第15話 金髪外国人お嬢様その4
お節介を焼きたがる人間というのは、いついかなる場合でも存在する。だが、それは自殺念慮を強く持っている場合に対しても当てはまるのだろうか。
……少なくとも俺には考えられない。自身さえ大事にできない人間に他人のことなんか考えられる余裕などあるものか。
――では、あの少女はなぜ、俺を家に泊めたのか。
その問いに答えが見出せない。
かいていたあぐらを解除して、俺は仰向けに寝っ転がった。
頭に固いものがぶつかる。見上げると、辞書みたいに分厚い本があった。どかそうと手を広げるとまた別の本がぶつかる。
部屋自体が狭いというわけではない。バカでかい本棚、横にある押し入れには恐らく寝具類、それと机に椅子が一つずつ、残りは大人一人が裕に布団を敷いて横になれるほどのスペース。一人部屋と考えれば十分な広さだ。
ただ、部屋の中には様々な書物が本棚に溢れかえり、何冊かはこのように散らばってしまっていている。少女の言う通り、掃除されてないから少し埃っぽい。
黒ずんだ天井を眺める。
この家はいつからあるんだろうか。見てすぐわかるほど古い。少女の祖父か、それよりもっと前の世代に建てられていてもおかしくない。親戚の叔父と一緒に住んでいるそうだが、まともに家に帰っていないあたり、叔父が所有している家かどうかは怪しいところだ。
……ってなに意味のないこと考えてんだ。くだらない。
首を横に振って考えを消す。一時的に視界が揺れ、やがて収まった時、そこには天井ではなく、
「うわっ」
お嬢が映っていた。俺を覗き込んでは肩を揺さぶられた。長い金の髪が俺の口元の数センチ上まで垂れ下がっている。
「んだよ」
ドア開けっぱなしにしていたからか気づかなかった。起き上がる。見る。
お嬢は立ったまま身体を抑えてもじもじしていた。
「~~ッ」
咽び、何かに耐え忍んでいる表情。
ああ、はい。水道水と言い、うどんの汁といい、そりゃ催すか。
漏らされても困るし、案内してやりたいが俺も場所がわからん。
……今はあまり会いたくないが、仕方ない。
俺はお嬢に待てのジェスチャーだけをして少女を探すために部屋から出た。
少女は台所で洗い物をしていた。
「ちょっといいか」
「はい……あれ、寝たんじゃないんですか?」
皿を洗いながら振り返る。慣れている手つきだ。
「やっぱり目が覚めた」
「さっき様子が変でしたけど」
「き、気にするな」
俺のしどろもどろな様子を見て、少女は不安そうに上目遣いでこちらを伺う。
「変になってるの、わたしが部屋に泊めることを提案してからです。わたし、余計なことしちゃいましたか?」
「別に、そういうわけではない」
ぎこちなく弁解するが、少女の表情にあまり変化はない。
代わりに力なく笑った。
「いいです。わたし自身、空気を読めないところがあるのは分かっています。実際、そのせいでわたし、嫌われ者ですし」
嫌われ者だって? この少女が?
意味わかんね。
「嫌われ者って誰がお前のことを嫌ってんだ」
「……学校のクラスメイトとか」
「それはないだろ」
「え」
「お前はまともな奴だ。自信を持っていい」
「は、はあ。そうですか」
戸惑うような沈黙に支配される。
蛇口から流しっぱなしの水が皿にぶつかる音だけが聞こえる。
ごまかすように少女は蛇口を締めてこちらを向き、ぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございます……」
少女の顔に朱が差している。
俺らしくない少し行き過ぎた発言をしたことをようやく自覚した。
「ああいや、なんでもない」
「なんでもない!?」
「撤回する」
「撤回!?」
「嘘だ」
「嘘!?」
「ところでトイレどこだ?」
少女の反応は分かりやすかった。
顔の朱が激烈な真っ赤になり。
険しい表情になり。
歯を食いしばり。
手をパーで掲げ。
「からかわないでください!」
平手打ちを食らった。
「階段に続く廊下をつきあたり右です! 分かったら二度と話しかけないでください!」
教えてくれてありがとう。
軽くしびれる頬を抑えながら俺は心の中で感謝した。
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