第7話 電波じじいその3
コンビニなんか来なければよかった。
なんか、いる。
「あぁ~、気持ちいいいいいいウケケケケケケ」
「あのお、他のお客様のご迷惑になりますから店の前では静かに」
「うるさいのぅ、そんなに飲みたいならやるわ。ほらほら」
「い、いらないです!」
見覚えのあるじじいがバイトの学生と思しき男性店員にアルハラしていた。
注意されるのは当たり前だ。酔っ払いが店の前でたむろしている店、誰も来るわけがない。
しかも入り口に酒瓶を数本まき散らしてる。ここは渋谷か?
……俺はコイツに金を取り立てようとしてたのか。
アホだな、俺は。こんな奴、近づくこと自体が間違いだったのだ。
他のコンビニを調べる。街外れなこともあってそれなりに時間がかかりそうだ。
くそ、バレないように行くしかないのか。
俺は腕で顔を隠しながらそーっとじじいの横を通りすぎた。
ふー。
なんとかバレずに店内には入れた。
案の定、不審者のせいで店内はガラガラ。アイスコーナーの前に立つ。
とりあえず、ストロベリーな。あったあった。カップアイスを手に取る。
ついでに俺も一個買っときたいところだが、そんな金の余裕はない。
こんなもの買うぐらいならカップ麺買うほうが腹の足しになる。
ということで目的は果たしたわけだが……。
外の様子を見て怯えながら会計をしている女性店員を眺めながら俺は嫌な予感をひしひしと感じていた。
じじいと店員はまだ揉めていた。
「どうだ日本酒の味は? うまかろう? ヒヒヒヒ」
「んぐっ、やめてください! 警察呼びますよ!」
じじいは店員に無理やり酒を飲ますのに必死だ。これなら大丈夫そうだ。
ありがとう名も知らぬ店員よ。多分あんたは仕事をいくら頑張っても給料は変わらないし、こんな奴に応対するのは損でしかないと思ってるだろう。だが、あんたのおかげで救われる奴もいるんだぞ。ここにな。
世の中、意味のないと思われる仕事が意外と人の役に立っているもんだな。
と、一見深そうでごく当たり前の実感を呑気に味わっていたのが良くなかった。
――店員が顔を真っ赤にしてダウンしていた。
「へぁ、なんだ。もう気絶しおったか。今どきの若いもんは酒に弱いのう……。む、貴様は……」
注意が散漫し、俺に気づきやがった。
そしてむくりと起き上がるとなぜか昼間とは一変、俺に近づいてきやがった。
俺は後ずさり。
「ようやく見つけたわあ」
「だ、誰だあんたは。人違いだ」
「ふははははは」
装うが、笑うじじいの足取りに迷いがない。
確実にバレている。つーか笑い方いちいちキモすぎるだろ。
「もう金はいらねえから、俺に関わるんじゃねぇ!」
俺の怒鳴り声が聞こえてないのか、意識もおぼろげ、赤ら顔でじじいはとんでもないことを口走った。
「こ~んなところにいよったか! 親愛なる我が息子よ!!」
「は!?」
抱き着く姿勢で俺に急接近。すんでのところで回避した。
2Dアクションゲームでこの手のウザい敵がいたのを思い出す。延々とはめ続けてくるタイプの奴。思い出しとる場合か。
ダッシュでその場から逃げた。
当然のようにじじいは追いかけてくる。
こうして俺とじじいの追いかけっこ(攻守交替)第二ラウンドが始まった。
「人違いなどと嘘なんかつきおって、それがなおさら健司らしいのう!」
「ガチで人違いだからそれ! 俺は健司じゃねー!」
耳に入り込んでくるテンションの高い見当違いに反論しながら走る。
不幸中の幸いなのは昼間よりもじじいの足の速さにデバフがかかっていることだ。
そりゃそうだ。べろべろに酔っぱらっている。まともな人間ならまっすぐ走ることすらままならないだろう。
だが、それでもじじいは俺と同じスピードで一定の距離のまま追いかけ続けている。
このままでは確実に俺の体力負けだ。
こうなったら秘密兵器を使うしかない。
俺はレジ袋からとあるものを取り出す。念のために追加で買ってきたもの。
てってれー、じじいが飲んでたのと同じ日本酒ー。
……酒瓶、1250円(税込み)の散財である。くそが。
「健司ぃ~、待っておくれよ~」
「黙れくそじじい!」
ちょうど上り坂に差し掛かる。使うならここだ。
俺はある程度の地点まで進んだところで、後ろから追いかけてくるじじいに向かってそれを転がした。
「ほらよ!」
「む? これは私が相棒、『五郎丸』じゃないか! 待てい!」
じじいは逆走し、転がった瓶を追いかけていった。
綺麗に上手くいった。犬のフリスビー作戦。
上手くいくなよこんなもん。
とにかく、これで少しは時間稼げるだろう。
で。
ここはどこだ。
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