第十二話 開門 ―2―

 “嫌な感じ”を放つ強い力が急速に近づいてくるのを感じて、夢希たちは警戒し、身構えた。

 それは、フリックが見せたように禍々しいような力ではないが、それ以上に不愉快と感じさせるものだった。

「! ハイドランジア!」

 その姿を見て、イリアが上げた声に、夢希は不思議と納得した。

 これがハイドランジアなら、ゴルジェイという男の戦花だ。

 その戦花の紫がかった青は、どこか毒々しい印象を与える。だがそれは、色の所為ではなく、それを操る人間のパーソナリティによるものだ。

(これは、正義と信じて邪悪を行える男だ……!)

 夢希は、その直感は正しいと思えた。

 間もなく、両者は距離を置いて正対した。

 直後、ハイドランジアが右手に持った砲身を持ち上げたのと、レイラのライラックがホワイト・リリィを突き飛ばしたのは、ほぼ同時だった。

 そのゴルジェイの動作にはおよそ意志というものが無く、殺意や害意といったものが感じられないために、夢希もイリアも、反応が遅れた。

 砲身から、ババッ! と光と音が弾けたと思った次の瞬間には、ライラックは、その腹に大きな穴を開けていた。

「ッ!? レイラァッ!!」

 イリアが悲痛な叫びと共に、ホワイト・リリィでライラックを抱きかかえる。が、その腕の中で、ライラックは光と変わる。

 夢希は、今にも飛び掛からん様相で、イリアを背に隠し、ゴルジェイと対峙した。

「……そう警戒するな。ご覧の通り、これはもう撃てぬよ」

 言いながら、ゴルジェイは砲身の歪んだレールガンを放り投げた。

 そこで夢希が攻撃に出なかったのは、ちょうどその時、遠くで起こった強い感情の膨張を感じ取ったからだった。


 ――ギャーン!

 その、声にならない叫び声のような思惟が脳裏に突き刺さるのを感じて、テランドは向き直った先に、それを見た。

 エアデレファンの眉間に、何かが突き立っている。……いや、その“何か”はライヒタアドラで、その嘴はエアデレファンの腹から突き出ていた。

「……な……?」

 それは、有ってはならないことだ。

「そんなことは、有ってはならん……」

 脳裏に閃いた想いを、無意識に声に出しているとも気付かず、その震える声で否定しようとした。だが、テランドは、解ってしまっていた。

 間もなく、エアデレファンが、ライヒタアドラもろとも、光となって、マナへと還ってゆく。その光景が意味することは、他に無い。

 フェリツァーは、死んだ。


 夢希は、遠くで、憎悪が爆発的に膨れ上がるのを感じた。

「フム……存外早い、が、問題ない」

「なんですって……?」

 同じものを感じたのだろうゴルジェイの呟きを拾って、怪訝に思う夢希は、思わず声が出た。

「なに、テランドが追い詰められるのはまだ少し先だと思っていたのだが、それ自体は狙い通りだからな……」

 律儀に答えてみせるゴルジェイの余裕が癪に障る。眉を顰める夢希を尻目に、イリアが口を開く。その声は、怒りに震えていた。

「アナタは……土の国の王に仕えていたのでは無いの……!?」

「対等な立場だよ。お互いの目的を果たすための、協力関係だ。……それでは同じ王族として、不満か? 白百合の姫」

「……解せないだけです。協力関係というのなら……!」

「必要なのだよ、彼の目的を果たすためにもね。だから私は、彼を見捨てたわけじゃ無い」

「詭弁でしょう! それは!」

 ゴルジェイの言葉から感じる不快感に、夢希は思わずそう口にしていた。

「ああ、事実だが、そうでもある。要は、彼の目的の先に、私の目的があり、私は彼を利用していたとも言えるわけだからな」

「なら、あなたは――」

 夢希が言いかけた時、それは起きた。


 ――この兵器は多くの味方をも巻き込むであろう、強力なものです。王に必要な物とも思えませんが、しかし、御身に勝る価値などない。万が一があれば、どうか躊躇わずに使っていただきたい。

「違うぞ、ゴルジェイ! 我が身より大切なものは、有る! だからそれを奪った奴らは許せんのだ!!」

 いつかゴルジェイに言われたことを思い出しながら、しかし既に、テランドはその兵器を使うと決めていた。味方の被害などは、その決断の妨げにはならなかった。

 突然、急上昇したクロッサンドラに、ウィルたちは身構え、そしてクロッサンドラの背中から砲身が伸びたその時、戦闘が行われていた空域、そこに居た全ての人間が、理由の知れない戦慄を覚えた。

 テランド自身も例外では無い。だが、その全身を塗りつぶした怒りが、そうとは感じさせなかっただけだ。


「ライヒタアドラはどうか!?」

「エアデレファンに直撃! ……あれは! ガーベラの離脱を確認!」

 その報告に、シーミアは脱力した。

(ああ……ラクス……!)

 ラクスの戦花が無事であった事に、心から安堵した。

 ――だが。

「ッ!?」

 突然、全身を襲った怯えの感情に、歓びも吹き飛んだ。

 反射的に見上げた上空に、ひどく冷たい憎悪を放つ、クロッサンドラが見えた。


 ――あれを撃たせてはならない。

 脳が、全身が、そう警鐘を鳴らしている。

 だが、もう間に合わないことも知れていた。

「ヴァッサヴァルだけは!」

 テランドが狙う先を察知した、ウィルが、ローラが、ロサリアが、ラクスが。

 テランドの放った弾頭からヴァッサヴァルを守るため、その身を盾にせんと、急行した。

 そしてそれはヴァッサヴァルの手前に立ち塞がった、ロサリアのクリムゾン・ローズを直撃し、起爆した。

 ――光が、生まれた。


 その広がる光は、テランドには小さな太陽と見えた。全てを呑み込む、灼熱の星。そう、全て――自分自身さえも。

「謀ったのか……ゴルジェェェェェイ!!」

 その憤怒の咆哮さえ、迫る光の前には、ただ無慈悲に呑み込まれる運命だった。


 そして光は、瞬く間にその場全ての生命を呑み込んだ。

 僅かな酌量も無く、ただ淡々と、残酷に。


 大穴寄りから南下していたライヒタアドラと、それを迎え撃ったエアデレファンは、対峙しながらもマナの消耗を嫌って、いつしか戦闘空域を大陸西部まで移動させていた。それがヴァッサヴァルの合流が遅れた理由でもある。

 南部に山岳地帯を抱える土の国にとって、大陸西部、その肥沃な平野は重要な地域であり、南方に比べて多くの町村を抱えていた。

 それが、犠牲を、被害を、更に甚大なものとした。

 戦花で戦っていた戦士たちも、ウィーズで警戒に当たっていた兵たちも、避難していた非戦闘民たちも、その光に呑まれれば、皆等しくその身をマナへと還し、それが収まった後には、数多の光たちが、空に舞い上がるばかりだった。

 緑に萌えていた豊かな大地は、草一つ生えない死の大地へと変貌した。

 生命という生命が、灼熱の光に呑まれ、消えた。


 ――チィーン――

 遠くで、何かが一瞬膨れ上がり、そして、静寂が生まれた。それは、仏壇の『鈴』の澄んだ音が、周囲の雑音を遠ざけて生まれる静寂に似ていて、死者と関わる静寂だと思わせた。

 同時に、夢希は脳裏に、熱く悍ましい光が、数多の命を飲み込むイメージを見た。

 “それ”が生んだショック・ウェイヴがこの場を駆け抜け、夢希たちの戦花を激しく、責めた。そう、少なくとも夢希にとっては、この悲劇を防げなかったことを、苛まれているように感じられた。

「……何をした? オマエは……何をしたッ!」

 それがゴルジェイのしたことだと解った。とても恐ろしいことだ。だから、そう分かってはいても、問わずにはいられなかった。

「例え地球のように精密な工業技術がなくとも、マナさえあれば! 重水素の抽出もできれば、その核融合反応を兵器に使うこともできるということだ!」

「……核……そんなモノを……使ったというの!」

「そうも怒るか。なるほど、どうやら日本人の遺伝子には核兵器のトラウマが刻み込まれていると見える」

「過去なんて関係あるものか! ……どうして……どうして、感受性を増幅する戦花に乗りながら、あんなことが、できてしまうの……!」

「真実地球を救いたいと願えば! それを食い物にする人間というものに対してなど、いくらでも残忍になれる!」

「……地球を……救う、ですって……?」


 カタチを失い、舞い上がった光たちは、蛍が自らの光を確かに輝かせる闇を宇宙に求めるように、空へ、空へと昇り、だが、決して闇を知らぬままに、大気の中に力尽きて溶けてゆく。

 痛みも苦しみも絶望も、安らぎも歓びも希望も、感情という感情が一緒くたに混ざり合って、この世界を、マナで満たしてゆく。

 そして、その膨大なマナは、一人の男の狂気と結びつき、ブルゥンディ・ベルの空に、穴を開けた。

 ――地球への道は、開かれた。

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