第11話 会議という名の意見表明

 観光客用のテーブルに席をつき、つかせる。

 俺は一度だけ深呼吸して全員を見渡した。


 毒舌ボクっ子女。我関せずという風で一人だけ木に寄りかかりながら目を閉じている。

 青髪おしゃべりクソガキ。ビクビクしながら他の奴の顔色を窺っている。

 電波じじい。俺だけに焦点を合わせて眩い光線を放っている。

 お姉さん風天然女性。何を考えているのか分からない上手な笑顔を浮かべている。


 一通り見た後、俺はまず宣言する。


「俺はこの東尋坊で孤独に死にたい。だから今、ここで俺以外の人間が自殺するのはやめてほしいと思っている。色々言いたいことはあるだろうが、あんたら、これから許可が出るまで俺の質問にYESかNOを黙って頷くか、首を振るかで答えろ」


「なぜだか分からんが、分かったぞ健司」

「黙れ」


 こいつらを放置してまともに話ができるとは思えなかったからこその宣言だ。


 質問その一。


「ここにいる全員、自殺志願者でいいな?」


 まずはジャブ。とりあえず全員で自殺志願者であることを再認識するための簡単な質問。


 結果は火を見るよりも明らかである。


 ――YES一人、NO二人、無回答一人。


「……一旦発声することを許可する」


 頭が痛い。なんでだよ。ただの確認なのに割れんなよ。俺の頭も割れちまうよ。


 まず、NOと答えた女性に顔を向ける。

 圧を感じたのか、さっそく女性の笑顔が崩れた。


「おい嘘つき」

「ウソナンカツイテ」

「もういいから。それいいから。正直に答えろ」

「はい……。自殺しようとしてました。スミマセン」


 よし次。問い詰める前にじじいが言った。


「自殺って何の話だ?」

「……ここで酔っぱらって死のうとしてたことは覚えてるか?」

「全く」


 前の状態のままじゃねえか。


 ……試してみるか。


「よしえって誰だよ?」


 恐る恐る聞いてみる。

 前回の暴走具合から察するにこの固有名詞がこのじじいの弱点だと思ったが。

 じじいは呑気な顔のままだった。


「ああ、よしえは元気か?」

「……俺に聞いてんのか?」

「当たり前だろう。健司の家に居るはずだからな」

「だから俺は健司じゃ……もういい」


 俺の中で一つ、不変の事実が出来上がった。

 結論、こいつはいかなる時でもイカれてる。妄言に付き合うだけ無駄。

 一旦スルーだ。


 質問その二。


「死ぬ場所、方法……なんでもいい。自殺の過程にこだわりはあるか?」


 ――YES二人、NO一人、無回答一人。


 自殺するつもりがないらしいじじいはNO一択だった。


「あるなら各々話せ」

「はい」


 女性が姿勢よく手を挙げた。


「東尋坊で死にたいわ」

「……東尋坊じゃなきゃダメなのか?」

「はい」

「なんで」


 女性は丁寧な笑顔を変えずに答えた。


「一身上の都合です」


 そっすか。

 話したくないらしい。


 二人目、少女がおずおずと手を挙げた。


「……死ぬなら楽に死にたいです」


 俺は頷いて理解を示す。それは前から言っていたことだ。

 それだけの希望ならいくらでも死に様はある。

 よし、これで一人除外。

 そう思ったのもつかの間、女性が口を挟んできた。


「それなら落下死って確実に死ねるし、痛みも一瞬だから楽らしいって聞くわねえ」

「え! そうなんですか!」


 おい余計なこと言うな。まずい。少女の目が爛々と輝き出してる。


「いや、落下死って変に打ち所が良いと、もがき苦しむらしいぞ。ちゃんと頭を打てる自信があるのか? やめたほうがいいんじゃないか」


 そんな俺のあからさまなここで死ぬなオーラを感じ取った上で、なぜか少女はニヤリと笑った。


「じゃあ落下死にします」

「俺の話聞けや。あー、わかった。なら落下死にしてもここ以外でやれよ。ビルの屋上とか」

「いいえ。屋上から落ちたら、もし下に人がいた時に道連れにしちゃうじゃないですか。私、人様に迷惑だけはかけたくありません」


 それは同意するが……。

 反論する隙もなく少女は続けた。


「だから、東尋坊で落下死します」


 唸る。腑に落ちん。

 結局、ここで自殺するつもりがないのはじじいと。


「お前も答えなかったってことは東尋坊を譲るってことでいいな?」


 ずっと無回答だった女はそれまで閉じていた目を開くとこちらを……具体的には俺たちが座っているテーブルを冷めた目で見、鼻で笑う。


「勝手にボクをそのよくわからない集団に含めないでくれないかい?」

「含めてるつもりも、そもそも集団のつもりもない。まとめて事情聴取しているだけだ」


 こちらを胡乱な目つきで見つめる。

 その眼差しに潜む含意。

 それを理解したからこそ、見つめ返すことで抵抗をすることができた。

 俺の抵抗を知ってか知らずか、女はあっさりとこちらから視線を外し。


「あっそ。じゃあ答えてあげるよ」


 ぴしゃりと。


「東尋坊を譲るつもりは、ない」


 言うだけ言って、帰った。

 ざざん。


「変な女だのう……」


 じじいが言った。俺はツッコむ気にもなれず、うなだれる。


 確かに、あの女が言うようにこの面倒な奴らをここに呼び込んだのは俺。

 自業自得と言えばそれはそうだ。

 でもさー、俺はただ東尋坊で孤独死したかっただけだよ。世間にカッコつけるというちょっとしたオプション付きで。

 それがまさか、同じ目的を持つ複数人のライバルの出現で達成されないって。

 そんなアホなことあるかよ。


 向かいの席ではさっきの話で意気投合したのか、少女と女性が会話している。


「あの人、なんだかトゲトゲしていて怖かったです……」

「あんまり言わないであげてね。きっと色々抱えてるのよ。……それにあの子、大丈夫かしら」

「えっと、何がですか?」


 女性が口を開こうとしたところで。


「諸君、あれを見ろ!」


 じじいが叫んだ。


 全員でそちらを見る。


 嫌な予感が脳内で駆け巡り、すぐにそれが予感ではなく経験に基づいた直感であることを悟った。


 向かいの崖。人。


「はえー、こんな時間に観光する人、いるんですねえ」

「そうねえ。みんな暇なのねえ」

「崖に足だけを放り出しているところを見るにあれはきっと釣りだな。全長数十メートルの釣り竿で海に向かってえいやっとやるのだ。ロマンがあっていいのお」

「はえー、そんな方法の釣り、あるんですねえ」

「そうねえ。みんな暇なのねえ」


 馬鹿三人の会話を聞き流す。


 もう俺は何も言わずに走った。

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