第3話 青髪生意気クソガキ少女

PCのファンの音で目が覚めた。 

重みを感じる目を擦る。 

天井ではプロペラのようなものがくるくるとうっとおしく回っている。

なんつーんだっけこれ。 

上体を起こす。首が痛い。寝違えたようだ。 

机の上にあるコンセントで充電した携帯を手に取る。

現在、時刻は午前11時。 

俺が午前中に起きれたことはかなり珍しい。 

それほど、ここの寝心地は悪かった。 

これが人生で最後のネカフェであることを祈るばかりだ。

つーか、こんな目に合ってるのは全部あの女のせいだ。 

本来なら昨日のうちに死ねたものを。 

湧き上がる感情を抑えるように深呼吸する。 

ぐちぐち言ってても仕方ない。 

俺は軽く伸びをすると、ネカフェから出た。



外は昼間なのに寒い。薄暗い曇り空は今の俺の気分を表しているようだった。

んで、これからどうするかだが。

俺は自殺する時は人気のない夜だと決めている。

誰にも見られず、孤独の中で人知れず死んだ方がカッコいいと思っているからである。 

つまり、今から夜までは暇である。

俺がここまで持ち込んだ資金の都合上、ネカフェに居続けることもできない。 だから外出した。

やることはない。 俺は街をぶらぶらと歩き、時間を潰すことにした。  



 


あっちこっち歩いているうちにいつの間にか、俺は河川敷にいた。

昼間だからか、近くに人は見当たらない。

それなりに綺麗な川はそれなりの勢いで滔々と流れていた。 

風通しがよく、街にいる時よりもさらに肌寒い。 

だが、これがいい。 

死ぬ前に快適な気分でいるとなんだか気持ち悪い。不快だからこそ死にたいと思える。しばらく川を眺めながらこの寒さを満喫するか。


……ん? 

遠目に川の一部分が泡立っていることに気が付く。

気になって近づいてみる。薄い青の水面。その上にさらに濃い青色の塊がさらさらと浮いている。そこから何か聞こえた。耳を澄ます。


「あっぷ。あっぷ」 


 ……なーんだ、子供が溺れているだけかー。 子供が死んじゃうところを眺めながら助けなかった後悔に囚われて自殺するのもおつなもんだな。ははは。 


……うーんと。 


いくらなんでもそれはねえって。 


救急を呼んでも間に合わないことは明らか。周りには誰もいない。俺がやるしかない。

慎重に川に入る。川の中央に子供はいた。深さは大したことはないと思っていたが、それは川の岸側だったからで、先に進めば進むほど、どんどん深くなっていく。ついには俺の下半身は完全に埋まるまでの水位となった。それも川の流れが速いので足を取られたら俺でもまずい。子供は少しずつ川に流されながらハチャメチャに足や手を動かしている。一見して、泳げないことが分かる。 なんとか手が届きそうなところで、思い切り叫ぶ。


「掴まれ!」 


 手を差し出す。が、バタバタと動かす手に弾かれた。パニック状態になっている。

 こちらから掴むしかない。 

 さらに距離を縮める。


「大丈夫だ。落ち着け」 


 そう声をかけながら肩を掴み、こちらに引き寄せた。

 青の塊の正体……青がかった長い髪が俺の頬に張り付く。 

 首元から激しい息遣いが聞こえる。

 こそばゆい。川の土臭い匂いと共に微かにいい匂いがした。 


 子供の正体がセーラー服を着ている少女であることに気づいたのはその時であった。  


 抱き上げたまま運び、なんとか岸に戻った後、俺は、倒れ伏してげほげほと咳き込んでいる少女をしげしげと見る。


 ちっこいなあ。 


 子供は子供だが、俺が想定していたのは小学校低学年とか幼稚園児とかそのレベルだぞ。 

 なんか下着も透けてるし。純白色好きだねみんな。

 ……児ポはあかん。

 見てはいけないものを見ている気分になり、すぐにそこから目を逸らした。


 ふと、セーラー服の紋章に目が止まる。

 この紋章、今日ここに来る途中で見かけたな。

 入水したせいでびっしょり濡れた携帯で調べてみる。あった。私立明都中学校。  

 ここから徒歩10分。

 えーっと。

 偏差値は65。なかなかやるじゃないか。

 学費は……おうおう良いとこ通ってんなあ。金持ちめ。 


 とか、明らかに人として失礼に値する行為をしていると、いきなり足を掴まれた。 


 ぜえぜえ言いながら、鼻をぐずぐずにしながら、涙で濡らし、けれど何か強い意志を持った目が見える。 俺は嫌な気配を察知していち早く飛び退いた。

 助けたのは人間としての尊厳のためだけでそれ以外の要素を俺は望まない。


「礼ならいらん。じゃあな。お前は元気に生きてけよ。クソガキよ」 


 俺は立ち上がり、そう言い残して靴からビチャビチャと音を鳴らして去った。

 カッコつけたが、格好がつかなかった。


 後でしまむらのおばちゃん店員にぎょっとした目で見られながら予備の服を買う羽目になったのは言うまでもない。

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