第16話 自殺計画のはじまり
部屋に戻るとお嬢は背を向けてじっと動かない状態になっていた。
何かに集中していて俺の存在にも気づいていない。
声を掛けてみる。
「おい」
お嬢の身体がびくりと跳ねて落としたのはA5ほどの大きさがある一冊の本。
お嬢は慌てて拾い直す。その瞬間にちらりと見え、英文がタイトルの本なのは分かった。
どうやら待っている間に本棚から一冊借りて読んでいたようだ。
異国の地に来て母語の本があったら興味が惹かれるのは変なことではない。
俺はそう気にすることなく、こちらに来いと合図をした。
途端、思い出したようにもじもじしてはアヒルの子みたいにこちらについてくる。
一階に降りて、トイレに案内してやった。
お嬢はまだ本を大事そうに抱えていた。そんなにおもろいんかその本。
最後にドアの前で俺に頭を下げる。
……その所作にうっすらと違和感を覚えた。
お嬢がトイレに入ったのを確認して、なんとはなしに和室に向かう。
じじいがテレビを見ていた。
身体を横にして頬杖をついている。まるで我が家とでもいうような振る舞いだ。
番組から発せられるガヤの笑い声が聞こえると同時にため息がまろび出た。
「あんた、帰らないのか?」
「おう健司。今日は私も泊まることになったぞ」
顔だけこちらに向けて嬉しそうに言う。
俺だけでなくじじいまで泊めたのかよ。
つーことは。
和室から台所を覗く。
案の定、少女と女性が仲睦まじく会話していた。
……お人よしにも程がある。
「どこで寝るんだ」
「ここは広くてな、部屋ならいくらでも余っておる。私は一階の仏間、婦人と金色の異邦人は健司と同じく二階の空き部屋という話になった」
「どうして部屋が余ってるのに仏間で寝ようとしてんだあんたは」
「仏間じゃないと寝られないからだ」
「全然意味わかんないが」
なぜか神妙な面持ち。まあ、どうでもいいそんなことは。
「明日には帰るんだろうな」
「あの婦人はいざ知らず、健司がここにいるのなら私はここにいるつもりだぞ」
「なんでだよ」
「当然だろう。親と息子は一緒に住むに決まっている」
頭痛がしてきた。こいつの中の家族形態はいつの時代のもんだ。今どき二十歳超えて実家暮らしの方が珍しいぞ。
俺はうんざり気味にじじいを睨みつけた。
「いい加減俺をあんたの息子呼ばわりをするのをやめてくれ。迷惑だ」
「照れてるのか? 可愛いのう」
じじいは微笑ましいものを見る目。
本当に俺が息子だと思い込んでいるようだ。
「時間の無駄」という文字が頭に思い浮かび、相手をするのも馬鹿馬鹿しくなるが、
「ふざけ倒すなら勝手にしやがれ。だがな、今後も俺に付きまとうとするなら問答無用でストーカー認定して警察に駆け込むからな」
それだけは、はっきりと伝えた。
まるで聞こえていないかのようにじじいの様子は変わらない。
「健司、寝ないのか?」
「……言われなくても」
背を向ける。
和室の外に足が伸びた時。
「難しいの」
深奥から引き出したような。
重苦しい声で。
「他人の心に思慮を巡らすのは」
障子扉を閉めるために振り返る。
「なんだって?」
「おやすみ」
既にじじいの声色は穏やかなものに戻っていた。
部屋に戻った俺は掃除を行った。
と、言っても邪魔な本を無理やり本棚の上にずらし、窓を開け換気をした程度ではあるが。
ある程度埃っぽさが薄くなった時点で押し入れから布団を引っ張り出した。
敷いて、横になる。いずれやってくる眠気が俺を襲う前に今後について考えてみることにした。
当初からの目標は「東尋坊」で「孤独にカッコよく自殺をする」ことであった。
が。
思わず、手のひらで瞼を覆う。
誠に信じがたいが、偶然に偶然が重なり、同じく自殺を考える連中が発生。東尋坊という自殺場所の奪い合いが勃発したらしい。
では、俺が東尋坊で死ぬにはどうすればいいか。
ここまで何度か反芻した問い。同じ答えに着地する。
――やはり、説得である。どうにか自殺場所を別のところに変更してもらう。
恐らく、それしかないように俺は思う。
俺が少女に言った泊まりの期限三日はなんとなく決めたわけではない。
説得するのには材料がいる。その材料を探し、説得するのに一人当たり一日かかると定義する。
お嬢は明日警察に保護してもらうから除外。じじいはいずれ警察に逮捕してもらうからまた除外。そうなると残るのは、少女、女性、女の三人となる。
結果、かかる日数は三日。
それぞれに俺の熱意を理解してもらい、自殺場所のプレゼンもする。
双方納得の上、成立させる。
そして、邪魔者が誰もいなくなり、俺は孤独にカッコよく自殺をする。
名付けて――
決意を固めて掛布団を強くかぶる。
ネカフェの寝心地は最悪で、ここ二日、休息をちゃんと取れてはいなかった。
だから、静かで、リラックスできて、ふかふかの布団で、微睡むのにはそう時間はかからなかった。
――「自殺計画」だ。
作戦名かのように心中で呟き、そのくだらなさに笑って寝た。
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