第十二話 開門 ―1―

「! ……陛下。フリティアが……」

「ああ、我も感じた……あれだけの執念を持った黒仮面の男ですら、逝ったか……」

 光の国の城艦ライヒタアドラとの距離を維持しながら、前面で展開される戦闘を見守る、エアデレファンのブリッジだった。

「……陛下。恐れながら、私に出撃許可を」

「ゴルジェイ、自ら出ると……?」

 テランドは考える。戦況はやや有利と言ったところ。だが、水の国のヴァッサヴァルが接近していると、観測班からの報告が上がってきていた。

「フリティアの憎悪は本物でした。それを下すほどの力、合流させる前に叩きたい」

「近づくヴァッサヴァルよりも、脅威であると?」

「然り」

 ライヒタアドラとヴァッサヴァルの合流を許して、現況が不利に傾いたとしても、自らとゴルジェイが戦花で出れば、どうとでもなる。そう考えるほど、テランドはゴルジェイの力量を信頼している。その男が、こうまで言う。

「……許す。そしてその献身に感謝する。……生きて戻れよ?」

「拝命いたします」

 ゴルジェイの背中が扉の向こうへ消えるのを見送って、テランドは決意した。


「陛下! 前方左手から強い力が急速で接近!」

 ヴァッサヴァルの前方、“目の良い”戦花乗りの、慌てたような報告がブリッジに届く。

「あ……いえ……左方、通過していきます!」

「……ええ、こちらでも目視しました」

(逃げたわけではない……目標は、ユキたちか?)

「直掩は念のため、後方からの襲撃を警戒。ヴァッサヴァルは最大戦速を維持してライヒタアドラとの合流を急ぎます!」

(マナの流れは消耗した空域へ向かっている……その流れは戦場が近いと教えてくれているけれど……)

「陛下?」

 傍らに立つシアナの声に、シーミアは思索から引き戻された。

「……シアナ。ごめんなさい、少々焦っていたかもしれないわね……」

「……いえ」

 いくらシアナが間近に立つからといって、気取られるほどに焦るとは。そう思って、シーミアは苦笑した。――これでは、初心な少女ではないか、と。

 いや、事実、初心なのだ。女王としての責務を淡々とこなしてきたシーミアは、恋など知らないし知る必要も無いと思っていた。だが、あの式典の場で、それを知ってしまった。出逢ってしまった。

(認めましょう。その上で、わたくしはラクスに恥じない行いを)

 そして間もなく、シーミアの待ち望んだ知らせが届く。

「陛下! 前方に戦闘を感知!」

「!! 待機中の戦花は順次出撃! 充分に散開して最速で光の国の助けに入るように!」

 次々と加速していく戦花たちによって周辺のマナが減じていくのを、シーミアは感じながら、その視線の向こう、前方に、ライヒタアドラの存在を感知して、静かに高揚していく感覚を胸の中に確かめた。


「ム? ……クジラが来たか……」

 テランドはヴァッサヴァルがいよいよ接近するのを感知して、独り言ちた。

「……父上、クジラとは……水の国の? ……この感覚か……?」

 戦場から呼び戻されたばかりの王太子フェリツァーも、父の呟きを拾い、遅れてそれに気付く。

「陛下! 右舷側前線の部隊がヴァッサヴァルを目視で確認、牽制射撃を開始との報告!」

「つぼみの戦花や地上のウィーズには無理はせんで良いと伝えろ! すぐに戦力が向かう!」

「……では父上、私があれをやるために、呼び戻されたので?」

「いや。フェリツァー、お前には今この場で、王位を譲る」

「!!」

「お前は、戦よりも、政に向く。ならば、この戦いが終わり地球と繋がれば、お前こそが王に相応しい」

「……ですが……」

「納得がいかないか……? 良いか? 私はお前を、エアデレファンに護らせるために王として縛り付けるのでは、無いぞ? これよりお前が、このエアデレファンを守って見せるのだ。王の座を、ただ与えられるのでは無い。お前は王たる資質を、素養を、この戦場で皆に示すのだ」

「!!」

「必要なことだと、解ったな?」

「……はい! ……ですが、父上は……?」

「クロッサンドラで出る」

「ッ……!」

 最大戦力と言って良いテランドの戦花を出さねばならない事態を招いたことに、フェリツァーは歯噛みする。

「そんな顔をするな。光のワシも、水のクジラも、曲がりなりにも王の城なのだ。それを一蹴できるなどと考えるのは、驕傲きょうごうというものだ」

「ッ! ……銘肝めいかんいたします」

「ならば良し! では……受け取れ」

 テランドが無造作に差し出した、エアデレファンの鍵たる王笏を、膝を突いたフェリツァーは両の手を頭上に掲げ、拝賜した。

「ではな。行ってくる。ここは任せたぞ?」

「必ずや!」

 テランドが退出した扉が閉まるのまで見送って、振り返ったフェリツァーの表情は、凛々しい。

「フェリツァー・ロ・ガイアストンが、王として命じる! エアデレファンは対空砲火を密にし、周辺空域に敵を寄せ付けるな! 太上には安全に出陣していただく!」

「各砲座! 聞いたな!? 新王の最初の命令を受ける名誉を胸に刻み、役目を果たせ!」

 ブリッジから全艦へその通達が行われるやいなや、エアデレファンの各砲座からの射撃が激化した。


「……何だ!? 対空射撃を強めた?」

 ウィルは、その変化に気付き、そして、いち早く“それ”を感知した。

「!! この感覚は王の……まさか! 土の王が自ら出るつもりか!」

「なら……王太子が戦場から姿を消したのは……?」

「そうだ、ローラなら解るだろう? 恐らく、鍵の譲渡はもう成された」

「! ヴァッサヴァルです!」

「直接やるつもりか!」

「ロサリアでは厳しい……。王と戦うというのなら……」

「ああ、王となる可能性もあった我々がやらねばならん! 一緒に来てくれるか、ローラ?」

「何を今更な事を」

「で、あるな! ……リィゥ! ウィットロック! 済まないがここは任せる!」

 光の国の渡来人たちに後を託し、ウィルとローラはヴァッサヴァルへ向かうクロッサンドラの阻止へ急行した。


「土の王が自ら出たというのですか!?」

「あの力は間違いありません! クロッサンドラがこちらへ向かっています!!」

 その報告に、ヴァッサヴァルのブリッジに動揺が走る。

「クッ! ロサリア! 手強い相手だけれど……」

「解っております、陛下。この命に変えても――」

「待って下さい!! これは……ローラ様です! ウィル様もご一緒に、こちらへ!」

「王の戦花を相手取るなら、ですか……。しかし……。……ロサリア隊は、状況に応じて援護もできるように準備を」

「ハッ!」

 そこで、シアナがシーミアへ口を開いた。

「……陛下、私も……」

「なりません」

 シーミアにも、やり取りを聞いていたシアナが何を言いたいかは分かる。だが、その提案は即座に却下した。

「いざとなれば、土の王がしたように、わたくしもギガンティアで出なければなりません。覚悟を決めなさい、シアナ」

「! ……そんな事態にならないことを、祈ります」

「ええ、本当に……」

 ローラの無事を祈る気持ちも、祈ることしかできない歯がゆさも、シーミアとシアナ、二人ともが噛みしめる思いだった。


「!? ブーゲンビリアとロサ・フェティダ・ビコロール……光の国の長兄と水の国の女王付か! なり損ない共が徒党を組んで来る!?」

「ヴァッサヴァルは、やらせん!!」

「猪口才!」

 情熱の赤紫が、橙へ鋭く襲いかかる。

 しかし、その剣は軽々と受け止められ、振り払われる。

「グゥッ……!?」

「王族の責務を放棄した痴れ者が!」

「それよりも重い決意を背負ったまで!」

「弟の仇討ちがか!」

「そうだ! そして、俺には更なる力を与えるものがある!!」

「更なる力だと!?」

「そう! それは……愛だ!!」

「愛!?」

 再び斬りかかるウィルを、しかしテランドは軽くいなしてみせる。そして反撃を繰り出そうとして――

「ッ!?」

 ――ガァン!

 死角から襲ってきたローラの攻撃を弾いた。

「……なるほど、なり損ないとは言え、伊達では無い……。そしてこの連携が愛だというか……!」

 クロッサンドラの力を持ってすれば、どちらの戦花も降すに易い――テランドは、無意識にそう考えていた事に気付いた。

「慢心があったか……」

 実際、どちらの攻撃も、防ぐのに難しいというほどのものではなかった。が、だからといって、直撃を許して良いほど軽い攻撃でも無い。

「テランドォォォッ!!」

「ならば、戦士と認めた上で……叩き潰すまで!!」

 両者は、再び激突した。


「健闘は、している……」

 国民からの思い、国民への思い、その責任の重さ。そういったもの全てを力とする王の戦花というものをよく知るが故に、シーミアはウィルたちの戦いを、そう評価した。

「だけど……何時までも通用するものではない……」

 それは、予想や予測ではない。遠からず必ず訪れる未来だ。

「ですが、チャンスでもある……」

 力ある戦花が連携しても足止めが精一杯の敵の最高戦力が、しかし今、その足止めをされているのだから。

「だけれど……そのためには、マナに因らない兵器の攻撃をどうにかしなければ……!」

 その時、シーミアは、自分に対して繋がろうと求める意思を感じた。

「……女王シーミア、聞こえて?」

 果たして、聞こえたのは、想い人の声だった。

「女王ラクス……、如何して?」

 シーミアは、不意にわき上がった歓びを抑え、冷静を装い、応える。

「今、状況を優位に傾ける好機だと、理解しているかしら?」

「エアデレファンさえ墜とせれば、と……」

「ええ、考えていることが同じようで、嬉しいわ」

「ですけれど……」

「ええ、ですから、こちらがこの戦局を打開いたします。……ライヒタアドラは猛禽、空に於いて象などに負ける道理はないのですから」

「……何を!?」

「特攻をかけてあれを落とします」

「ッ! ……ラクス、貴女……自分の立場が分かっているの!?」

「だからこそ、民の犠牲は減らさなくては……そうではなくて?」

「ですが……それならッ!」

「ここは空ですよ? クジラさんには、荷が重いでしょう?」

「だからって、他に……」

「ライヒタアドラを犠牲にしてでもエアデレファンを落とせば、ヴァッサヴァルを残す我々の勝ちです。勿論、死ぬ気は無いわ。こうして貴女と、せっかくお近づきになれたのだものね?」

「ラクス……」

「……少し、時間を稼いでね?」

 ライヒタアドラは速度と高度を落とすと、その身からパラパラと、全ての戦花やウィーズを吐き出し、そしてその巨大な翼を羽ばたいて、空高く舞い上がった。

「クッ……! 戦花隊ッ! 攻撃をエアデレファンに集中! 砲台を一つでも多く沈黙させなさい!」

 シーミアは、その命令が、民の犠牲を増やすものだと知っていても、ラクスの生存率を少しでも上げるためなら、そう言わずにはいられなかった。

(今更になって、こんな想いを抱くなんて……王としては失格ね……)

 だが、そのことに後悔は無い。だから今はただ、一人の水の国の女としての矜持を示す。それが、同胞には勇気にもなる。

「絶対にライヒタアドラをやらせるなッ!!」

 シーミアが初めて見せた情熱、その熱は瞬く間に味方に伝播して、力となった。


「敵からの攻撃が……激しくなって!」

 突如激化した敵からの攻勢に、エアデレファンのブリッジに悲痛な叫びが起こった。

「狼狽えるな! 太上が負ける道理が無い! 耐えさえすれば、我々の勝ちだ!」

「しかしッ……!」

「攻撃隊も戻せ! 今は守りに徹すればいい! ライヒタアドラへの攻撃は……、何ッ?」

 そこでようやく、フェリツァーは光の国の城艦が先程までの場所にいないことに気付いた。

「ライヒタアドラはどうした! 伝えろ!」

「ハッ! 前線! ライヒタアドラの位置は……何? 上空?」

「上空だと?」

 反射的に空を見上げたフェリツァーだが、それらしい影を見つけられない。ここで目に頼ってしまったのは、彼の経験の浅さ故か。

「一体……?」

「……ッ! 太陽です!!」

「!?」

 太陽を背に、光の大鷲はその身を光の矢と変えた。

 エアデレファンのブリッジがそれに気付いた時には、もう命運は決していた。

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