshort動画に加工してYooTubeshort、ウィックトック、各SNSで流し宣伝するため。今は良い時代だ。こうして自作したshortを流すだけで金を使わずにかなりの宣伝効果を得られる。


『たまらん』

『ああああああ』

『映画のワンシーンが蘇るううううう』

『せつねええええ』

『あーたまらん』

『また観たくなってくるわ』


ちなみにいうとこういうタイアップ曲の原作や映画、漫画はできるだけ観るようにしている。その方がリスナーの視点に立てるし、世界観や伝えたい想いをより深く歌で表現できるからだ。こういうのは受け手にいかに寄り添うかが重要で、理解が深ければ深いほど熱心なファンになってくれやすい。


実際、作品を観たり買ったりする出費は痛い。だが、たくさんスパチャしてくれるリスナーやメンバーシップに入ってくれている人達への還元的な意味合いと感謝の気持ちがあって僕はそうしている。ついでに妹も喜ぶし。


そうこうしているうちにスパチャが飛んでくる。青、緑、橙、いくつものカラフルな色合いでコメント欄がまばらに彩られる。僕の主な収入源が、このスパチャ収益とメンバーシップの会員費である(もちろん収益は全て貰えるわけじゃなく30%が動画サイトの取り分になる)


『さすがバネ男いい歌声』

『中性的な声だから色んな歌に合うんよ』

『女性曲余裕ででるしな』

『かといって低いのが苦手ってわけでもない』

『やばすぎw』


曲が進み盛り上がるコメ欄(コメント欄)やがて歌が終了し、流れている曲を背景に挨拶とスパチャにお礼を述べていく。


『……こ、こんばんは。みんな今日も来てくれてありがとう。今日も、一日お疲れ様。『きんぎょ』さんスパチャありがとう、頑張ります。『カイト』さんスパチャありがとう映画またみたくなる?あー、わかります。ラストのあのシーンとか……あ、ネタバレになるから詳しくはいえないけど……『ARII』さんスパチャありがとう、まだ会社!?お疲れ様……って、え?仕事中?え?だ、大丈夫ですか……それ?『めめい』さんスパチャありがとう――』


スパチャの読み上げが半分を越えたら次の曲のイントロを流す。読み切れなかったものはまた後で改めて時間を取って。あまりトークが多いのも人によっては良く思われないからな。あくまで曲を聴きに来ているというリスナーも少なくないし。そういう人たちが離脱してしまう前に次の曲を始める。ポチーっと。


『あああああこれってこないだ出たばかりのアドマギの曲!!!』

『もう覚えたのかww』

『はええよw』

『すげえwww』

『やばぁww』


次の曲は『魔法幼女アドマギ』というアニメのOP曲、『醜悪の幸福』である。これはまだフルバージョンが出たばかりで音源を作るのに苦労した。でもこの歌ってみたという世界ではいかに流行りの曲を最速で出せるかが重要なのだ。勿論、クオリティが良いことが最低条件ではあるが、それにより再生数や登録者数が大きく変わってくる。

ちなみに音源は妹が耳コピで起こしてくれていて、ピアノの音源になっている。彼女への報酬はさっきいった流行りの映画や漫画、小説等だ。


二曲目、三曲目が終了する。


『次、四曲目は何がいいですか?リクエストあったりします?』


『ある日の恋』

『小さな心臓!』

『dog』

『夏の君お願いします!!』

『心菜の爆ボンボンボンで』


沢山のリクエストが出され、どれができるのかを考える。僕は一度聴いた曲と歌詞は完全に覚えられる。けれど、それだけで歌えるかと言われれば難しい所で、やはりある程度練習してあるものじゃないとミスる。それで前に音程を盛大に外して失敗したことがあるしな。苦い思い出だ。


えーと、どれにしようかな。コメントの波をかき分け選曲を悩んでいると予想外の所からリクエストが飛んだ。


「おにいちゃーん!!」


『!?』

『おおおう!?』

『この声は』


コメ欄が一斉に反応する。


『妹じゃね!?』

『久しぶりにきたか』

『神回』

『一か月ぶりか!』

『妹きたああああああああ!!』

『うっほおおおwwよくぞ来られたマイシスター!!』

『てめえの妹じゃねえww』

『相変わらずのアニメ声だな』

『かわいいいい』


この通り妹の存在はリスナーに知れ渡っており、たまに配信に出てくるレアキャラ的位置に百合は存在している。我が妹ながら可愛らしい声をしているのでリスナー的には嬉しいイベントなのだが、大抵とんでもない無茶ぶりをし始めるので僕的には恐れをなす存在である。ちなみにさっき言った失敗したことがあるというのは勿論妹がらみ。


『な、なに』


「お兄ちゃんにリクエストがあります!」


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