第13話 金髪外国人お嬢様その2

「ここです」


 俺は全体を見回す。

 ……見回さざるを得なかった。

 家というより、これは一つの屋敷。


 住宅街から外れて歩くは三十分。


 周囲に田んぼや畑が増えたアスファルトの延長線上にぽつんと、まるで迷路のゴールかのように置いてあった。

 瓦屋根にだだっ広い庭、入り口からは縁側が見える。石でできた門には木製の表札が引っ付いていた。


 ザ、田舎のでっかい古民家という感じ。


「ここに一人で住んでんのか……」

「正直、持て余してます」


 苦笑する少女を尻目に女性とじじいの目は点になっていた。


「……………!」

「おっきいわねぇ」


「なんでお前らも付いてきてるんだよ」


 二人は一瞬顔を見合わせ、各々答えた。


「………………!」

「心配なんだもん」


「じじいはいつまで黙ってんだ。もう喋っていいぞ」

「さあて来週のサ〇エさんはー? 父です。最近息子が私に怒鳴り散らかしてきます。反抗期も困ったものですね。今は息子につける薬を探している最中です。あ、息子につける薬って言っても性病の薬ではないですよ。さて次回は『む。中々立派な家だな』『息子についていくのは当然のことだろう』の二本です。来週もまた見てくださいね。ジャンケンポン。フハハハハ」

「黙れ」


 サ〇エさんに下ネタは出てこねーし、一本少ないし。


 女性はじじいの電波発言を華麗にスルーして俺に反抗的な目を向けた。


「それを言うなら君だって来る必要はないわよね」

「こいつをここまで運ぶ決断をしたのは俺だ。運んで目覚めるまでは付き合うよ」

「あと君、なにするか分かんないし……」

「そ、それは家主が俺を信用してくれれば……」


 少女の顔色を伺う。


 なんともない顔で言った。


「できませんけど」


 はい。


「とりあえず皆さん上がってください。お茶ぐらい出します」


 少女はガラガラと「訪問販売お断り」のシールが貼ってある古臭いドアを横押しに開ける。

 家に入った瞬間、木造建築特有の強烈な匂いがした。

 城とか図書館とか行った時に感じるアレだ。

 靴を脱ぎ、上がる。入ってすぐ左にある和室に背負っていたお嬢を寝かせた。


 様子を観察する。変化はない。

 悪化もしていないが好転もしていない。


 落ち着いた表情で胸を上下させて呼吸している。まるで絵画のよう。なんだか神秘的で見入ってしまう。


「この子、大丈夫かしら」


 女性の声が聞こえて我に返った。近くに他の人間がいるのを忘れていた。


「ど、どうだろうな。俺は医者じゃないから分からん。しばらく目を覚まさなかったら流石に救急車を呼ぼう」


 じじいはその隙を見逃さなかった。


「健司よ、発情するな」

「そこまではしてねーよ!」

「少しは認めちゃってるじゃない」

「ええいうるさい。患者の前でごちゃごちゃと喚くな!」

「逆ギレしないでくださいよ……」


 そうだ。落ち着け。こいつら(主にじじい)のペースに乗せられるな。


 しばらく外にいたから、このお嬢の身体は冷えているはずだ。


 まずは正常な体温の維持だな。


「そんなことはどうでもいい。おい家主、上がらせてもらってなんだが、布団と枕持ってきてくれ。如何せん場所が分からん」

「はい!」

「む。一人では辛かろう。運ぶのを手伝ってやろう」

「私もー」


 俺以外の全員が和室から飛び出していく。まもなく階段を上る音が聞こえた。

 和室には俺とお嬢の二人きりになった。

 あいつらがいなくなった途端、辺りが静かになる。


「まったく、騒がしい奴らだ」


 そう呟いた時、お嬢の瞼がぴくりと動いた。

 ふー。安堵のため息がまろび出た。


「起きろ。大丈夫か」


 肩を軽く揺さぶる。


「ウ……」


 お嬢の目が開く。自然な所作でゆっくりと身を起こした。


 周囲を見て、自身が知らないところにいることを理解したのか、疑問に染まった表情で俺を見つめる。ついで、口をパクパクさせた。声が出ていない。無理したのか喉元を抑えて咳き込む。


 水分不足で喉が枯れているのか。


「水持ってくるから。待ってろ」


 きょとんとしているお嬢から離れると俺は台所を探し、棚からガラス製のコップ取って水道水を注ぐ。

 ついでに冷蔵庫から角氷も貰い、冷やした。


「ほら」


 和室に戻りコップを渡す。

 だが、表情には迷いが見える。

 躊躇して中々飲まない。どうやら怪しんでいるようだ。


 しょうがない。


 俺はコップを奪うと目の前でぐいっと一口飲んだ。

 ほのかなカルキの味。水のうまみを阻害し、だからこそ絶対的安全性が証明されている日本の水だ。


「セーフティ」


 コップを差し出す。軽く笑いかけてやる。

 いや待て、俺口付けちまったから別のコップに変えないと。

 そう気づいた時には既にお嬢はごきゅごきゅと勢いよく水を飲み干していた。まあ、本人が気にしないならどうでもいいか。

 さらに俺にコップを手渡すと物欲しそうな顔で見つめる。


「もう一杯か?」


 問いかける。理解できずとも俺の言ったことがなんとなく分かるのか、うんうんと何度も頷いた。


 水を汲む。差し出す。飲む。手渡す。


「まだいくか?」


 頷く。水を汲む。差し出す。飲む。手渡す。


「まだまだいくか?」


 頷く。水を汲む。差し出す。飲む。手渡す。


「ま」


 皆まで言う前に頷く。水を汲む。差し出す。飲む。手渡す。


 次頷いたら水差しを探そうかと考えたところでようやくお嬢はむふーと満足げな表情で首を横に振った。

 よし、これでいいか。


 くぅ~。


 今度はお嬢の腹が鳴った。恥ずかし気にお腹を抑えるくらいなら最初から鳴らさないでほしい。


 ……そういえばハングリー言うてたしな。


「持ってきました!」


 ちょうど敷布団を少女、枕をじじい、掛布団を女性が持ってきた。

 男手の癖に枕持ってくるとか恥ずかしくないのかこのじじいは。


「いいところに来た。お前らの中で料理できる奴はいるか?」


「簡単なものなら作れますけど……」

「料理好きよ私」


 少女と女性が名乗り出た。


「……お前、作れるのか?」


 訊かれた少女は失笑する。


「毎日スーパーの弁当は飽きちゃうので仕方なく……」


 一人暮らしが故、身に着いた技能か。

 今まで散々馬鹿にしてきたが、意外にもこの少女、ハイスペックだ。 

 俺が感心する横でじじいはあくびをした。


「飯は女が作るもんだからのう……当然だな。な、息子よ」

「くたばれステレオタイプの老害じじい。早く現代社会から抹殺されてくれ」


 そいでお前ら、ドン引きした目でじじいと一緒に俺を見てこないでくれ。

 親子じゃねえから。誤解が解けてないせいで俺の株まで下げられてるよ。


 俺は二人に頭を下げた。


「……こんなこと頼める筋合いはないが、二人で協力して飯作ってもらっていいか? 腹減ってるらしい」

「あ、分かりました」

「オッケー」


 断られても仕方ないと思っていた。それならそれでテキトーなものを買ってくるだけの話だ。


 だから、すんなりと了解したことに俺は驚いた。


「なんでそんなにあっさり」


「困っている人はできる範囲で助けたいです」


「そうそう。それに外国の方ですし、日本が悪い国だと思われたくないわ」


 二人ともさも当たり前かのような顔している。


 俺は身を引いた。


 なんなんだこいつら。善人すぎる。


 俺が介抱しているのはひとえに東尋坊で自殺させないように説得するため。


 その意図がなければこんなガイジン、無視しているに決まっているのだ。


 よく他人にそこまで親切にできる。


 ――気持ち悪い。ありえない。何か裏があるはずだ。


 ――それは、なんだ。


「お腹すいた~早くぅ~」


 台所からトントンと包丁の小気味よい音が聞こえる。いつの間に用意したのか、なぜ自分も夕食にありつけると思ったのか、じじいは箸を片手で弄びながらちゃぶ台の上に顎を乗せうだうだ言っている。


 金髪外国人お嬢様は無垢な子供のような顔で布団に包まりながら木製の天井照明を物珍しそうに見つめていた。俺は俺自身がしばらく放心していたことにようやく気づいた。

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