第8話 お姉さん風小物女性

 かなり適当に逃走したからわかんね。

 携帯を取り出す。

 が、画面がつかない。

 昨日今日と川に入水したせいで壊れちまったのかもしれない。

 どうしようかと悩んでいたところで、人が通りかかった。

 俺より年上か。三十行ってるか行ってないかの女性。

 化粧をしている。色気のあるお姉さんって感じだ。

 美人に話しかけるのは苦手だが、仕方ない。


「あのお、すみません」

「あら?」


 女性は振り返ると俺に笑顔を浮かべた。いい人そうだ。


「なにかしら?」

「その、道を訊きたいんですが、この付近にある公園の場所って分かりますか?」


 女性の表情に困惑の色が見えた。


「ここから近く……。ええと、一キロほど離れてるけど、そこかしら」

「ああ、多分それです」


 相当逃げ回ったからな。そのぐらい離れててもおかしくない。

 少女はまだ待っているだろうか。

 急がなければ。


「少し具体的な場所を見せてもらっていいですか?」

「ええ」


 俺は女性が調べてくれた携帯を覗きもうと近くに寄る。

 首元から深い、良い匂いがした。香水か。

 ドキドキするので本当にやめてほしい。

 それで、公園の場所は……あった。

 ぐにゃぐにゃのわけわかんねールートでここまで来たな。

 女性からしたらなぜここにいるのか意味不明だろう。


「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ」


 ……ん?


 俺の視線から携帯の画面が外れる直前、俺はとあることに気づいてしまった。

 今どきの携帯は便利なもので、マップ機能の一つに特定の場所にピンを刺してお気に入り登録をすることが出来るというものがある。

 俺は女性を改めて見た。


 カワイイけど。


 バックも何も持たず、手ぶら。


 ふーむ。


 ……これは、俺が幾度となく自殺志願者と出会って疑心暗鬼になっているだけだと信じたい。

 客観的に見てクロの確率は十パーも満たないってところか。

 一応確認だけはしとくか。


「あの、失礼なことをお聞きするんですが、これからどこか向かう予定ありますか?」


 女性はいたずらっぽく笑った。


「あらぁ? ナンパかしら?」

「い、い、い、いや、そんなんじゃないです!」


 誤解されてしまった。恥ずかしい。慌てふためいた。


「もうっ、こんなおばさん誘っても仕方ないでしょうに。うふふふ」


 ゼロパーだ。女性の余裕そうな表情を見て後悔する。

 全く、そんなポンポン人が自殺するわけないだろう。

 俺も馬鹿になったか。

 頭を下げた。


「散歩とかして自宅に帰る途中ですよね。すみません! なんか変な勘違いしてました!」


「うふふふふ」


「あの」


「うふふふふ」


「実際はどこに」


「うふふふふ」


 NPCみたいになっちゃったけど。

 おいおい。まさかな。


「さっき、東尋坊にピンが刺さってたんですが、観光目的って感じですか?」


「え! と、とととととと、東尋坊って何かしら?」


 ぴょんと小さくジャンプした。

 先ほどまでのお姉さん風はどこへやら、笑顔を浮かべながらも明らかに動揺している。


 ……三十パーセント。


「東尋坊、知らないんですか?」

「ええそうね、まったくこれっぽっちも」

「東尋坊、美味しいんですよ」

「へ? 美味しい………?」

「『東尋坊』っていう有名なケーキ屋さんの話なんですけど」

「ええ、ああ、そうなんですか。私てっきり崖……」

「てっきり? 崖?」

「ひ! な、なんでもない、です」


 俺は思った。


 この人、嘘が下手すぎる。


 大体、この付近に住んでて東尋坊を知らないわけないだろ。 

 というか、この人の場合、こんなまどろっこしい罠掛ける必要ない。

 もう俺ははっきり言った。


「もしかして、東尋坊で自殺しようとしてます?」


 瞬間、女性は仰天して尻餅をついた。


「じ、じ、じじじじ自殺ですって!?」

「ええ、東尋坊ってよく飛び降り自殺する人が多いことで有名なんですよね」


 女性は顔の前で手をぶんぶん振った。


「じ、自殺なんてするわけないわ!」

「ところで最近、何か嫌なことありました?」

「そうなのよ。最近お客さんからストーカーされたり、同じ店の子からイジメられたり、店長からはセクハラされたり、スーパーのお野菜が三割も値上がりしたり……もう辛いことばっかり……。仕事も辞めたらこの先どうすればいいのか分からなくって……」

「つまり、どういう気分ですか?」

「もう死にたいぐらいなのよ~!」

「なるほど」

「……あっ」


 喋った後に口元抑えても遅いっす。


「こ、これは違くて、言葉の綾で……」

「分かりました。少し話したいことがあるんで付いてきてください」

「交番に連れて行くんですか!? それだけはやめて!」

「違います」

「う、嘘つき! そういって皆平気な顔して私を騙そうとするんでしょ!」

「噓つきはあなたです」


 ダンゴムシのようにしゃがみ込んでここから離れまいとする女性。丸く硬くなりながら喚く。


「ウソナンカツイテナイワ!」

「なおのこと嘘つきです。全部カタカナだし。じゃあ証拠に携帯貸してください」


 地面に落としていた携帯を拾った。


「やめてえ。携帯返して~」


 ダンゴムシが起き上がって抵抗を試みる。

 ポカポカと肩を殴られたけど。

 ……無神経すぎる、この人。

 拳以外も当たってる。

 当たってるから。豊満な二つのふくらみが。

 童貞には火力が高すぎる。ポケモンで例えるなら命中率百パーセントの一撃必殺。

 ゲーム崩壊である。

 だがしかし、俺はクールな男。

 冷静沈着に説得を試みる。


「か、か、返しますすすすすかかから、おちち乳ついて」

「どうしたの急に!?」


 無様と童貞を晒す。

 そんな最悪のタイミングで。


「見つけたぞぉひっく。健司!!!」


 来たよ、最悪な奴が。

 左手にはあっという間に空になったであろう酒瓶を持ち、より一層顔を真っ赤にした奴が千鳥足なのにそれなりのスピードでやってくる。想像してみてほしい。異常な光景である。


 筋肉痛の下半身を無理やり稼働させる。

 背を向け足を前進させた。

 その間もなく背後から嘆く声が聞こえる。


「だから携帯返してってえ! 待って~」


 あ、忘れてた。

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