第九話 生命、燃えて ―1―

「……国土の完全な回復をせず、このまま攻め込むんですか?」

「おそらくは、そうなる。……ユキは反対なのかな?」

 ヴァッサヴァルの中、ラウンジとして使われる広い一室の一角で、夢希とロサリアの会話だった。

 ロサリアが、おそらく、と言ったのは、光の国との合議が今正に行われているはずだからだ。

 イリアたちはそちらへ出向いている。だからこそ夢希はどこか手持ち無沙汰で、この会話もロサリアが気を遣った結果だった。

 周りにはちらほらと、その二人の様子を距離を取って見守るような姿が見える。水の国だから、女性ばかりだ。

 その様子に、夢希は、懐かしいような感覚を覚える。

(世界が変わっても、女性の振る舞いって、そう変わらないんだな……)

 夢希には、女子高生時代、自分が嫌われたり怖がられたりして距離を置かれているのかと思っていたら、憧れ(あるいはそれ以上の感情)の視線で見られているのだと教えられて、拍子抜けした記憶がある。

(ロサリアさんに親近感を覚えるのも、そのせいかな……?)

「……ユキ?」

「ああ、すいません。……何となく嫌な感じがするんですよね」

 同盟以来、水の国も光の国も連戦連勝で、どちらも奪われた領土の半分近くを取り戻している。

 ――上手くいきすぎている。それが率直な感想だし、だからこそ、相手の謀略を疑いもした。

「夢希の感性なら、信じたいけど……。だからといって、時間が兵器を作り出せる土の国を味方するなら、我々は反攻の勢いを抑えるわけにもいかない」

「分かります。ただ、土の国の目的が地球なら、こうまで犠牲を生むやり方をするんでしょうか?」

「夢希が倒した男は、騙されていたと?」

「いえ。タンポポの男が抱いていた望郷の念は本物だったと感じました。……ゴルジェイという男が現れたのが昔の話なら、年齢のせいで焦っている、と考えれば、理屈としては納得できるんですが」

「土の国の王だって、代替わりしたって話は聞かないからな……」

「だからって、頭ごなしに地球を求めろって言ったって、力で抑えつけられた人達が心の底からそう求めるとは思えませんし、それでもマナは応えるんでしょうか?」

「マナに対して表面を取り繕うなんてことは、できないだろう。だけど、そうか……。土の国には地球の娯楽というもの、あるいはそれを元にしたものがあるそうだよ。そういった啓蒙があればこそ、勝算があるのかも知れないな」

「それが土の国だけじゃ足りないから、統一を目指している、と?」

 ――ファンファンファン――

 結局は憶測に過ぎない二人の会話を中断させたのは、敵襲を知らせるアラートだった。


「ユキさん! 私、フォニカ・ピーリスです!」

「フォニカ、ね? 無理はしなくて良いからね」

「はい!」

 青薔薇に追従するのは、白に薄く紅を混ぜた戦花『アセビ』だった。

 前線を押し上げるのがヴァッサヴァルなら、それは即ち最前線だ。ならば周囲の警戒に人を割かざるを得ないし、当然ヴァッサヴァルの守備も厳にする必要がある。ロサリア隊が直掩に当たるなら、イリアたちが光の国へ向かっている以上、迎え撃とうとする夢希に付けられるのは、ロサリア隊の内から一人だけだった。

(これなら、攻め気に焦るのもしょうがない……)

 二国が同調して後方から人を回しても、これが現状だ。それでも上手く事が進んでいるように見えることに、不安を覚えるのも無理はなかった。

(私に力があるというのなら、不安も吹き飛ばすだけの活躍をして見せなくちゃね……)

 夢希は、心の内の不安を御そうとするように、そう自分に言い聞かせた。


 二人がヴァッサヴァルから出て空に上がれば、南の空に既に戦端は開かれていた。

 空では数体の戦花が牽制し合い、地上からの攻撃が散発的なのは、ウィーズ同士の衝突が始まっているからだろう。

 その推測が正しいことは間もなく知れた。

 見れば、水の国の防衛隊は、じりじりと敵を押し返しているようだった。

 だが、夢希は、漠然とした不快感としか言いようのない感覚を拭いきれないでいた。

(なら……不確定要素の強い戦花を潰すのが先か!)

 戦場へ向かいながら、夢希の決断は迅速だった。だが、青薔薇を視認した瞬間、敵は一斉に下がる動きを見せた。

「ユキさん! 追撃は……」

「待って! 敵の戦意は衰えていないなら……そういう作戦ってこと……!?」

「罠ってことですか!」

「かも知れないってこと」

 敵の組織立った動きは見事だが、水の国側も安易に追ったりする者はおらず、まとまりを崩したりはしない。生き死にの実戦が続けば統率も育つ。夢希に求められているのは遊撃的な役割とはいえ、相手の狙いが分からぬまま迂闊に追って、その統率を乱すわけにもいかない。警戒を続けながら、相手の出方を見るしかなかった。

「ユキ……あの森のほう、何だろう……この感覚……」

 耳元で、スーラが指したのは、土の国のウィーズが下がっていった方にある、広大な森だった。

 言われてみれば、そちらの方から、普通じゃない感じがする。

「……冷たい感じ?」

「そう! それ! 良いものじゃないわ、きっと」

「分かってるけど……」

 後退していった土の国のウィーズたちが、その森の端に差し掛かった。

(このまま退いてくれれば……)

 だが、その希望的な思いは、すぐに否定された。

「……! 何!?」

 ウィーズたちが陣形を組んだまま森の手前で動きを止めた刹那、遥か上空から、刺すような敵意を感じた。

「上!? 気付かなかったなんて……!」

 そちらを見れば、間もなく雲の中から飛び出したのは白い戦花だった。

「ユキさん!?」

「あれは……!」

「援護します!」

 夢希は、その戦花には見覚えがある。あの白いアルストロメリアは、同盟式典を襲撃しようとして、恐ろしい力を発揮しようとしていた戦花だ。

 その事実は、夢希の心の内の不安を膨らませもしたが、同時に、闘志に強い火を付けもした。

「ユキ! あれ……危険なヤツ!」

「だから私が出る必要があるんでしょ!」

 言いながら、夢希は真っ直ぐその敵を目指した。

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