第12話 金髪外国人お嬢様
「ハヤマルナー、ハヤマルナー」
三回目ともなればこの自殺止めマンの仕事にも慣れ……というより飽きが来ていて、どんな人間であろうが機械的な作業感で問答無用に止めるつもりだった。
だが、そもそも問答が困難な相手に出会うとは思ってなかった。
それが分かったのは俺が引き留めの言葉を発し、振り返った人物の顔つきを見たからだ。
――異国の人間。
わざとらしい金色の髪と白色の肌は見てすぐにそれが判断できた。年は少女よりはあり、俺よりはなさそう。
風貌を例えるなら……お嬢様だ。
国籍はぱっと見、米の人。
異国の自殺志願者に対する第一声。
焦って発した俺の言葉はあまりにも間抜けだった。
「えー、ジャパニーズオーケー?」
首を横に振られ。
そのまま静かに崖に委ねた下半身を空中に前進させた。
「ウェイトウェイト! ストップストップ!」
あからさまなジャパニーズ英語を披露したところで、お嬢の様子がおかしいことに気づく。
やつれた顔、目は虚ろ。
これはあれだ。言うなれば、今にも力尽きる直前ってやつだ。
その予想は的中し、お嬢はそうなる前に一言、俺でも分かる簡単な英文を唱えた。
「I'm hungry.」
*******
「お腹、すいてるって」
全員、目を丸くしている。
いきなりおぶって連れてきた金髪外国人。
いち早く反応したのはやはりじじいだった。
「……強姦とはやるじゃないか」
「殺すぞ」
「そうにしか見えんが」
また始まったよ、電波じじいの言い掛かりが。なあ?
同調を求める視線を残りの二人にぶつける。
なぜか、少女は俺に恐怖の眼差しを。
女性は、いそいそと携帯を耳に当てていた。
……え、マジ?
「――ええ、無抵抗の女の子を抱えてる男性が……特徴? ええと、目が隠れるかどうかの少し長めでぼさぼさの黒髪、中肉中背、少しだけイケてる顔、けど人と積極的に関われるほどの甲斐性もその自信もなくて、それなのにプライドだけはいっちょ前ーみたいな……端的に言うと残念な男性って感じで……」
「サツにかけんな」
携帯を奪い即切りした。
「あ~ん、携帯返して~」
女性は例のごとく両手で俺にぐるぐるパンチする。
だからそれ、胸が当たって素晴らしいのでやめてください。
少女は俺への眼差しをより一層険しくした。
「なぜかニヤニヤしながら通報を揉み消し……怖い」
「色々違う。聞け。こいつも自殺志願者だ」
言いながらお嬢を地面に横たえさせた。
少女の表情は晴れない。
「なんで気を失ってるんですか? 救急車呼んでくださいよ」
「なんでかは知らんが、多分、寝ているだけだ。呼吸の乱れや熱など身体の異常もなかった。救急車呼ぶにしても東尋坊に来るのには時間がかかる。もう少し近場で呼ぶ必要がある」
「……という言い訳をして、おぶりながら背中に伝わるおなごの柔肌の感触を堪能しておったんじゃろ?」
ざざん。
「してない」
「答えるのに間があったわねえ」
「やっぱり警察呼んだほうがいいです!」
「キャー、健司サンのエッチぃ!」
女性は穏やかな様子で、少女は興奮し、じじいは身体をくねらせた。
「と、とにかく、目が覚めるまでこの女をどこか休まる場所に移すぜよ!」
「ごまかしたわね」
「語尾土佐弁だし」
「キャー、健司サンの」
じじいに殴りかかる。
「甘いな」
すっと避けられた。無駄に俊敏な身のこなしをしやがる。
「それで、この女の子をどこで保護すればいいのかって話かしら?」
「そうだ」
「健司……さんの家じゃダメ?」
女性がぎこちなく尋ねてくる。
面倒だから指摘しないが、あんたまで健司呼びかよ。
そこでいきなり少女のキンキン声が割り込んできた。
「ダメです! この変態人間と2人きりにはしてはいけません!」
「失礼な。俺を……」
途端、とある記憶が蘇る。
『君みたいな性犯罪者のニートは……』
俺を睨む冷徹な目。
「せ、性犯罪者みたいに……言うな」
「なんか最後自信なさげになりました! これ前科ある人の反応です!」
「誤解だっ。そもそも、保護しようにも俺の家はここにはない。遠出して東尋坊まで来たんだよ」
「そうだな、確か健司の家は熊本の方に……」
「ややこしくなるからお前は黙っといてくれや」
すると少女が不思議そうな様子で、
「じゃあどこに泊まってるんですか?」
「……ネットカフェだ」
「ねっと、かふぇ?」
どうやら少女はネカフェを知らないようだ。
すかさず、女性が腰を屈めて少女の目線に合わせると、懇切丁寧に教え始めた。
「ネットカフェって言うのはね、自由にインターネットが使えたり、漫画が読めるカフェで、個室で泊まることもできる場所のことよ」
「どんな人が泊まってるんですか?」
「ええと、旅行中で泊まるお金を節約したい人とか、持ち家がそもそもない人がずっと泊まってて……」
少女が訝しむ。
「……そこって綺麗なんですか?」
女性は微妙な顔つきに。
「……まあ、綺麗なところもあるんじゃないかしら」
「質問を変えます。気絶した人を休ませるのに適していますか?」
「それは……ないわねえ」
「却下です。ホームレスやお金のない学生が行くようなところなんて危ないです!」
おいおいナチュラル差別発言。さりげなく俺にも刺してきたし。義務教育さん?
「じゃあどうするんだよ」
少女は腕を組んで数秒悩んだ後、吹っ切れたように高らかに言い放った。
「私の家があります!」
俺は即答した。
「アホか」
「なにがですか」
「いきなり知らん外国人連れてきて親になんて説明する気だよ」
「親はいません」
無理だろ、と問いかけようとした口が開いたまま固まる。
一度、少女の顔を見る。
至って真剣な顔。
「私が生まれてすぐにどこかにいなくなったと聞いています」
要するに捨て子。よくある、されど酷い話。頭を掻く。
「そうか、嫌なこと聞いて悪かったな」
「気にしなくていいです。どうでもいいことです」
毅然としている。少なくとも見た目上では気にしていないようだ。
「でもお前、私立の中学校に通ってるよな? 保護者がいるはずだ」
なぜか顔を曇らせたのはそのタイミングだった。
「……叔父さんは、今出張中で家にいません」
「いつ帰ってくるんだ? 明日にでも帰ってくるんじゃ」
「大丈夫です。あと一か月はいないと思います」
なんだそりゃあ。
少なくとも一か月以上、中学生の子供を自宅に残すって。
俺が思ったことを女性が代わりに言った。
「実質、一人暮らしってこと?」
「そう……なりますね。確かに」
言われて初めて気づいたかのような反応。その生活に慣れている証左だ。
「そんなのあまりにも無責任じゃ……」
俺は糾弾の意図が含まれた女性の声を遮った。
「それなら丁度いい。遠慮なく家を借りさせてもらおう」
「はい。付いてきてください」
女性が案じる様子で俺に目配せをした。
俺はかぶりを振ることで答える。
そういう奴も世の中にはいる。下らん同情は捨て置くのが吉だ。
俺はお嬢をおぶり、先導する少女の背中を追いかけた。
……それにどうせ自殺するなら関係ない話だしな。
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