第9話 じじいと女性と少女

「遅いです! どこで道草食ってたんですか! 約束無視したのかと思って怒りがマックス百パーセントになるところでしたよ! 連絡方法もないから確認もできないし、寒いんですよここ! 風がびゅうびゅう吹くし、お腹はすくしで満たされない思いを悶々と……ってわああああああああ!! なんですかいきなり!」


「走れ!」


 公園のブランコ、泣きそうな顔でゆらゆらしてた少女を連れて飛び出す。


 ここまでは勝手に女性の携帯を使って最短で来てやった。

 因みに、東尋坊には『じさつ(はぁと)』というタイトルでピンが刺さっていた。

 古いって。そのスラングは。


 背後には追っ手。

 隣には走りながらぎゃんぎゃん騒いでるクソガキ。


「なんなんですか!? どういうことですか!? さんざん待たせていきなり走らされるって! 走るくらいならさっさと帰ってきてくださいあほ!」

「そうだな。お前は可哀想だな、うんうん」

「なんでそんなに落ち着いてるんですか! 被害者の気持ちに寄り添ってしみじみ頷く第三者みたいな顔しないでください! あなたが犯人ですから! もっと罪の重さを噛みしめてくださいよ!」

「えー……要するにどういうことだ?」

「謝ってください今すぐに!」

「悪かった」

「雑です!」

「この度は私の無礼により多大なるご迷惑をお掛けしたこと謹んで」

「長いです!」

「ごめん」

「短いです!」

「なさい」

「あわせて!」

「ごめんなさい」


 ようやく少女はふんと鼻を鳴らして矛を収めてくれた。走りながら器用だなこいつ。

 というより。


「ガキのくせに意外と足早いなお前」

「わたしは優秀ですからね。全教科オール5です」


 得意げ。単純だなー。少し褒めたら簡単に機嫌治ったぞ。


「それで、あの二人はなんなんですか?」


 俺は恐る恐る後ろを振り返る。


「健司ぃ!!」

「携帯返して!!」


 すぐに正面に戻した。


「説明してくださいよ……」

「……一人はイカれてて、もう一人は偶発的に泥棒したから追いかけられてる」

「よく、わからないです」

「だから説明したくなかったんだよ」


 あれから俺、じじい、女性の順でおいかけっこ(誰が鬼か、もはや不明)は続いている。

 じじいは変わらず赤ら顔で千鳥足。まともではない。

 女性は汗をだらだらと流して化粧がはがれつつある。まとも……いや、この期に及んで諦められず付いてきている時点でまともではない。

 俺、まともまともまともまとも。まともではない奴らに絡まれてる可哀想な被害者である。


「自殺志願者がまともなわけないです」

「なぜわかる……」

「そんな顔してました」

「天才じゃねえか」


 走りながら考える。逃げようにも死ぬ気で走ってあと1キロが限界だ。

 じじいはぴったり付いてきている。隠れられる気もしない。

 じゃあ俺はどこに行かなければならないか。今はもう夜だということに気づく。


 不意に思い出す。あの女との意地の張り合いを。そして、今現在疾走してるまともじゃない奴らは総じて自殺志願者であり、過程は違えど向かう目的地は一緒であることを。


 暗闇の中、携帯の画面に映る鈍い光。機械音声が告げた。


「『じさつ(はぁと)』まであとイッテンゴキロメートルです」


 なるほどね。俺はやけくそ気味に夜空に呟いた。


「……集団自殺でもするかー」

「えぇ!?」


 レッツゴー、東尋坊!!

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