第6話 黙って!?
「春くん、なにか手伝えることある……?」
百合ちゃんのルームツアーが終わった後、居間で仲良く雑談をしていた秋乃と百合だったが妹がトイレに行って一人になった。そして手持ち無沙汰になったのか、秋乃は僕のいるキッチンへとカラのグラスを手に持って歩いてきた。
「いや、大丈夫だ。こっちより妹と遊んでてやってくれ。あれだけ楽しそうな百合を見たのは久しぶりだから。まあ、相手するのは大変だろうけど……すまんな」
「ううん、そんなことないよ。あたしも楽しいし」
「そうか、なら良かった。麦茶おかわりいるか?」
「うん、ありがとう」
僕は鍋の火を止め冷蔵庫を開ける。ひんやりとした冷気が火を取り扱っていた僕の顔の熱気を奪い、心地いい。中から麦茶の入ったガラスのポット二つの内、一つを取り出した。
「……ふぅん」
「?、なんだよ」
「春くん、手慣れてるねぇ。もしかしていつもやってる?」
「まあな。母さん仕事で帰り遅いから。基本的には食事の用意は僕の担当だな」
「へえ、そうなんだ。さすがお兄ちゃんだ。偉いね」
「べつにそんなんでもないさ。料理するのも嫌いじゃないしな……ってなに笑ってんだよ」
「ふふっ、別になんでもないよ」
いや、何でもないわけないだろ。にまにましやがって。そういや誰かに褒められたの、久しぶりだな。昔はよく父さんが……いや、思い出すな。忘れろ、あの人の事は。
頭を撫でられた感触、繋いだ手の温度。僕は一瞬過った記憶を、黒い感情と共に深くへ追いやる。
――麦茶をついだグラスをテーブルへと置いた。
「あ、そういえば、お父さんは?お父さんもお仕事帰ってくるの遅いんだ?」
「え、あ……いや、父さんは……」
言いよどむ僕に、ん?と首を傾げる秋乃。何とも間の悪い質問だが、彼女にそれを知る由もなく、僕は困り果てる。
「?」
「……いや、その……」
極力、父さんの事は話題に出すこともしたくない。どう話題を変えたものかと悩みあぐねていると、妙な空気を感じたのか秋乃も気まずそうにしていた。
(……なにやってんだ僕は)
普通に言えばよかった。さらっと流せる余地はあった。なのに、どうして僕はこうも不器用なんだ。……情けない。いつもいつも上手くやれない。やっぱり普通にできない。こんな簡単なことすら。
「あの、春くん……あたし」
秋乃が何かを言おうとしたその時、ガチャリと扉が開き、
「あー!お兄ちゃんと深宙ちゃんがイチャついてるー!!」
トイレから戻ってきた百合がとんでもないことを言い放った。
「「いやイチャついてないけど!?」よ!?」
瞬時に否定する僕と秋乃。まるでお笑いのツッコミのようなキレで、ぴったりと声が重なっていた。
「あははは、二人同時!相性ピッタリだねぇ」
「うっさいわ!」
変な空気になっていたところを助けられたと思ったが、開口一番とんでもないぶっこみをかまされ別ベクトルに窮地に追いやられてしまう。見れば秋乃が動揺してさっき渡した麦茶をもう飲み干し、ふぅーっと息を大きく吐いて顔を赤らめていた。
……そりゃ嫌だし恥ずかしいよな、僕みたいなのと相性がピッタリとか言われるの。ごめんな秋乃。麦茶いっぱい飲んでいいから。妹を許してくれ。
「えー、なになに?私いない間ふたりでなに話してたのー?」
「え?ああ、いや……秋乃が百合と遊ぶのが楽しいってさ」
「ほんとに!?」
「へ……?あ、う、うん!楽しい!すっごく!」
さっきの動揺が消えていないようで慌てる秋乃。しかし妹はその言葉が嬉しかったのか気にせずテンション爆上げで喜んでいた。
「やったぁ!私も楽しいよー!深宙ちゃんといっぱいお話できて!」
「うん、そうだね。ふふ」
秋乃の腕にしがみつく百合。それを優しく撫でる秋乃。なんだか姉妹のように見えるな。そんなことを思いつつ僕は皿をテーブルに並べる。
「でもさ、ホントに夢みたいだなぁ」
「何が?」
「だって深宙ちゃんって芸能人でしょ。ドラマとか出てるテレビの向こうの人が家にいるなんて。しかも私の大好きで推しのあの深宙ちゃんが!」
「え?ドラマにも出てるのか……?」
「あ、うん。まあ、ちょい役だけどね。一応、仕事で」
マジで芸能人だな。てっきりモデルだけかと思っていた。今日これ大丈夫なのか?忙しいのに時間使わせちゃってて。
「深宙ちゃんはホントに凄いんだよ!YooTubeのチャンネル登録者も4万人だし、Pwitterとかウィンスタとかのフォロワーもたくさんいるしね!!」
まるで自分の事のように胸を張りドヤる百合さん。対する秋乃はというと、顔を赤らめ沈黙していた。こうド直球で褒められると秋乃も照れて何も言えなくなるんだな。これは使えるかもしれない。
「あ、でもね!お兄ちゃんも凄いんだよ!こう見えて歌上手いんだから!」
おいおいおい、おまえなに言い出したんだよおい。お兄ちゃんに流れ弾をぶちこむんじゃないよ。
嫌な予感がして言葉を挟もうとしたが、もう止められない。
「あ、うんうん!!春くん歌が上手いのあたしも知ってるよ!!あたし大ファンだもん!!」
話が自分からそれたのを察知して一気にテンションが上がる秋乃。おいふざけんな。
「知ってるの!?うわー、深宙ちゃんにまで認知されてるなんて、やっぱりお兄ちゃん凄いなぁ!!……って、あれ?もしかして今日家の前で待ってたのもお兄ちゃんのファンだから……?」
「うーんと、まあ、そんなとこかな……はは」
「す、すごい!家の兄は歌声でこんな美女を、しかもあの深宙ちゃんを魅了してしまうだなんて!!うちのお兄ちゃんヤバすぎるんだけどっ!!家の兄がヤバすぎる件!!」
「あははは、なにそれ百合ちゃん!ウケる」
いやホントになにそれだよ!なんなん、そのラノベのタイトルみたいなの!?もはやどう反応していいかもわからん。秋乃も普通に笑ってるし。百合が楽しそうなのは良いんだけど、居づらくてちょっと困る。
――しかしそこでふと気が付く。この状況に不思議と嫌な感じがしないことに。
僕は人と接することが苦手だ。だからこういう風にいじられるのも得意じゃないし、これをあまり親しくない奴にやられたら嫌悪感を抱く。そのいじりに同調した奴も同様だ。けど、秋乃にはそういう嫌な気持ちにはならない……なぜだろう。もしかしてファンだということを認識しているからか?ファンの事を大切だ思っている僕の心がそうさせているのか?……不思議だ。
(……というより、なんだか初めて話す気がしないんだよな、秋乃って。有名人だからか?)
違和感と心地よさ、妙な感じを抱きながらも僕は二人の会話を聞いていた。
◇
「いただきます」「いただきまーす!」「いただきますっ」
夕食が出来上がり三人で卓につく。今日の献立は麻婆豆腐とキャベツの千切りプチトマトのサラダに白米である。
「あ、悪い。秋乃、食べれないモノとか苦手なモノがあったら残していいからな」
「あ、うん……大丈夫。ありがとう」
「あと家はかなーり味付け薄いからな。口に合わなかったらごめんな」
「ぜーんぜん。あたし薄味好きだし、それも大丈夫」
薄味が好きか……とはいっても家は塩分控えめで作ってるから、かなり味薄く感じるだろうな。僕ら家族は慣れてるから大丈夫だけど、秋乃は果たしてどうかな。というか食事に誘う前に言っておくべきだったよな……反省。
秋乃は麻婆豆腐をスプーンで一すくいし、口へ運び入れた。もぐもぐと味わう彼女の顔を嫌でも注視してしまう。あ、や、嫌じゃないけど。やっぱり作り手としては受け手の反応が気になってしまうものだ。
「……うん、美味しい!」
にっこり笑う秋乃。無理してるようには見えない。どうやら本当に美味しいと思ってもらえているようだ。秋乃の家ももしかして……家と同じ感じなのか?
と何気なく百合を見てみると、なぜかスプーンを置いて真剣な顔をしていた。え、どうした?もしかして、お腹痛い?
内心、そう心配していると、百合は静かにうなずき秋乃にその真剣な眼差しを向けた。
「あの、さ……深宙ちゃん、正直どうかなお兄ちゃん」
「ん?どうかな……って、何が?」
「深宙ちゃんのお口にあう料理が作れる、歌もすっごく上手いし、勉強もそこそこできる。まあ不愛想でとっつきにくいのがちょっとあれだけど、実はすごく優しい。あと前髪あげたらわりと顔も整っててイケメンなんだよ……どうかな、妹の私からしても結構いいと思うんだよね」
いや、なに言い出したのお前?急にどうした?なんなん?
「お兄ちゃん将来のパートナーとして、すっごく良い物件だとおもうんだよね!!どうかな!?」
どうかな!?じゃねーよ!!
「ちょちょちょ、急にどうした百合!?一旦黙って!?」
「へ……あ、え、えっと……?」
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