第7話 コミュ障たるや


顔を赤らめ返答に困る秋乃。それはそう!唐突にそんなこと言われたら気まずくてどうしていいかわからんくなるわ!こっちもこっちで羞恥心がヤバい!


「深宙ちゃん、どうかな!?」


「やめろやめろ!!すげえぐいぐいいくなお前。秋乃が困ってるだろーが」


「えー。だってこういうチャンスはモノにしとかないとさあ。深宙ちゃんがお嫁さんになってくれたら私も幸せだし!こんな素敵なお姉ちゃんができたら毎日ハッピーだよね!!」


「……いや、むしろそっちが狙いだろ」


「へへ、バレちまったか」


てへぺろっと舌をだす百合。そのやり取りをみていた秋乃は冗談だと理解してくれたようで、くすくす笑ってくれていた。いやぁ、さっきの地獄みてえな空気、どうなることかと思ったわ。めっちゃ恥ずかしい。お兄ちゃん恥ずかしいよ、百合。


「じゃあさ、お友達からどうでしょう!お兄ちゃんともお友達になってくれませんか?」


ふぁ!?ちょ、まてって。いい加減おちつけ。


「おい、百合。いい加減困らせるようなことを言うのは止めろ」


「でもね……私知ってるんだ。お兄ちゃん学校でも友達いないって」


(――!?)


物憂げな表情の百合と、悲痛な表情になる秋乃。妹が優しい目で僕を見つめる。

待って、やめて。そんな悲しい目で僕を見ないで。妹が兄にたいして向けていい目じゃないからそれ。いや、つーかなんで決めつけてるんだこいつは。


「失礼な……僕にだって友達くらいいるぞ!」


「でもお兄ちゃん学校じゃ喋らないんでしょ」


「え、ああ……まあ。声は出せないだろ。それで配信者だってバレしたらシャレにならないし」


「じゃあどうやってその友達とお話してるのさ」


「そりゃジェスチャーとか、筆談的なやつで……」


「ふーん」


ジト目で見つめてくる妹。


「まあ、お友達いるのは百歩譲って信じるし、わかったよ。でもさ、妹としてはちゃんと会話ができるお友達がいたほうが良いと思うんだよね。深宙ちゃんみたいな」


「……余計なお世話だろ」


「そうかなぁ。でもそんなんだからコミュ障もなおらなくて配信でも雑談下手かよって言われるんじゃないの?」


――ぐはっ。


「そういうの、早めになんとかした方が良いと思うけどなぁ。社会人になったらもっと困るだろうし」


「ぐ、く……そりゃ、まあ。わかっているけど」


その手の説教や忠告は、リスナーからも散々言われてきた。


『歌は上手いんだけど、将来が心配なんだよねぇ』『コミュ力ないのキャラ付けじゃなくてガチだから心配』『学校でいじめられてないかとふと心配になる』『この社会性の無さはひきこもりニートかもな』と、まあそんな感じの言われようだ。なんか若干ディスられてるようなコメントも多々あるが、そのくらい僕のトーク力がひどいので甘んじて受け入れるしかない。


(……まあ、私生活もそうだけど配信者としてもそろそろちゃんと考えないとな)


ことこういう配信者というものは人柄が人気に大きな影響を与えてくる。極端な話、歌がそこまで上手くなくても配信者としてのキャラクターが面白ければ、歌に興味のない人にもリーチできてよりチャンネルは伸びたりする。ホントなら僕もそういう方向でもチャンネルを伸ばしていかなければならない。けどできていない。


(ある意味面白いのだろうけど……)


そして他にも。この内向的コミュ力の無さの影響は企業案件にも及ぶ。こんな僕にも案件依頼が何度か来ていたことはあった。けれど、この僕のトーク力でまともに会話ができるとも思えずそもそも取り合ったことが無い。

多分通話したら『あ、もしもし。バネ男さんでしょうか?』『……あ、あ、えー……』『あの?』『……え、え、えっと……あ、う、あ……へへ』『やだ!なにこのキモオタ!もういいです!!ガチャン!ツー……ツー…‥』こんな感じで切られて終わるだろう。

メールも同様で、相手方とのやり取りが始まれば返事の文面とか思いつかずに考えていると気が付けば三日とか経っててそこで諦めちゃうという想像が容易にできてしまう。


……まあだからこそ、か。百合は、今の僕の状況を考えたうえでそう言ってくれているのかもしれない。


「はい、というわけで!深宙ちゃん、いい?お兄ちゃんとお友達になってもらって」


「ちょっと待て、だからってお前……!」


や、だとしても秋乃はだめだろ、普通に迷惑になるし。押しの強すぎる妹に翻弄されていると様子を伺っていた秋乃が口を開いた。


「うん、あたしはぜんぜん良いよ。むしろ嬉しいし」


「え……?」


僕はぽかんとあっけにとられる。


「あ……えっと、もしかしてそっちは嫌だった?」


「あ、え?嫌じゃないけど……」


「けど?『けど』ってなにかあるの?」


「いや、でもそっちが嫌じゃないのか?僕って、ほら……こんなだし」


「こんな?こんなって、どんな?」


「え、いや……」


「あの、さ……ホントは春くんの方があたしのこと嫌なんじゃないの?別に気にしなくていいから、そこははっきり言ってほしいな。じゃないとあたしも判断に困るよ」


「む……そ、そうだけど」


こういうところがあれなんだよな僕。くそ、マジでこの性格なおしてえ。秋乃の反応に慌てふためいていると、様子を見ていた百合が痺れを切らした。


「はーーーこれだからお兄ちゃんは。ダメですねえ、ほんと」


妹のクソデカため息が僕のメンタルを削る。もうすぐライフポイントもゼロになりそうです。


「深宙ちゃん、あのね」


「うん」


「お兄ちゃんがいう、『こんなだし』っていうのはね、こんな根暗で陰キャだから深宙ちゃんの友達としてふさわしくないし、自分は学校でも喋らないことで有名だし浮いてて気持ち悪がられているから一緒に居たら深宙ちゃんにも変なイメージついちゃうかもしれないし、だから迷惑をかけちゃうんじゃないか?って意味だよ……多分!」


くぅ……さすがは我が妹!まるで僕の学校生活を見てきたかのような正確性。でもなんでだろう、悔しい。

百合の解説を聞いた秋乃は笑う。


「あははは、えぇー!なにそれ、そんなのいくら春くんでも思わないでしょ!百合ちゃん面白い、ふふふ」


「いやいや、悲しいけどそうなんだよ深宙ちゃん。ね、お兄ちゃん?」


振られた僕は頷く。すると秋乃の笑みがさぁっと消え失せ、真顔でこうい言った。


「……マジ?」


マジです。すんません。


「そういう人なんですよ、ウチの兄は。めんどくさくてごめんね」


「あ、うん。自意識過剰なんだね、春くん」


ぐはぁっ!!オーバーキルですありがとうございました。


「あのさ、春くん。あたし別にそんなこと気にしないよ。春くんが陰キャでも陽キャでも関係ないし、というかそもそも配信観てるんだからそういう性格も知ってるし。全部込みで友達になりたいって思ってるんだけど……春くんのほうはどう?」


顔を近づけてくる秋乃。それに気おされ後ろへのけ反る。


「……あたしと、友達になってくれる……?」


「あ、は、はい……」


「んー?その反応……やっぱり嫌そうだなぁ」


「違うよ!お兄ちゃん照れてるだけ!」


「あ、そうなの……?」


僕は慌てて頷く。すると秋乃は「よかった」と言ってにんまり笑った。色んな意味で心臓に悪いな、この距離は。


「やったやったぁ!!よかったね、お兄ちゃん!深宙ちゃんとお友達になれて!!めでてえめでてえ!!いやあ、めでてぇよぉ!!べらんめえ!!」


まるで昔一度だけ連れて行ったことのある夏祭りの時みたいにテンションを爆上げする百合。恥ずかしいからやめてやめて。だめだもうこれ以上付き合ってられない。居づらすぎる。ちょうど時間もあれだし……地下に行こう。


「……あ、あー……そろそろ配信の時間だー、僕もういかないとー」


「!、逃げる気かお兄ちゃん!!なんだよその棒読みセリフ!」


「そ、そんなことないよー。あー、でも配信予定告知しちゃってるからさー」


「ふふふっ、春くん……面白いね。ははは」


「でしょでしょ!お兄ちゃん面白いんだよぉ。一緒にいたら毎日笑顔になれて幸せだよぉ~?」


「ぐっ」


お前、事あるごとに僕を押し売ろうとするな。まあ、秋乃ももう百合の冗談になれたのか普通に笑ってくれているからいいけど。しかし、よほど秋乃の事が気に入ったんだな百合は。

僕が椅子から立ち上がった時、百合も席をたって食器を片付けはじめた。


「あ、お兄ちゃん私洗い物しておくから配信の準備してていいよ」


「え……大丈夫なのか?」


「うん、今日すっごく調子いいから。あと体は動かさないとだし」


「そっか。わかった、ありがと」


まあ、最近調子悪い時が多かったからな。運動不足解消とまではいかないけど、少しでも動いた方が良いっていうのはある。


「百合ちゃんあたしも手伝うよ」


「ううん、だいじょうぶ。深宙ちゃんはお客様だし。座ってゆっくりしてて」


「ちがうよ、あたしはお客様じゃなくてお友達でしょ?手伝うよ、お友達として」


百合は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、深宙ちゃん」


「いえいえ」


ふたりキッチンにならんで洗い物をする。どうやら秋乃が洗剤で食器を洗い、百合が布巾で水気を拭くという流れらしい。食洗器という便利なモノが世の中にはあるらしいが、家にそんなものを買う余裕は無く、普通に手洗いをしている。まあ、そんなものがあったらこうして仲良く並ぶ二人の背中も見ることは無かったんだが。


(……姉妹みたいに見えるな、ほんと)


ウチの間取りはキッチン横の扉をあけると風呂場、その奥に洗面台、そしてトイレの順となっている。僕は配信に向け歯磨きをするべく、二人の後ろを通り洗面台へ向かう。ほんとはモノ食ってすぐに歯磨きはよろしくないらしい。しかし歯を磨かずに歌うのはちょっと気持ちが悪いのでしかたない。

歯ブラシをくわえるとキッチンから話し声が聞こえてくる。


「でね、学校でさ――」


「うんうん――」


ふたりの他愛ない話をラジオ代わりにしていると癒されるな。百合にとってもいい影響になっているに違いない。理由はどうあれ、秋乃が来てくれて良かったのかもしれない。


「ふふっ」


「?、どうしたの百合ちゃん」


「なんだか深宙ちゃん、お姉ちゃんみたいだなって」


「あ、それあたしも思ってた」


「え、ほんとに!?」


「うん。あたしにもし妹がいたら、百合ちゃんみたいな感じなのかなぁって」


「……深宙ちゃんは、妹いないの?」


「いないいない。兄が一人いるけど、全然顔も合わせないし。だから百合ちゃんと春くんみてたら羨ましいよ。あたしにも百合ちゃんみたいな妹がいればいいのにって思っちゃったもん」


「そ、そうなの?じゃあ、なってもいい」


「え?」


「み、深宙ちゃんのことお姉ちゃんってよんでも、いい?」


「あたしの妹になるの?」


「な、な、なってもいいですか」


「あはは、なんで急に敬語なのさ?いいよ、じゃあ百合ちゃんは今日からあたしの妹だねぇ」


「やった!お姉ちゃあーーん」


「おお、妹よー」


どうやらウチの百合が秋乃さん家の子になったようです。今日から寂しくなるな。あいつの部屋は僕の第二の部屋にしよう。ちょうど手狭になってきたところだったしな。……とまあ、冗談は置いといて、今の話からすると秋乃はもしかしてお兄さんと上手くいってないのか?

僕は口をゆすぐために水を含む。


「あ、そーだ!!今日のお兄ちゃんの配信お姉ちゃんもみていけば!?」


「――ブフーーーーッ、ゴホッゴホッ!!」


やべえ、洗面台が……くそ、百合のやつ急になに言い出して


「え、みたい!いいの!?……あ、でも良いのかな?あたしみてたら邪魔にならない?」


「いいよいいよ!見て行って!」


いや待って、なんでお前が決めちゃってるの?

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