第十話 救い、反逆者の胸に ―1―

 そこは、この世界では中規模程度の街の、残骸だった。

 その光景は、静かで、ひどく冷たい。

 その冷たさの中に、多くの生命の温もりが失われた痛みを感じ取って、夢希は、そんなことを成すことができるパーソナリティを許せないと感じた。

「男って……生命を産むって事のデリケートさを解らないから、こうも簡単に……!」

 その暴力の痕跡は、夢希の目には、男性的な享楽性やデリカシィの無さと映る。

 勿論、そう独り言ちる夢希も、子を産むという経験は無いから、本当に理解しているとは言えない。それでも、予定もないのにその準備のために十年近くも定期的にあの憂鬱を経験させられ続ければ、解ったように言いたい気分にもなった。尤も、これは、悪態めいた事の一つでも吐いておかなければやりきれない、という、陰鬱な気分を和らげようとする程度の意味しか無い行動だったが。

「……ユキ……」

「……スーラ? 大丈夫だよ、許せないって思うけど、こういうの、怒りとか憎しみより、哀しいばかりだから……」

「……ううん。違うの……」

 そう言いながら、ぽろぽろと涙を零し始めたスーラに、夢希はギョッとした。

「ええっと……スーラ、ええっと……」

 こういう時にどうするべきか、夢希は知らない。戦花が感覚を鋭敏にしてくれるなら、こういった機微にも聡くして欲しい、と思いながら、戸惑うばかりだった。

「……わからないの。ユキにばかり悲しい思いをさせて……。私は色々なことを知っていて、何かをできるはずなのに……私は私が何者なのかもわからないの……」

 その言葉に、夢希は、いつかスーラが自身の知識の源泉に疑問を抱いていたことを思い出した。

「……スーラは、スーラで良いよ。……私は感情的になりやすいところがあるみたいだから、スーラが冷静でいてくれないと」

「ユキ……」

「自分探しなんて、こんな戦いが終われば、いくらだってできるよ。それまでは、余計なこと、忘れて良い。結構頼りにしてるんだから」

「……うん。私がいないと、ユキは危なっかしいもの!」

「ひどいなぁ……。でも、そうでないとね、スーラは」

 ようやく調子を取り戻してくれたスーラに、夢希は安堵すると同時に、心をこうも弱くするネガティヴさを生む戦争を、早く終わらせたいと願望した。

 だが、夢希が望まなくとも、事態は早期決着を加速させようとしていた。

 それを急ぐほどに、水の国も光の国も消耗が大きく、また、それでもなおその二国の勢いを止められないほど、土の国も消耗していた。

「ユキ!」

 分散して周囲を偵察していたイリアとレイラが集まってきた。

「やはり、周囲に敵影は見当たらない。姫の推測通り、敵も城艦に戦力を集めているのではないか……?」

「勿論、決めつけはできませんが……この様子なら、ライヒタアドラとの合流を急いだ方が良いかもしれません」

「……敵が戦力を集めて、各個撃破される前に、ということ?」

「ええ。……さあ、ヴァッサヴァルへ戻りましょう」

 そうして夢希たちは、土の国に奪われた街であった、その跡地に背を向けた。

(犠牲は大きいけれど……。相手が焦土作戦を採るほどに、私達は追い詰めてもいる……)

 それが、自分達にとって希望であるなら良い、夢希はそう願った。


「接近する敵影、確認! 多数です! その後方に城艦は見当たりません!」

「戦花たちには出撃をお願いします」

「ハッ!」

 水の国の城艦ヴァッサヴァル、その“クジラ”の頭部に位置するブリッジは、にわかに慌ただしくなる。光の国との合流のため、西進している空の上でのことだ。

 次々と出撃していく戦花たちを見送って、女王シーミアはそっと溜息を吐いた。

「陛下、お疲れなのでは……?」

「シアナ……、前線で命を懸ける皆に比べれば、この程度はどうというものではありませんよ」

「しかし……」

 傍らに立つシアナに、わたくしの身を案じすぎる、と、シーミアは苦笑する。

「それに……土の国のエアデレファンがこちらにいないということは、光の国のライヒタアドラに向かっている可能性もあるのです。そう考えれば、多少の疲れなど……」

「……ですが……」

「心配してくれているのは解ります。だけど、シアナ。貴女はもっと堂々としなさい。ローラがあちらへ行っている以上、わたくしに何かあれば、女王は貴女なのですよ?」

「……はい」

 そう言って毅然として見せつつも、どこか不満を隠しきれないシアナにもう一つ苦笑をして、シーミアは意識を周囲の警戒へ向けた。


「青薔薇チームも出ますよ!?」

「ユキ! 済まない、頼む!」

「そっちこそ! 帰る場所は頼みます!」

「ああ、赤薔薇の矜持にかけて!」

 格納庫付近の空域で周囲を俯瞰するロサリアに声を掛けて、夢希たちがヴァッサヴァルを発った。

 遊撃という立場を有効に使うなら、ある程度戦線が確定するのを待つ必要があった。それをもどかしく思う自覚が、夢希には有った。

「ユキ、なにか……焦ってはいない?」

「イリア……やっぱり分かっちゃうか。やっぱり、自分が何も出来ないうちに犠牲が増えるかも知れないと思うと、ね……」

「どんな強い力も、全てを救うなんて、できませんよ?」

「私だって、そこまで自惚れてはいないつもりよ?」

「本当に、無理はしないで。私が居ない時に、貴女が窮地に陥ったと聞いて、私がどれだけ……」

「イリア。私だって、もうあんな思いはしたくない。……それに、私だって、失いたくないものは……有るのよ?」

 そんな二人の会話を、見守るように聞いていたレイラにも、我慢の限界はあった。

「おい! 私の前でイチャつくな!」

「いちゃ!? ついてない!」

「だいたいユキは――」

 そんなやり取りを、知らず微笑みを浮かべて聞いていたイリアの表情が、不意に曇った。

「……夢希。レイラも。残念だけど、じゃれている暇なんて……」

「ええ。どうやら無いみたいね……。あれは私が引き受ける。だから、邪魔者は……」

「ああ、近づけさせやしないさ」

「不本意ですが、任されます」

 既に戦いを始めている戦花たちがマナの消耗を嫌って、戦闘空域が遠くまで広がりつつあるのを感じながら、夢希たちは前方に強い力を捕捉していた。

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