宙に文字をひらう

柴田彼女

宙に文字をひらう

 母は小説家だった。

 高校時代に執筆を始め、大学時代に目立つ賞をいくつか取り、流れのままに作家となった。

 家庭を持ち、子どもを持っても、母は高いクオリティを保ちながらコンスタントに執筆を続けた。高頻度で出版される母の小説は、容易く私たちの生活の軸となるほどの金銭を産む。

 父も父で働いていたが、一般企業のサラリーマンと母の収入には雲泥の差があった。

 母はその程度のことで偉そうぶるような人間ではなかったが、父はどこかいつも申し訳なさそうに、あるいは狭苦しいような思いをしていて、そこはあるいは父のプライドのような、何か引っかかるものがあったのかもしれない。

 母が日常的に使う言い回しやボキャブラリーの多さ、まるで地の文をつらつらと読み上げるかのような語り口は、私の国語力の上昇に明確な作用をもたらした。いつもクラスで一番点数のいい国語や道徳の答案用紙を母に見せると、母はにっこりと笑って、

「あなたが言葉のことを好きなら、嬉しいところね」

 と笑った。


 母は短編から中編の小説を得意とする作家だった。

 長編が書けないというわけではないが、とにかく数千文字から数万文字の小説を書き上げるペースが異常に早く、一日もあれば一万字程度の話は三、四本と簡単そうに仕上げてみせた。

 原稿を落とすこともない、遅れるどころか前倒しで上げてくる母を編集者は信頼し、頻繁に仕事を回してくる。ほんの数ページ空きがあれば、母は誰もが注目する文章をそこにぴったりと当てはめ込むことができる。



 母の執筆の仕方を知っているのは、私と父、二人だけだった。

 父は母の書きかたを「憑依」と表現したけれど、私から見ればそれは「回収」と「濃縮」、そして「整頓」だった。

 まず、母は家をぐるぐる回って、部屋の中をぐるぐると見回し続ける。そして不意に何かをパッと捕まえると、片手に持っていた蓋つきの壺の中にそれを押し入れるような動作をする。それが終わればまたきょろきょろと周囲を見渡し、また何かを見つけては掴み、壺に入れる。三千字ほどの小説なら十分ほど、一万字の小説なら小一時間。

 そのような作業を続け、満足すると母はその壺に蓋をして、ガムテープで透き間なく留めてしまう。

 母の執筆部屋には大小さまざまな壺が百個近くも置いてあって、壺の側面には貼り付けたガムテープの上に『三千』や『五千』、『八万』、『三万六千』などと書いてある。


 電話やメッセージで、担当者から大体どのくらいの長さの小説を、いついつまでに、と依頼があると、その文字数と合致する数字の、壺の中で一番古いものを母はゆっくりと開封する。

「うん、ちょうどこなれているね」

 中身を確認し、問題ないことを理解した母はそれを風呂持って行く。

 大きな銀色のたらいの中に中身をひっくり返すと、ザララララララ……と、そこには何も落ちてきていないはずなのに硬い何かがぶつかる音が鳴る。母はシャワーから勢いよく熱い湯を出して、中にある何かを丁寧に洗い始める。指先でこすり、揉み洗いするように擦りつけ合い、絡まりを丁寧にほぐす。

 一通り洗い終わると、母は洗っていた見えない何かを丁寧に一本ずつ引き抜くような動きを行い、タオルで水分を取っていく。一本一本を丁寧に重ね、絡まないように気を配りながらそれを自分の執筆部屋に運び、部屋に渡している一本のロープに、その見えない何かを洗濯ばさみで右から順に干していく。

 一本、二本、三本、四本――

 左端まで干し終わると、母はPCを開く。

 Wordを立ち上げて、目の前に吊るされているらしき、見えない何かを何度も確認しながら、まるでそれを書き写すみたいにキーボードを叩き続けるのだ。十分ほどすると右端から始まった目線が左の際まで動き切る。そうすると母は右から順番に洗濯ばさみを外し、吊るしていた何かを外して部屋の隅に重ねる。そうしてまた先ほど水分を取った何かの残りを先ほどと同じように右から左へ一つ一つ丁寧に吊るし、吊るし終わるとそれをちらちらと何度も確認しながらまたキーボードを叩く。


「よし、できた」

 そう言った母が、データを保存し、タイトルをつける。背後から私がPCを見ると、そこには奇抜で、しかし非常に興味深い短編小説が完成している。壺を開けてからまだ一時間半も経っていない。

 洗濯ばさみを外している母の背に、

「私もそれって触れるの?」

 と訊ねてみる。すると母は、

「人に選るし、あまり快いものでもないけれど、どうする? 確かめてみる?」

 私は真剣に頷き、母の傍らに立つ。母に手渡された見えない何かが半分ほどだけだろう、掌に乗る。と同時、強い刺激を感じる。まるでサボテンの針に触れてしまったかのような、鋭い、奥に響く痛み。思わず手を引っ込めると、

「うん、やめておいたほうがいい。見えない人が触ると、だいたいそうなる」

 そう言って、母はその痛みの原因について話してくれた。


「お母さん、よく壺を持って家中を歩いているよね? それで、何かを見つけると空中に手を伸ばして、それを掴んで壺に突っ込んでいる。あれはね、文字を拾っているの。いや、文字というか、文章の破片なのかな。でも、どうにも日本語としては不十分なの。『私は拾った犬に太陽へ見送りましたが、声が戻ってくるまではそれが総てであると知り得るにできることがありませんね』みたいな、よくわからない、壊れたAIみたいな、ただの羅列すれすれの文章。そういうのを拾い集めて、既定の文字数に足りるまで壺に詰めるの。それができたら、壺に封をする。蓋をして、和紙で頭巾のように被せ物をして、麻紐で縛って、それからガムテープでぐるぐる巻きにする。側面に日と文字数を書いて、必要になる日までそのまま封をしたままにする。あなたならきっと、『蟲毒』って知っているよね。ああいうイメージかな。言葉と言葉を互いに食い合うように仕向けて、正しい文章になるまで追い詰めさせるの。その追い詰められた文章は、誰にも書けないくらい、本当に面白いのよ」

 母が笑いながらパッと宙に手を伸ばす。ほら、今お母さんは文字を掴んだの。見える? 私は首を横に振る。だよね。母が手を放す。おそらく文字は自由を取り戻し、またこの部屋を泳ぎ出したのだろう。

「誰かに何文字くらいの小説を書いてくださいってお願いされたら、古い順にその文字数に合った壺を開ける。そうすると、大量の汚物と共に、文章が完成している。だからお母さんはお風呂場で汚れを洗い落として、タオルドライして、執筆部屋に持っていって、一行目から順番に吊るしてあげるの。そうすると、ちゃんとした小説になっているのよ。お母さんは、それをただ書き写すだけ。それだけで小説が書ける。書き写すだけだから頭も使わないし、行数は頭に『0001』『0002』『0003』みたいに番号が振られているから間違うこともない。ただただコピーアンドペーストするだけの単純作業だからたいして時間もかからないし、だから締め切りに遅刻することもまずない。その小説を送ってあげると、皆から本当に褒められる。素晴らしい、こんな面白い小説読んだことない、やっぱり先生は天才だ、って。でもね、お母さん、素晴らしい先生である自覚がないのよ。お母さんとしては、お部屋に漂う文字を拾って、壺にしまって、って、ある意味ではお掃除しているだけの気持ちなの。目の前に文字がはらはらと舞っていたら邪魔で仕方ないでしょう? 常に重度の飛蚊症を患っているみたいで、テレビも本も、あなたの顔だってまともに見えやしない。見ようとしても文字の上を文字が横切る。お母さんは、書かないと、部屋が文字で埋まって見えてしまうから。きっと、お母さんはどこかおかしいのよ」


 ああ、こんなこと、他所で話しちゃ駄目よ。

 あなたまで頭のおかしい人だって思われちゃうのはお母さん悲しいわ。母が笑いながら背を屈め、私の頭を優しく撫でる。

 掌には未だに棘が刺さったかのような刺激が残っていた。

 母の背の向こう側、リビングのガラス戸付きの本棚には母の執筆した小説本が何十冊と並んでいる。



 さて、一話分消費しちゃったから、また回収しておかなくちゃね。

 母が壺を傍らに抱え、再び家中を歩き出す。数歩歩いては宙に文字を拾い、壺の中にぎゅっと押し込む。

 母は自らの小説を蟲毒のように作っていると言った。実際似たようなものなのだろう。

 しかし、もしも本当にそれが真実なのだとしたら、母は壊れた文章だらけの空間に閉じ込められ、一生そこで息を深く吸うことも赦されないままに小説家として足掻き続け、作家として殺し合い続ける。


 母は壺の中の一つの文字と何が違うというのだろうか。

 私には、本質的に母を理解することができない。

 掌が痛む。

 たった数文字分の痛みが、いつ引くのか、私はきっと一生知ることすらならない。

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